第三話 目隠しお着替え1

 結局、そのあと図書室を訪れる生徒はいなかった。ブタさんごっこを終えた俺は、あの後めちゃくちゃなでなでされた。


 三叉路にたどり着いたところで、俺は彼女に「じゃあまたね」と手を振って彼女と別れようとしたのだが「せ、先輩っ」と彼女が俺を呼ぶので振り返る。


 彼女は何やらもじもじしながらこちらを見つめていた。


 え? なにこれ可愛い……。


「あ、あの……わ、私の家に寄っていきませんか?」

「え? ご、ごめん何か言った?」


 そのもじもじする鈴音ちゃんが可愛くて見惚れていたせいで、肝心の彼女の言葉を聞き逃した。すると、彼女は俺のもとへと駆け寄ってくると、俺の服の袖を指でつまんだ。


 え? なにこれ可愛い……


「こ、今夜ママががうっかりカレーを多めに作るそうなんです……。そ、それで先輩もよければうちで食べていきませんか?」

「え? ご、ごめん何か言った?」


 俺の袖を掴む鈴音ちゃんが可愛くて見惚れていたせいで、肝心の彼女の言葉を聞き逃した。


「ま、ママがこのあとうっかりカレーを多めに作るそうです。そ、それでせっかくなので先輩も連れてきて欲しいそうです」

「あれ? うっかりって未来のことを話すときにも使うんだったっけ?」

「そ、そうみたいです……。そ、その……ママはすっかり先輩のことを気に入ったみたいで、先輩の顔が見たいそうです」

「け、けど、本当にいいのか?」

「はい……うちなら大丈夫です」


 鈴音母に気に入られたという言葉は少し俺の恐怖心を煽らないでもなかったが、鈴音母がこのあとうっかり作りすぎるらしいカレーの味は気になる。それに鈴音ちゃんがこうやって袖を引っ張ってくれていて断ることのできる男なんて存在しない。


 というわけで俺は急遽水無月家を訪問することになった。


 のだが……。


 家の前までやってきた俺だったが、鈴音ちゃんは不意に鞄のチャックを開けると犬のリードとさっきのブタ鼻を取り出した。


「せ、先輩……」


 という言葉だけで彼女が何を言いたいのかすべて理解した。俺は有無を言わずにそれを受けとりブタ鼻を付けると、彼女が首にリードを付けてくれた。


「す、鈴音ちゃん、一つ聞いてもいいっすか?」

「な、なんですか?」

「さ、さっき鈴音ちゃん、一日一性癖って……」

「そ、それはその……わ、私これから生徒会選挙で忙しくなりますし、先輩と会えない日もあると思います。で、ですから出せるときにいっぱい出しておこうと思いまして……」


 鈴音ちゃんの家に行って、それでいて鈴音母がいて、俺はリードを付けられていて……、ああ、やばい変態トロフィーを月間30個に抑えられる自信がない……。


 ってか、鈴音ちゃんよ……こんな姿母親に見られてもいいのか?


 そんなことを考えながらも門を開けてドアの方へと歩いていく俺たち。さすがの鈴音ちゃんも二足歩行を許してくれた。そして、鈴音ちゃんはドアを開けると、俺に先に入るよう促す。ドアを開けた瞬間、宣言通りカレーの香りが鼻をくすぐる。


 この世に他人の家から漂ってくるカレーの匂い以上にそそる匂いなんて存在するのだろうか?


 俺と鈴音ちゃんが靴を脱いでいると、奥から足音が聞こえてきたので自然とそちらへと顔を向けた。すると、エプロン姿の鈴音母が姿を現した。その右手にはまるでママキャラのテンプレのようにおたまが握られている。


「あら、こののんくんっ!!」


 と、鈴音母は俺の顔を見ると、嬉しそうに鈴音ちゃんそっくりの笑顔を浮かべた。


 が、そんな鈴音母に鈴音ちゃんは「ち、違うよ……こ、この子はブタさんです」と俺を紹介した。


 え? なにこれコントもう始まってる感じっすか?


 そんな彼女の言葉で俺もスイッチを入れて「ブヒ」と鳴くと、その場で四つん這いになった。


 なんかもうヤケクソになってノリノリでやってるけど、多分、今日寝る直前に死にたくなって悶絶する自信あるわ。


 そんな俺の仕草に鈴音母は「あら、可愛いブタさんね」とこちらへと歩み寄ってくる。


 予想はしてたけどやっぱり普通に受け入れるのね……。


 鈴音母は俺のもとへと歩み寄ってくると、俺の前でしゃがみ込み「クスッ……可愛いブタさん。よしよし」と俺の頭や顎を撫で始める。


 ああ、屈辱的だけど……悪くない……。


 鈴音ちゃんも靴を脱ぐと、母の隣にしゃがみ込み加勢する。


「ぶ、ブタさん……よしよし」

「こののんくん、よしよし」

「せ、先輩、よしよし……」

「こののんくん、よしよし」


 ああ、ダメだ……どうにかなってしまいそう……。四つん這いになる俺とそれを猫でも愛でるように撫でまくる美少女と美女。そんな二人に俺が「ブヒ」と答えると二人は目をキラキラさせて「「か、かわいい……」」とさらに激しくなでなでしてくる。


