第十二話 愛とはなんぞや 

 鈴音母曰く俺はオーケーということらしい。


 とりあえず俺はオーケーらしい。ちなみに『何がオーケーなんですか?』と聞いたら『大丈夫大丈夫っ!! こののんくんは全然オーケーだから』という答えが返ってきた。


 いやだから……。


 ということで俺はじいじ改めじじいとお別れをして大邸宅を後にした。車が自宅近くに到着するころには既に時刻は24時を回ろうとしていた。両親が心配するかと思ったが、どうやら鈴音母から両親にはすでに連絡が入っているらしい。


 このまま自宅まで送ってもらえるのかな。なんて甘い考えを持ちながら車に揺られた俺だったが……。


「は~い、みんな家に着いたわよ。明日も早いしお風呂に入ったらすぐに眠りましょうね」


 車は俺の家を悠々と通り過ぎてそのまま水無月家へと到着した。どうやら家までは送ってくれないようだ……まあいいけど……。


 歩く面倒くさいなぁ……。なんて考えながら俺は車から降りた。あ、ちなみにマフィアと翔太は意識を失っているのか死んでいるのか、乗車中ピクリとも動かなかった。が、到着するなり黒服の男に自宅まで運ばれ無事安置されたので問題はない。


「じゃあとりあえず俺は帰りますね。ご馳走様でした」


 実はじじいとの面談の後、俺は大邸宅で夕食をご馳走になったのだ。寿司にステーキにローストビーフ。小学生の『ぼくの考えたご馳走』みたいなご馳走を堪能することができた。


 そのことを鈴音母にお礼をして家に帰ろうとした俺だったが、そんな俺の腕を鈴音母が掴む。


「こののんくん」


「な、なんっすか……」


「どこに行くの?」


「いや、帰るんですけど……」


「そうなの? でもおうちなら目の前にあるけど?」


「いいえ、これは水無月さんのお宅です」


 ちょっとお酒が入っちゃったのかな? 鈴音母はおかしなことを言う。が、そんな俺の至極真っ当な指摘に鈴音母「ううん」と首を横に振る。


「違うわよ。ここは水無月家とこののんくんのおうち♡」


「違いますよ」


「もうこののんくんのご両親との話はついてるわよ。ご両親がこののんくんが一人前になるまで、家には入れないって言ってたわ」


 嘘だろ……。そんなことをニコニコしながら話す鈴音母に背筋が凍りつく。と、そんな俺の腕をぎゅっと鈴音ちゃんが抱きしめてきた。


 あら、可愛い。


「先輩……。お祖父ちゃんとお話ししていたときの先輩、カッコよかったです……」


 と、鈴音ちゃんは頬を赤らめながら俺の腕に頬をすりすりしていくる。


 嬉しい……けど、なんだかとても重要なことを誤魔化されている気がする。


「あらあら? 見せつけてくれるわね。じゃあ二人とも家に入りましょ? 出る前に予約しておいたからお風呂も沸いているはずよ?」


 結局、俺はイチャイチャ風鈴音ちゃんの馬鹿力によって自宅へと連行されていった。どうやらもう俺に逃げ場はないようです……。



※ ※ ※



 結局、鈴音母の言ったことに何一つ嘘はなかったようで、その後こっそり自宅に電話をしたら電話に出た母親から『一人前になって帰ってきてね』と一言電話を切られた。


 つまり俺は今日から水無月家の一員である。それは今後俺が水無月サファリパークの動物として飼育され続けることを意味する。


 OH……NO……。


 せめて人間として生きていきたいです……。


 が、鈴音母はノリノリのようで、俺たちが某避暑地にいる間に業者に頼んで翔太と鈴音ちゃんの部屋の壁をぶち抜いて大きな書斎兼寝室を作っていた。部屋の中央には何やら丸くてくるくる回るベッドが鎮座している。


 なんだよこのベッド……。


「せ、先輩、凄いです。このベッド回りますっ!! それにこのボタンを押すといい感じのライトが光りますっ!!」


 と、鈴音ちゃんはなにやらいかがわしいベッドを興奮気味に操作していた。


 あ、ちなみに翔太の新しい部屋は一階にある階段下の物置になったようです。さっき息を吹き返した翔太曰く写経が捗りそうな素敵な部屋らしく、喜んでいたようで安心です。


 かくして本当に逃げ場のなくなった俺は動物になった。とりあえず玄関に並べられていた私物を部屋へ移動してへとへとになった俺は、お茶を貰うためにリビングへと向かったのだが……。


