第二十四話 変態性とはなんぞや?

 マフィアの変態性のせいで印象が薄くなってしまったが、後々になって考えてみると俺はついに官能小説レーベルの編集と接触することに成功したのだ。


 それはきっと喜ばしいことなんだろうけど、さっきも言ったが、あのマフィアの変態性のインパクトが強すぎて今一つ実感がわかない。


 あ、ちなみに我が愛しの妹、深雪ちゃんはあのマフィアについて執拗に聞いてきたが、とりあえずあのマフィアがうちの高校のPTA会長をやっていて、文集の件で話があったらしいと言っておいた。


 もしもあの時、あのマフィアが俺をこののんと呼んでいたと思ったら本気で生きた心地がしない。


 まあ、とにもかくにも九死に一生を得た俺は、深雪と別れてなんとか高校へとたどり着いた。げた箱で上履きに履き替えて廊下を歩いていると、ふと見覚えのある少女がこちらへと歩いてくるのが見えた。


「おい、碧山」


 と、声を掛けると俯き加減だった彼女はハッとしたように顔を上げてこちらを見やった。


「あ、あぁ……金衛……」


 どうやらまだ本調子ではないらしい、わずかに笑みを浮かべてはいるがその表情にはまだ元気がない。俺は彼女の前で立ち止まると「休んだ方がよかったんじゃないのか?」と尋ねる。


「え? う、うん……風邪なら昨日の夜に薬を飲んだら朝にはすっかり治ってたよ」

「本当か? なんだか顔色が悪いみたいだけど」


 何気なくそう尋ねたはずだった。が、碧山は「それは……」と少しバツの悪そうな顔で俺から顔を背ける。


「どうしたんだ?」

「やっぱり私、まだまだえっちなことへの探求心が足りてないみたい」

「碧山っ!?」


 俺は慌てて周りを見回す。幸いなことに近くに生徒はいなかった。が、彼女は俺の心配もお構いなしに話を続ける。


「私、もっと変態にならなきゃ……」

「いや、だから碧山?」

「私って多分普通過ぎるんだ。もっと金衛みたいに変態にならなきゃ、面白い小説が書けないよぅ……」


 あれ? 充分変態だよ? もしかしてこの子、そのことに気づいてないの? 女子校生が高校の廊下で深刻そうに変態になりたいって言ってる時点で充分に変態さんなんだよ?


 あぁ……変態って盲目……。


 どうやら彼女にはそのことが気づけないらしい。


「ね、ねえ金衛……私も金衛みたいに変態になれるかな?」

「いや、もうなってるけど」

「ううん、全然足りないの……。二位に落ちてそのことを痛感した。やっぱり金衛は本当の変態なんだって。私じゃ到底勝てない」


 これは褒められていると捉えていいのだろうか? が、彼女の目は本気だった。


 どうやら彼女は二位に落ちたことが悔しかったようだ。まあ、気持ちはわかるよ。俺だって碧山に負けたときは悔しかったさ。だけど、この女は自分の実力を過小評価している。こいつも鈴音ちゃんに負けないぐらいにとんでもない変態さんだ。その素質はライバルの俺が証明する。


「大丈夫だって。碧山の作品は俺だって面白いと思うぜ。ランキングなんてのはいつかは必ず落ちるもんなんだ。それに昨日まではずっと一位をキープしてたじゃないか」

「そ、そうなのかな……やっぱり私、もっと変態になったほうがいいのかなって思って……」

「そんなことない。変態だからランキングの上位に上がれるってわけじゃないし」

「そうなの? でも、金衛は私なんかよりももっと凄い変態さんだし。やっぱり面白い官能小説を書くためには私ももっと変態さんにならなきゃって思うけど。やっぱり金衛には勝てないよ」


 あぁ……なんか褒めてくれてるのはわかる。碧山は素直に俺の変態性を認めてくれてるんだろう。だけどなんでだろう……。ここまで変態性を褒められると両親に謝罪したい気持ちになってくる……。


