第二話 ブタに転生した俺は、図書室で悟りを開く
「わ、私……生徒会長になりますっ!!」
鈴音ちゃんは恥ずかしそうではあるが、それでいて決意に満ちた瞳で俺を見つめた。
「生徒会長っ!?」
正直なところ俺は面食らっていた。少なくとも俺は鈴音ちゃんからその手の話は聞いたことがなかったし、勝手な想像だけど、鈴音ちゃんは自ら好き好んで人前に立つようなことはしないと思っていたからだ。
「な、なんで生徒会長になりたいの?」
「わ、私、生徒会長になって自分の控えめな性格を治したいんです」
と、志望動機を口にする鈴音ちゃん。
確かに鈴音ちゃんはエロ方面を除けば控えめな性格だ。どうやら彼女は生徒会長という否応なしに人前に立ち、生徒たちを引っ張っていく役職に就くことで、自分のエロ方面以外の奥手な性格を矯正したいらしい。
「そ、それにお兄ちゃんも生前、私に生徒会長を勧めてくれていました」
どうやらそれは翔太の遺言でもあるらしかった。彼は生前、可愛い妹に生徒会長という属性をさらに付与したかったようだ。
彼女の瞳からは生徒会長への本気度が伺えた。が、そんな彼女を見てこう思う。
「そ、そんなに生徒会長になりたいなら、無理に俺の小説を手伝わなくてもいいんだぜ? よく知らないけど生徒会選挙ってそれなりに忙しいんだろ? 俺の小説の手伝いなんてやってたら、そっちがおろそかになるんじゃ……」
確かに鈴音ちゃんが小説を手伝ってくれるのはこれ以上になく、心強い。けど、俺は彼女の目標の邪魔をしてまで自分の小説の手伝いをさせようとは思わなかった。
が、彼女は俺の問いに首を横に振る。
「わ、私は本気で生徒会長になりたいです……。ですが、先輩の小説の書籍化も本気です。忙しくはなるかもしれませんが、私、どっちの夢も実現してみせます」
そう言うと彼女は立候補用紙を鞄に入れて、テーブルの上に俺の小説の計画表とやらを置いた。
「そ、そんなことよりも今は先輩の小説です……」
と、鈴音ちゃんは半ば強引に生徒会長の話を中断して話題を俺の小説に戻した。が、少しまだ彼女の生徒会長のことについて気になっていた俺は一つだけ質問しておくことにした。
「ち、ちなみにだけど、鈴音ちゃんは生徒会長になって何か実現したい公約とかあるの?」
すると彼女は何やらバツが悪そうに俺から顔を背けると小さくこうつぶやいた。
「と、図書室の隣の空き教室を、書庫にします……」
なるほど、彼女は生徒会長になってこの図書室を完全に支配するつもりらしい……。
納得した俺は計画表とやらに目を落した。そこには彼女の達筆ながら丸みの帯びた可愛らしい文字でこう書かれていた。
『目指せ書籍化っ!! 私と二人で一日一つ新しい性癖を見つけましょうっ!!』
と、完全に達筆の無駄遣いのような一文がデカデカと書かれていた。
「す、鈴音さん、なんっすかこれ……」
「今日から一ヶ月の私たちの目標です……」
と、自分で書いておきながら、今更恥ずかしくなったようで顔を真っ赤にしたままそう小さく答えた。
「せ、先輩には今日から一ヶ月、書籍化を達成するためにランキングの表紙と呼ばれる場所に居座ってもらいます。それが達成できれば先輩は晴れて書籍化できます」
「なんだかすげえ確信めいた言い方だな。だ、だけど、なんというか書籍化は運の要素や出版社との縁も関係するし、確実に書籍化できる保証なんて――」
「で、できます……」
と、何故か鈴音ちゃんは俺の言葉を遮ってそう言いきる。
「い、今はまだ詳しくはお話しできませんが、一ヶ月、先輩が表紙に居座り続けることができれば、先輩は絶対に書籍化できます。今は何も言わずに私を信じてください」
と、不思議なことを口にする鈴音ちゃん。鈴音ちゃんの言葉に俺は聞きたいことが山ほどあったが、今は聞かない方がいいらしいので黙っておくことにする。
「で、ですが、ランキングに居座り続けることはそう簡単なことではないと私は思います。読者は少しでも更新が停滞したり、マンネリ化してしまってはすぐに離れてしまいます。で、ですから、先輩には今日から毎日小説を更新していただき、そのうえでマンネリ化しないよう新しい性癖を発見してもらいます」
鈴音ちゃんの話を要約するとこうだ。
お前、今日から毎日新しい変態トロフィーを出せ。
「わ、私、今日は先輩の創作のお役に立てそうなものを持ってきたんです」
と、鈴音ちゃんは何やら嬉しそうに鞄をまさぐり始める。ふと、彼女の鞄の中を覗くと、何やら犬のリードのようなものが見えた。
す、鈴音ちゃんの家……犬なんて飼ってったっけ?
