第二十三話 マフィアと絶体絶命的事態

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 翌朝、俺はベッドの中で絶叫した。が、そんな俺の絶叫に隣で眠っていた深雪が「んもう、おにいうるさいっ!!」と睨んでくる。


 あ、ちなみに俺は深雪を部屋に招き入れた覚えはないけど、ここのところ毎朝目が覚めると何故か深雪が隣で眠っているので、もはやツッコんでない。


 閑話休題。


 俺が絶叫をした理由は寝ぼけ眼を擦りながら眺めていたスマホにある。


 1位『親友の妹をNTR』


 返り咲いているっ!! 返り咲いているのだっ!! 俺の小説が一位に返り咲いている。ここのところずっと碧山に一位の座を奪われていただけに、その喜びは凄まじい。


 が、同時に発熱にうなされながら執筆を続けていたであろう碧山の姿を思い浮かべて、少し複雑な気持ちにもなる。


「きゃあああああああああああああっ!!」


 と、その時、隣から今度は深雪の絶叫が聞こえてくる。


 いや、ホント賑やかな家庭だ。俺は深雪を見やると「どうかしたのか?」と尋ねる。すると、彼女はいつの間にか手に持っていたスマホを布団の中に隠すと「な、なんでもないよ」と首を横に振る。


 どうやら官能小説関連の何かだということはわかった。ここは深くは追及しない方が吉だ。


 が、そんな深雪が何かをぶつぶつ呟いていることに気がつく。


 こいつ何をぶつぶつと呟いてんだ……。が、彼女の言葉を理解した瞬間、俺の心臓が凍りつく。


「こののん許さない……こののん許さない……こののん許さない……こののん許さない……こののん許さない……ウサ先生を蹴落とすなんて、こののん許さない……」


 ヤバい……これはヤバい。


 どうやら深雪の絶叫は大好きな望月ウサ先生の作品が、どこの馬の骨ともつかないこののんとかいう奴に一位の座を明け渡したことに対する恨みだったようだ……。


 いや、深雪……横……横よ……。


 が、もちろん深雪はその恨めしき大戦犯が真横にいることなど知る由もなく「おにいの体ぬくぬく」と言って抱き着いてくる。


 やめろ……生きた心地がしねえ……。


 俺は死んでも妹にこののん先生の正体がバレるわけにはいかないことを再認識して抱き着いてくる深雪を引きずりながらベッドから降りた。



※ ※ ※



 どうやら今日の鈴音たそは選挙の準備が忙しいらしく早出をしているらしい。そういやもう間もなく選挙の投票が始まるのだ。


 だから今日は鈴音ちゃんとの登校はお預けだ。


 選挙も近づいてくるといよいよ鈴音ちゃんからトロフィーを出してもらえる機会も少なくなってくる。一位を奪還したとはいえ、今日の奪還に関しては碧山が風邪で寝込んでいたのも大きな要因だろう。いずれ風邪から復活した碧山がまた一位を奪いに来る可能性だって大いにあるのだ。


 気を引き締めなければならない。


「こののん殺す……こののん殺す……」


 それはそうと……。


 さっきから俺の腕にしがみついて歩く可愛い妹ちゃんがとても物騒なことをぶつぶつと呟いている気がするのは気のせいだろうか……。


「み、深雪ちゃん?」


 と、おそるおそる彼女に尋ねてみると、彼女ははっとした顔をして俺を見上げると「おにい、今日も一日お勉強頑張ってね」と今更ながら愛らしい笑みを浮かべて俺にそんなことを言う。


 これがギャップ萌えというやつなのか? いや、違うよな……。


「お、おう……頑張ります……」


 と、震える声で答えると不意に深雪が「ねえ、おにい……」と俺を呼ぶ。


「なんだよ……」

「あれって鈴音ちゃんのパパだよね?」


 そう言って彼女は俺の腕にしがみつきながらさりげなく後ろを振り向いた。するとそこには確かにマフィアの姿があった。


「な、なんか私たちのこと睨んでるような気がするんだけど……気のせいかな?」

「はあ? ……って、なっ!!」


 確かに深雪の言う通りマフィアは明らかに俺たちのことを睨んでいるように見える。いや、より正確に言えば明らかに俺のことを睨んでいる。


 そこで俺はハッとする。


 きっとあのマフィアは俺と深雪が血のつながった……ことになっている兄妹であることを知らないはずだ。娘と仲良くしていたはずの男が他の女とベタベタしている。それを見たマフィアが何を思うかは想像に難くない。