 ああ、俺、来世で猫になりたい……。


 そんな二人からのなでなで責めの快楽に、意識を朦朧とさせていると、ガチャリとドアの開く音が聞こえたので、俺は体をビクつかせるとドアを振り向いた。


 そして、


「なっ……」


 俺は思わず絶句する。そこに立っていたのは制服姿の親友の姿。


 あ、やばい……俺、今すぐ舌を噛んで死にたい……。


 俺はこの家に翔太が住んでいるという、あまりにも当たり前の事実をすっかり忘れていた。


「あら、翔太ちゃんお帰りなさい」


 が、心臓が一時的に止まっている俺とは裏腹に、鈴音母は当たり前のように翔太を笑顔で出迎える。


 翔太はしばらく俺を見つめていた。


 が、


「なんだ、竜太郎、来ていたのかっ!! 来るなら連絡をくれればいいのに。あははっ!! すっかり鈴音とママに遊ばれているようだね。二人ともっ!! 彼は僕の大切な友人なんだ。あんまり、粗相のないように頼むよ」


 と、笑顔を浮かべる。


 そ、そうだ、こいつ出家したんだったわ……。


 愕然とする俺をおいて翔太……改め和尚太さんは靴を脱ぐと、俺たちを素通りして奥へと歩いていった。が、直後、部屋の奥から「うおおおおおおおおおお、うらやましいいいいいいいいいっ!!」という絶叫が聞こえてきた。


 お、和尚太さん……ぼ、煩悩が漏れてますよ……。



※ ※ ※



 結局、ブタさんごっこで、しこたまトロフィーを出した俺は、満足した鈴音ちゃんにリードを外してもらい、彼女の部屋へと向かった。カレーが完成するまでは彼女の部屋で待機することになったのだ。


 部屋に入った鈴音ちゃんは鞄を床に置くと、俺に向き直った。そして、何故か恥ずかしそうにもじもじし始めると、頬を真っ赤にして俺から顔を背けた。


「あ、あの……せ、先輩……」

「ど、どうした?」

「わ、私……私服に着替えたいです……」

「え? あ、ああ……そうだよな」


 そりゃそうだ。家に帰れば私服に着替えるのは当然だ。そして、俺がいると着替えられないのも至極当然である。俺は「じゃ、じゃあ、部屋の外で待ってるよ」と踵を返すがそんな俺の袖を鈴音ちゃんが掴んだ。


「わ、私のこと着替えさせてくれませんか?」

「は、はあっ!?」


 と、目を見開くが彼女は俺の袖を掴んだままだ。


「そ、その見られなければ恥ずかしくないので……」

「ごめん、言ってる意味が……」

「そ、その……め、目隠しをしていれば見られる心配はありませんので……」


 どうやら鈴音ちゃんは俺の変態トロフィーをまだ出したりないらしい。


「も、もちろん無理にとは言いません……。で、ですがもしも先輩の小説のお役に立てるのであれば、私、ひと肌脱ぎます……」

「…………」


 先輩のためと言われて断れるはずがない。


「い、いいのか? 本当に……」


 鈴音ちゃんは小さく頷く。


 ああやばい……理性を保っていられる自信がない……。


 俺が一人そわそわしていると、鈴音ちゃんは戸棚からタオルを一枚取り出して、それを俺の頭に巻こうとした。


 が、


「や、やっぱりタオルは必要ありません」

「え? なんでっすか?」

「そ、その……べ、別にタオルを巻かなくても、先輩が目を閉じていていただければ問題ないので……」


 なんすかその変態性善説は……。


「で、でも、俺を信じてもいいのか?」

「は、はい……先輩のことは信じていますので……」

「で、でも、もしかしたら魔が差して目を開けちゃうかもしれないし……」

「そ、その時は、せ、先輩のこと一生軽蔑して、二度と口もきかないので大丈夫です……」


 俺にはいったい何が大丈夫なのかわからなかったが、要するに鈴音ちゃんはもしかしたら目を開けられるかもしれないというスリルを味わいたいハイレベル変態さんだということはわかった。


「じゃ、じゃあ先輩……目を瞑ってください。着替え用の服は私が渡します……」


 というので、俺は素直に目を閉じた。


 が、


「せ、先輩……ちゃんと閉じてください」


 と、鈴音ちゃんがムッと頬を膨らませる。


 ちゃんとバレてた……。


 と、言うわけで鈴音ちゃんのお着替えが始まった。鈴音ちゃんはまず俺の両手を取ると、俺の手を彼女の胸元へと持っていく。彼女のガイドによって俺の指先が彼女のブレザーのボタンに触れた。