 と、そこで碧山は不意に恥ずかしそうに頬を赤らめた。そして、今にも泣き出しそうな目で俺を見つめるとぼそっとこんなことを口にする。


「こ、こんなこと金衛にしか言えないけど……」

「は、はあ? なんだよ……」

「わ、私、今日……ブラ付けてないよ……」

「ぬおっ!?」


 何を言い出すかと思えばそんな爆弾発言をぶっ込んでくる碧山。思わず俺の中の目覚めてはいけない大仏のようなものが目覚めそうになったが、必死で自制する。


「な、なんで付けてないんだよ……」

「こっちの方が変態さんみたいだなって思って……。嘘だと思うならブレザー脱いでみようか?」


 と、言ってブレザーを脱ごうとする碧山だったが、俺はその手を掴んで制止する。


「碧山、自分を大切にして」

「金衛……これで私、少しは金衛に近づけたかな?」

「いや、むしろ遠ざかって行ってるよ」

「そ、そうだよね。こんなんじゃ変態って言えないよね」

「違う違う。お前はもう充分変態だよ。俺なんかじゃ足元にも及ばないくらいのな」


 ああもうダメだ。手に負えない……。


 彼女が自分の変態性を否定すればするほど、むしろ戦闘力が上がっていってる。


「と、とにかく、今は自重しろ碧山。その件について相談に乗ってくれる人を俺は知っているから、昼休みに例の裏山に来い。いいな。早まるなよ碧山」


 そう言って彼女を落ち着かせると、碧山は「わかった……」と小さく頷いた。



※ ※ ※



 そして昼休み。俺は相談に乗ってくれる頼もしい大先生を連れて、裏山へとやってきた。


「話は聞かせてもらいました……」


 鈴音大先生は丸太のベンチで弁当を頬張りながらうんうんと頷いた。


「せ、先生、私……やっぱり変態性が足りないのでしょうか?」


 碧山はそんな大先生の存在に、彼女が年下であることも忘れてアドバイスを仰ぐ。その目はまるで観音様を目の当たりにしたような、ありがたそうなキラキラとした目。


 どうやら彼女には鈴音大先生が光り輝いて見えるらしい。そんな彼女に対して鈴音ちゃんはありがたいお言葉を碧山に授ける。


「結論から言えば、私たち三人は全員変態です」


 いやぁ……やっぱりそうですよね。正論過ぎて何も言い返せませんわ。俺はまあ多少二人と比べれば劣るかもしれませんが、それでもその事実は疑いようがない。


 が、碧山はその言葉を素直に受け止めることができないようだ。


「で、ですが、私はまだ二人と比べれば青二才で、まだまだ変態の鍛錬が足りていないです。お二人のように本当の変態さんになるためにはどんな努力をすればいいのでしょうか?」


 泣きそうになりながら訴える碧山に鈴音ちゃんは表情を変えない。


「碧山さんは本当に変態さんになりたいのですか?」

「はい。だって変態さんにならないと金衛みたいに面白い作品書けないし……」

「変態をやめますか? それとも人間をやめますか?」

「ど、どういうことですか……」

「先輩は確かに変態さんです。ですが、変態さんになったせいで人間を止めてただのブタさんになってしまいました……。碧山さんにも人間を止める覚悟があるのかと思いまして……」