と、不安になる俺だったが、彼女が取り出したものはリードではなかった。
「せ、先輩、これを付けてください……」
そう言って彼女は取り出した物を俺に差し出す。
「な、なにこれ……」
それはブタの鼻だった。画用紙にクレヨンで描かれたブタの鼻には両端に輪ゴムが取り付けてある。
「こ、これを付けてください……」
「い、今ここで……ですか?」
「はいっ」
と、鈴音ちゃんは嬉しそうに頷いた。とんだ羞恥プレイにたじろぐ俺だったが、彼女は差し出した手を引こうとはしない。どうやら本気らしい。
俺は震える手で彼女から豚の鼻を受け取ると、それを取り付ける。そして、鈴音ちゃんを見やると彼女はクスッと思わず笑いを漏らした。
「か、可愛いブタさんです……」
そう言って俺の頭を撫でてくれた。
なんという恥辱……け、けど胸が踊ってる俺がいる。
ああ、なんか今のだけでちょっとトロフィー出そうだったわ。が、もちろん、彼女の俺への試練はこんなもので終わるわけがない。彼女はペンケースからボールペンを一本取りだすと、それを自分の足先に置いた。
「ぶ、ブタさん……そのペンを拾ってください」
なるほど……それは前回、図書室でやったペン拾いの強化版らしい。けど、そんな彼女の命令に俺はふと物足りなさを感じる。確かに、変態トロフィーが出そうな行為ではあるが、今、より高次の変態へと近づいている俺はこんなもので新しいトロフィーが出せるかという不安が残る。
「こ、これを拾うだけでいいのか?」
そう尋ねると、鈴音ちゃんは何やら不思議そうに首を傾げる。
「あ、あれ? な、なんだか今、ブタさんが人間の言葉を話したような気がしますが、きっと私の勘違いですよね? ぶ、ブタさんはブヒブヒとしか鳴かないはずなので」
もう始まってたっ!!
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。まだ心の準備が――」
「に、人間の言葉を話すブタさん、き、気持ち悪いです……」
どうやら彼女は取り合ってくれないらしい。これは彼女の言いつけに従うしかない。俺はペンを拾おうと立ち上がる。すると、彼女は何故か靴を脱いでそのまま脚を組み始める。そこで、俺は今日、彼女が黒ストッキングを履いていることに気がつく。
「ぶ、ブタさん……い、今、しゃがんだら私のスカートの中……丸見えですね……」
「ぶ、ブヒっ!?」
あ、やばい。ブタになりきることを心地よく感じている自分がいる……。
俺は屈辱という名の快感を抱きそうになりながら、鈴音ちゃんの足元にしゃがみ込んだ。
が、今の俺には頭を上げる勇気はなかった。俺はボールペンを拾い上げようと手を伸ばす。そして、ペンを掴もうとしたその時だった。その手を鈴音ちゃんが踏みつける。
「ぶ、ブヒィィィィィィっ!!」
その突然の激痛に悶絶する俺。
「ぶ、ブタさんは前足で物を掴んだりできないはずです……」
なるほど……どこまでもブタになりきれと言うことらしい。俺は「ブヒ」と返事をするとボールペンから手……改め前足を引いた。
前足が使えないとなると、使えるのは口だけだ。俺は床に四つん這いになると、頭を下げて唇をボールペンに近づける。ボールペンのすぐそばには黒ストッキングに覆われた鈴音ちゃんのつま先。
ストッキングを洗った時に使ったであろう洗剤の甘い香りと、彼女のわずかな汗の匂いの入り混じった形容し難い、背徳の匂い。そんな匂いに卒倒しそうになりながらペンに唇を触れようとする。
が、欲望が俺の脳内に問いかける。
お前、頭上げなくてもいいのか? 本当は覗きたいんだろ?
あぁ、覗きたいっ‼︎ 鈴音ちゃんのスカートの中を拝みたいっ‼︎
い、今この角度から頭を上げれば、確実に脚を組んでいる鈴音ちゃんのスカートの中が見えるはずだ。
と、そこで俺は彼女が口にした言葉を思い出す。
そ、そうだ、鈴音ちゃんはしゃがみ込めばスカートの中が見えると言っていた。それはつまり、自分のスカートの中を覗いてもいいということじゃねえか。そして、俺にはあくまで官能小説の資料として彼女のスカートの中が何色なのか確認する必要があるという大義名分もある。
一度、深呼吸をした。
そして、ゆっくりと頭を上げていく。
が、
「わ、私、一生軽蔑しますよ?」
「ブヒっ!?」
「もしもスカートの中を覗いたら、私、一生ブタさんと口をききません」
俺はそんな言葉に「ブヒっ‼︎ ブヒブヒ」と必死にブタ語で弁明するが、それを鈴音ちゃんが理解してくれるわけもない。
「で、ですが、もしも私の下着の色を当てられたら、私はそこから10秒間だけ目を瞑ります。その間にぶ、ブタさんが顔を上げても私には見えませんので」
な、なんという甘い誘惑……。
冷静に考えろ竜太郎。今日の鈴音ちゃんのパンツの色は何色だ。普通に考えれば白だよな。で、でも俺の家の庭に干された深雪のパンツの中には水色とか、黒のやつもあった気がする……。
普通の女子高生って何色のパンツ履いてるんだ? いや、そもそも鈴音ちゃんを普通の女子高生とみなしていいのか?
鈴音ちゃんがわざわざこんな問題を出して俺を挑発してるんだ……ってことは、かなり強気な色で攻めてきている可能性もある。
となると、真紅……いやいやぶっ飛んだ金色なんてこともあり得る。
ああ、駄目だ。選択肢が多すぎる。俺は頭を悩ませる。
が、答えは一つしかないのだ。俺は一度瞳を閉じて頭の中を空にした。その直後、俺の頭の中にとある色のパンツが思い浮かぶ。
こ、これだっ⁉︎
俺はその色を口にすることにした。
「ブヒっ‼︎」
俺は自分で思っている以上にブタになりきっていた。
「ざ、残念でした……」
そう言うと鈴音ちゃんは俺の頭を踏みつけた。頬にストッキングのざらざらとした感触を感じながら俺は目の前にニョッキリと生えた変態トロフィーを見た。
しょ、翔太、俺も悟っちゃいそうだ……。
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