「こ、これが第一ボタンです……。ここから下に向かってボタンを外してください」


 と、鈴音ちゃんは言うので、俺は彼女の言葉に従って第一ボタンを外す。


「ん、んんっ……」


 と、ボタンが外れると同時に鈴音ちゃんが妙な吐息を漏らすので、頬が熱くなった。


 ああ、凄い……なんか今自分がとんでもない変態だって自覚あるわ……。


 次に俺はブレザー伝いに手をしたのボタンへと動かす。指先に感じるブレザーの生地と、鈴音ちゃんの緊張の吐息で思わず身震いしそうになった。が、それでもなんとか下のボタンをはずし終えた。


「ぼ、ボタンはこれで外れました……。じゃ、じゃあブレザーを脱がしてください」


 ブレザーを脱がす……その動作をすれば、必然的に俺と鈴音ちゃんの体は密着することになる。


 ああ、もうトロフィーでちゃいそう……。


 俺は震える手で左右にわずかに開いたブレザーの襟を探す。彼女の胸に触れないように細心の注意を払いながらなんとか襟を探し当てると両手で掴んで、体を鈴音ちゃんの体に密着させた。


 おそらく俺の顔は鈴音ちゃんの肩の上にあるのだろう。彼女の荒れ始めた呼吸が俺の横髪を僅かに揺らした。彼女の首元からはフェロモンのように甘い香りが漂い、正直正気でいられそうになかった。が、何とか理性で欲望を抑え込んだまま襟を左右に開いた。そして、その襟を奥へと押して手を放すと重力に従って、すとんと床に落下するのが分かった。


「よ、よくできました……」


 鈴音ちゃんはそう言うと俺の手の上に何かを乗せた。が、その感触でそれが脱ぎたてのブレザーだということはすぐにわかった。


 鈴音ちゃんが一日身に着けていたブレザーは生温かく、妙に生々しかった。


 そして、しばらく俺にブレザーのぬくもりを感じさせた彼女は再びブレザーを床に置くと、俺の両腕を両手で掴んだ。


「つ、次はブラウスですね……」

「そ、そうだな……」


 俺は最初の難関が差し掛かっていることを自覚していた。


 ブラウス……。


 俺は知っているのだ。鈴音ちゃんのブラウスは彼女の胸で内側から圧迫されている。つまり取り扱いを誤れば、鈴音ちゃんの胸に手が触れてしまうことになる。


 そして、そのことを鈴音ちゃんも自覚しているのだろう。俺の腕を掴む彼女の手がわずかに震えていた。が、意を決したようでゆっくりと俺の手を彼女の襟元へと運んでいくと、今度は俺の指に触れて、指先をブラウスの第一ボタンに触れさせた。


「お、お願いします……」


 と、彼女が言うので、俺は頷いて指先の感覚を頼りにボタンを取り外す。すると、第一ボタンは既に彼女の胸のふくらみの影響を受けているようで、ボタンが外れた瞬間、張力によって左右に大きく開いたのがわかった。


 いや、違う……。


 目を閉じている俺の感覚は研ぎ澄まされていた。今の俺は目を聴覚、嗅覚、触覚のすべての感覚が視覚を補っているのだ。


 そんな俺にはすぐにわかった。


 彼女はあらかじめ第二ボタンを自分で外していた。普通ならばいくら胸が大きかったとしても第一ボタンを外しただけではここまで大きくはだけないはずだ。彼女があらかじめ第二ボタンを外したことによって、第一ボタンを外しただけで一気に大きく胸元をはだけさせたのだ。


 謎は解けたよ。ワトソンくん。


 となると、俺が次に外すべきボタンは第三ボタンだ。そして、第三ボタンはおそらく彼女の胸がもっとも圧迫しているボタンのはず。


 彼女は今、俺の目の前で大きく胸をはだけさせているはずだ。それを拝むことができないのが実に残念……。


「せ、先輩……目、開けたいですか?」

「え、ええ?」


 と、鈴音ちゃんの不意打ちのような質問に俺は目を瞑ったままなのに彼女の顔を見上げた。その動作が面白かったのだろうか、鈴音ちゃんはクスッと笑いを漏らした。


 そして、


「だめです」


 と、答えた。


 な、なんという悪女……。どうやら彼女はどこまでも俺の心を弄ぶつもりらしい。


 俺はムッと頬を膨らませると、それを見た鈴音ちゃんがまたクスッと笑う。


「ご、ごめんなさい。先輩が可愛くてつい意地悪がしたくなっただけです。お、男の子ってやっぱり女の子の胸に興味があるものなんですか?」

「ま、まあ、男ってのはそういう生き物なんだ……」

「じゃ、じゃあ、それは先輩へのご褒美として、取っておきますね」


 な、なんだ? 今後の俺の努力次第ではそのご褒美もあるのかっ!?


 俄然やる気がわいてきた。が、今は目の前のお着替えに集中だ。そして、ここが一番の難関だ。


 俺は薄いブラウスの襟伝いに指を胸元へと下ろしていく……。

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