「なっ……」


 リビングに入った俺は我が目を疑った。そこにはリビングのテーブルで鼻歌を歌いながらスケッチブックに絵を描く鈴音母の姿。


 いや、それはまだいい……。問題は彼女の格好だ。


 鈴音母はどうやら風呂上がりのようで、ぽかぽかと身体から湯気を上げながらバスローブを身に纏っていた。バスローブの襟からは彼女の豊満な双丘の谷間が顔を覗かせている。


「あら~こののんくんどうしたの? ムラムラしてきちゃった?」


「いや、喉が渇いただけです……」


「あらごめんね。お茶はさっき淹れたばかりなの。熱いのしかないけどそれでもいい?」


「はい、それで結構です……」


 とりあえずお茶を受け取ってそのまますぐにリビングを出よう。そう決心した俺だったが顔を背ける俺を「こののんくんっ」と鈴音母が呼ぶ。


「な、なんすか……」


「こっちおいで」


「いや、水無月さんのおひとりの時間を邪魔するわけにはいかないので……」


「くすくすっ……こののんくんって案外素直じゃないのね?」


 いや彼女の母親に素直になるのは色々とマズいでしょ……。


 が、そんなタブーのことなど鈴音母は知らないようで、しばらくじっと間近で俺のことを見つめていた。いやぁほんとこうやって見ると鈴音ちゃんそっくりだな。


「ねえ、こののんくんに見て欲しいイラストがあるの」


「イラスト……ですか?」


「ほら、こののんくんプロット作りに困ってるみたいだから、少し参考になるかなって思っておばさん描いてみたの」


 そう言って自称おばさんことドスケベおねえさんは俺の正面に座ってスケッチブックを俺の方に向けた。どうやらまた俺に実子のいやらしいイラストを見せてくれるらしい。


 が、これは男の性なのか、俺の視線は否応なしにそんな彼女の谷間へと向く。


「クスクス……こっちに描いた方がよかったかしら?」


「え? い、いや……そんなことは……」


 慌ててスケッチブックに目を落とす俺。が、そこに描かれていたイラストは意外なものだった。


「どう? 鈴音ちゃんのこと可愛く描けているでしょ?」


 スケッチブックに描かれていたのはひまわり畑に座る鈴音ちゃんのイラストだった。麦わら帽子をかぶったワンピース姿の彼女は、なにやら嬉しそうにそばに立つ男を見上げていた。


 そこに立っている男は俺なのだろうか? それとも官能小説の主人公なのだろうか? 俺にはわからない。


「『愛』なんて急に言われても困っちゃうわよね? 私だってよくわからないんだもん。だけどこんな風に楽しそうに笑う鈴音ちゃんを見ているとこっちまで嬉しくなるわよね?」


「…………」


「こののんくんは、こんな風にニコニコしている鈴音ちゃんとずっと一緒にいたいかしら?」


「…………」


 なんというかそのイラストは衝撃的だった。ただ楽しそうに男を見上げている鈴音ちゃん。その男が仮に自分なのだとしたらこんなに幸せなことはない。そう思わせられるほどに幸せなイラストだ。


「一緒にいたいです……」


 気がつくとそう答えていた。そして鈴音母はそんな俺の答えに満足したのか嬉しそうに微笑んだ。


「このイラストはこののんくんにあげるわ。こんな絵でこののんくんの創作の役に立つかはわからないけど、まあないよりはいいでしょ?」


 そう言って鈴音母はスケッチブックからイラストを外して俺に手渡した。


 イラストを受け取った俺はイラストから目が離せなかった。


 確かに鈴音母の言うように『愛』なんて言葉の意味は俺にはわからない。だけど、このスケッチブックに描かれた鈴音ちゃんの笑顔は、確かに『愛』が何なのかを伝えてくれているような気がした。


 そして、こんな鈴音ちゃんの笑顔を俺は今までに何度も見てきた。


 それは官能小説の手伝いと称して非人道的なことをされていたときだって、普通のカップルとしてデートをしようとして、結局宝珍館に行ったときだって、彼女はこんな笑顔を見せていた。


 あ、そっか……それでいいんだ……。


 そのあまりにも簡単だった答えに俺は思わず笑みを漏らす。


 簡単じゃないか。好きってこういうことだ。


「少しは役に立てそうかしら?」


 そんな鈴音母の言葉に俺は「はい、ありがとうございます」とお礼を言う。が、軽く会釈をしたときにふとスケッチブックに視線がいった。


 そこにはひまわり畑をベッドに主人公からあられもない姿にされた鈴音ちゃんのイラストが描かれていた。


「あ、あの……お母さま?」


「ほ、ほら……やっぱり官能小説の挿絵だし……ね?」


 と、バツの悪そうな顔で俺から顔を背ける鈴音母。


 俺の感動を返せっ!!

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