 ギロッと俺を睨むマフィア。そのあまりの形相に俺は立ち止まってしまう。そして、マフィアは徐々にこちらへと向かって歩いてくる。


 あ、俺……殺されるんだ……。


 そしてマフィアは俺の前で立ち止まった。


「お、おはよう……ございます……」


 俺は無理だとわかっていながらひきつった笑みを浮かべて挨拶をしてみる。


「何か言いたいことはあるか?」


 ですよね……やっぱりマフィアは俺をぶっ殺すつもりらしい。その証拠にマフィアはスーツの中に右手を突っ込んでいやがる。


 俺、自分がどんな風に死ぬのかみたいな妄想はしたことあるけど、まさか銃殺されるとは思ってなかったわ……。


 俺は涙を流しながら笑みを浮かべるという、アカデミー賞主演俳優もびっくりの表情を浮かべながらその時を待つ。


 もちろんおしっこもちょっと漏れてる。


 マフィアはスーツの中から腕を引き抜いた。


 そして、その手に握られていた物は……。


「あ、あれ?」


 その手に握られていた物は小さなカードのようなものだった。今時の拳銃って紙で出来てるのか? なんて考えていると、その紙を俺に差し出した。


「私はこういうものだ。覚えておけ」


 俺は差し出された紙に目を落す。そこには『びじょびじょ文庫編集長 水無月翔一』と書かれている。


「きみのことは娘から聞かされている。それに作品もいくつか読ましてもらった。きみとはこれから色々と付き合うことになりそうだな。よろしく頼むよ」

「え? あ、あぁ……」


 と、そこで俺は気がつく。このマフィアどうやら『びじょびじょ文庫』の編集長らしい。そして『びじょびじょ文庫』は大手官能小説レーベルの一つである。


 そこで俺は思い出した。


 そういや鈴音ちゃん、一ヶ月表紙入りしたら書籍化できるとかなんとか……。


「詳しい話は娘から聞かされてるかな?」

「え? あ、まあ少しは……」

「今日はとりあえず自己紹介をするためにきみに話しかけさせてもらった。また追って連絡させてもらうよ」

「は、はい……」


 嘘だろっ!! こいつ官能小説レーベルの編集なのかよっ!! こんな強面のおっさんがっ!?


 いや、この見た目と『びじょびじょ文庫』が全く結びつかないんだけど。いや、でもこのおっさん変態なんだったっけ?


 などと情報量のあまりの多さに困惑していると、それまで腕にしがみついていた深雪が不思議そうに俺を見上げた。


「お、おにい……何の話? おにいと鈴音ちゃんのパパって知り合いなの?」


 と、尋ねてくる。まあそうだろうな。何も知らなきゃこの会話は意味不明に違いない。


 そんな深雪の質問に俺がどう返せばいいか頭を悩ませているとマフィアは俺を見つめて「これからきみのことをペンネームで呼ばせてもらう」と言い出すので、俺の顔から血の気が引いていく。


 いや、マズい……さすがにマズい……。俺のペンネームが深雪にバレたら間違いなく殺される。


「すまん、ド忘れしてしまった。きみのペンネームは確か……」

「い、いや、とりあえずは本名で大丈夫ですっ!! 俺、金衛竜太郎って言います。よろしくお願いしますっ!!」


 と、マフィアに向かって深々と頭を下げる。


 頼む……頼む……こののんの名前だけは口に出さないでくれっ!!


 と、俺の念が通じたのだろうか、マフィアは「まあ、なんでもいい。とにかくこれからよろしくな」と言うので俺はほっと胸を撫で下ろした。


 のだが、それも束の間。


「ところで、てめえは鈴音という女がいながら、どうして鈴音以外の女とそんなに密着して歩いているんだ?」


 と、唐突に尋ねられ再び顔から血の気が引いた。


「え? い、いや……彼女はその……俺の妹で……」


 と、釈明をするがマフィアには通じないようだ。マフィアはギロッと鋭い眼光で俺を睨んでくる。


「兄妹? てめえは実の妹とそんな風にいちゃいちゃ歩くのが普通だと思ってんのか?」

「ま、まあ、仲はいい方なので……」


 と、答えるが相変わらずマフィアは俺を睨んでいる。


 が、


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 と、不意にマフィアは頬を赤らめると絶叫をするので、俺は目が飛び出そうなほどに目を見開く。


「じ、実の妹とイチャイチャしながら私の娘ともイチャイチャ。なんてことだっ!! なんてことだっ!!」

「お、お父様?」

「お父様と呼ぶなっ!! 一人の男を恋人と実の妹が取り合うっ!! なんてことだなんてことだっ!!」


 嘘だろ……もしかしてこのマフィア……興奮してんのか?


 マフィアはぎゅっと自分の胸を抱きしめると身悶えしながら「なんてことだっ!! なんてことだっ!!」と唱え続ける。


 そんなマフィアを見て俺は思った。


 この男、官能小説の申し子だ……。

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