 そう言って鈴音ちゃんは俺を見やった。


「先輩、ブヒッと鳴いてください」

「ブヒっ!!」


 あらやだ。僕ったらお口が勝手に反応しちゃってる……。

 俺がブヒッといった瞬間、碧山が俺を見やった。そして、ほんの一瞬だが、俺を蔑むような冷めきった目を俺に向けた。


 でも、なんでだろうか……碧山のその目……嫌いじゃないです……。


「ほら、碧山さん見てください。碧山さんは本当にこんなブタさんになってもいいんですか?」

「そ、それは……」

「碧山さん、厳しいことを言うようですが、そんなことで躊躇っているようであれば、本当の意味で変態になんてなれないですよ?」

「で、でも私は……」

「なら試しにやってみますか?」


 そう言うと鈴音ちゃんは鞄の中をまさぐり始める。そして、中から何かを取り出すと碧山にそれを差し出した。


「おい、鈴音ちゃん……これって……」


 その手に握りしめられていたのは犬のリードだった。どうやら碧山にはこの代物がどういう用途に使われるのか理解できないようで、首を傾げている。


「先生、これは……」

「これをそこのブタさんの首につけてあげてください」

「ブヒっ?」

「先輩だって、本当は碧山さんに首輪をつけられてみたいですよね? ほらほら新しい飼い主さんの足元でお座りして首輪をつけてもらってください」


 そう言って鈴音ちゃんは碧山の足元指さした。俺は言いつけ通り立ち上がると碧山の足元でしゃがみ込んだ。


 そして、


「ブヒっ」


 と、碧山を見上げると碧山はまた蔑むような目で俺を見下ろした。


 あぁ……やっぱりこの視線……悪くない。


「ほらほら碧山さん、早くそこのブタさんに首輪をつけてあげてください。ブタさんが早く首輪をつけて欲しくてうずうずしていますよ」

「ブヒっブヒっ!!」

「ひゃっ!?」


 と、そこで碧山は生理的嫌悪を表すように、リードから手を放した。そんな碧山を見て鈴音大先生は「はぁ……」と首を横に振る。


「やっぱり碧山さんには変態の才能はないみたいです」

「そ、そんな……先生……」


 と、急に梯子を外された碧山は今にも泣き出しそうな目で鈴音ちゃんを見やった。鈴音ちゃんはそんな彼女の頭に手を乗せるとよしよしと撫で始める。


「碧山さん。無理に変態さんになる必要なんてないんですよ……。ほら、見てくださいあの醜いブタさんを」

「み、見たくもないです……あんな気持ち悪いブタなんて……」

「そうです。あんな人間を止めた醜いブタさんなんて見なくてもいいです。碧山さんはもっとお上品な読者さんを相手にキレイでえっちな小説を書けばいいんです」

「き、綺麗でえっちな?」

「はい、碧山さんに相応しい上品な作品を書けばこのブタさんとは違った読者さんがもっと増えるはずです。碧山さんの場合、女性の読者さんも多いみたいですし、もっとピュアでそれでいてドキドキするような上品でえっちな作品を作った方がいいと思います」


 目からうろことはまさにこのことだ。


 さっきまで心の底から変態性を求めていた碧山の目はさっきよりもさらにキラキラと光るのが見て取れた。


「せ、先生……」

「わかったならばこんな汚れた空間にいたらダメです。この汚らわしいブタさんの変態性が移ってしまいます。碧山さんの最新話を待ち望む読者さんのために、これからも頑張ってくださいね」


 そう言って鈴音ちゃんは碧山の頭から手を放すと、今度は親指で彼女の頬を軽く撫でた。すると碧山はとろんと目をとろけさせて「わ、わかりました……先生」と答えると立ち上がる。


「わ、私、これからもっと頑張りますっ!!」


 そして、彼女は鈴音ちゃんにそう宣言すると、俺を蔑むような目で一瞥して裏山を後にした。


 そして裏山に残された一人と一匹。鈴音ちゃんは俺を見やると「はぁ……」と胸を撫で下ろすると立ち上がって、俺のもとへと歩み寄ってくる。そして、リードを拾い上げると、それを俺の首に巻いてよしよしと俺の頭をなでなでし始める。


「碧山さんには悪いことをしました……」


 彼女は俺の頭をなでなでしながらそんなことを呟いた。


 悪いこと? むしろ鈴音ちゃんは碧山に最高のアドバイスをしたんじゃないかと思ったがどうやら違うらしい。


「本当は碧山さんは立派な変態さんです。そもそも学校にノーブラでやってくるような変態さんなんです」

「ま、まあ確かに……」

「ですが、碧山さんはきっとドMの変態さんです。ブラを付けずに歩くのは羞恥心の変態性です。だから、わざと彼女にドS的な行いをさせて自分が変態ではないと思い込ませたんです」


 どうやら鈴音ちゃんは碧山がノーブラだという情報だけで彼女のドM的な変態性を見抜いていたらしかった。


「だけど、だとしたら何で鈴音ちゃんは彼女のドM的な性癖を引き出してやらなかったんだ?」


 だとしたら疑問が残る。碧山は変態になりたいと言って鈴音ちゃんのもとへとやって来たのだ。だとしたら、彼女の変態性を否定する必要なんてなかったはずだ。


 俺の疑問に鈴音ちゃんはしばらく考えるように黙っていた。


 が、また俺の頭をなでなでするとにっこりと微笑む。


「それは碧山さんに先輩のことを好きになってもらいたくなかったからです」

「は、はあ?」

「それ以上、私に言わせるつもりですか?」


 彼女は俺の頭をなでなでしながら俺の顔を覗き込むようにそう尋ねた。どうやらそれ以上を尋ねるのは野暮なようだ。


 それよりも俺は今鈴音ちゃんに頭をなでなでされていることの喜びを感じていたい。


 ああ、このまま昼休みが終わらなきゃいいのに。


 心からそう思った。

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