第六話 トラウマ級のペット
今日はダメなんだよ碧山……いつもならばいくらでも『ブヒっ~!! ブヒっ~!! ブヒブヒっ!! ヒヒッ~!!』て鳴いてもいいけど、今日は変態封印なのだ。
突然現れた碧山にデートの破滅という最悪の結末を覚悟する俺と鈴音ちゃん。
いつもならば鈴音ちゃんもここで俺にお手の一つをお見舞いしてくるだろうが、今日の彼女はそんな碧山の言葉に苦笑いを浮かべるだけだ。
が、当の碧山は鈴音ちゃんにメロメロのようでそんな俺たちの動揺に気づく様子はない。
「それよりも鈴音さま、これからお茶でもご一緒しませんか? 実は最近この街の外れにペットと一緒に飲める喫茶店ができたんです。おしゃれですし、鈴音さまもきっと気に入ってくれると思います」
おうおう、こんなときに限ってエンジン全開だなおいっ!!
俺に首輪を付けてそんなところ入ったら俺ら全員出禁まっしぐらだぞ。
「きょ、今日はちょっと用事があるんです。そんな素敵な喫茶店ならまた今度紹介してください」
が、鈴音ちゃんもちゃんとわきまえている。決して碧山に不信感を抱かせないようそれとなく断ってくれている。そんな鈴音ちゃんに碧山は「それはお生憎です。ではまた次の機会に紹介しますね」と答えた。
「はい、その時はお願いします……」
と、鈴音ちゃんも決して笑顔を絶やさずに言う。
よし、一時はどうなるかと思ったが、この流れでいけば自然と解散となるはずだ。
「それじゃあ鈴音さま、また学校で会いましょう」
よしよしいいぞ。
そう言って碧山は鈴音ちゃんに頭を下げると、どこかへと歩いていこうとした。が、そこで碧山はふと何かに気づいたように鈴音ちゃんを再び見やった。
「そういえば私もペットを飼うことにしたんです」
「ペット……ですか?」
「はい、鈴音さまを見ていて私もペットを飼ってみたいと思いまして」
と、相変わらず俺を動物扱いする碧山。が、そんな会話に俺はふと疑問を覚える。
「おい待て、お前の家って確かペットの飼育禁止だろ?」
そうだ。確かあのアパートはペットの飼育禁止で、碧山が良く猫を飼いたいと言っていたのを覚えている。そんな俺の質問に碧山は返事の代わりに侮蔑の目をくれた。
そして何故か俺ではなく鈴音ちゃんに、
「実は家で飼っているわけではないんです。なんというか放し飼い状態で」
と答える。
「放し飼いですか?」
鈴音ちゃんが首を傾げた。
そして何故だろうか、俺はそんな碧山の言葉にとてつもない胸騒ぎを覚えた。
なんだかよくわからないが、とてつもなくやばい気がする……。
そして、俺のそんな嫌な予感はものの見事に的中することとなる。
碧山はポケットからスマホを取り出すと、どこかに電話をかけ始めて『おいブタ、来い』と一言電話を切った。それから十秒もしないうちにそのブタとやらは「月菜さま~っ!!」と叫び声をあげてこちらへと駆けてきた。
う、嘘だろ……。そんなブタとやらを見て俺は膝から崩れ落ちる。
俺たちの前に現れたのは……翔太だった。
「ブヒっ!! ブヒブヒっ!! ブヒ~っ!!」
俺たちの前にやってきた翔太は嬉しそうにブヒブヒないて碧山を眺めている。
「ご紹介します。私のペットのブタです」
いや待て碧山っ!! それはブタじゃないっ!! お前の尊敬する鈴音さまのお兄さまだ。
その絶望的な光景に鈴音ちゃんも「お、お兄ちゃん……」と目を見開いている。
「悪いな鈴音。今の俺はお前のお兄ちゃんではないんだ。今の俺は月菜さまのブタだ」
と、ブタ宣言をする翔太。
いやもうツッコミどころが多すぎてどこからツッコめばいいかわからないぞ。まずなんで翔太と碧山が知り合ってるんだ? それに碧山は俺のことを醜いブタだと蔑んでいたはずだ……それなのに……それなのに……どうして?
「私、鈴音さまをもっと見習わなきゃって思うようになったんです。それで私もペットを飼うことにしたんです……」
「おい、翔太……お前……」
「ブヒっ?」
ブヒっ? じゃねえよ……。これからデートだってのになんてもの見せてくれるんだよっ!!
もうお前のせいで今日一番の思い出がお前で確定してしまったじゃねえかよ。仮にこれから鈴音ちゃんとどれだけいい雰囲気になっても、お前の記憶には勝てねえよ。
「それじゃあ鈴音さま、また学校で」
そう言うと碧山は翔太を汚物でも見るような目で見つめ歩いていく。そんな碧山に翔太は嬉しそうに「ブヒっ!!」と答えると彼女の後についていった。
OH……NO……。
「…………」
あまりの出来事に言葉が出ない。
もちろんわかってるよ。わかってるさ。他人から見れば俺だって翔太となんら変わらない。だけどよ……だけど今日は違うんだよ……。
「す、鈴音ちゃん……大丈夫か?」
が、よくよく考えれば今の光景に俺以上に鈴音ちゃんがショックを受けているはずだ。そんな彼女を心配して声を掛けるが、彼女の表情は暗い。
まあ、そりゃそうだよな……。
「ごめんな。俺がもう少し早く待ち合わせ場所に来ていればこんなことには……」
と謝る俺に鈴音ちゃんはひきつった笑みを浮かべる。
「謝らないでください。それにお兄ちゃんは元々あんなのですから。むしろ、私以上に相応しい飼い主が見つかって良かったと思っています」
いや、飼い主って……。
とりあえず大丈夫だという鈴音ちゃん。まあ、確かに鈴音ちゃんは俺以上に翔太のことを知っているはずだ。よくよく考えれば、これしきのことではショックなんて受けないだろう。
だが、鈴音ちゃんの表情はなんだかぎこちない。
「本当に大丈夫か?」
心配になり彼女に尋ねるが、彼女はそれでも気丈に振る舞う。が、やっぱり表情は固くなにやら様子が変だ。そして彼女の頬はいつの間にか真っ赤になっており、右手の握りこぶしにぎゅっと力を入れていた。
そして、
「せ、先輩……」
彼女は俺を呼んで見つめてきた。その目はなにやらとろんとしている。そして、そんな彼女の目を見た瞬間、俺は気がついてしまった。
「お、おい鈴音ちゃん耐えろっ!! このままだとデートが台無しになるぞっ!!」
この子、触発されているんだっ!!
俺は慌てて鈴音ちゃんの腕を掴んで制止した。鈴音ちゃん自身も今日だけは自らの変態性を出すべきでないことをわきまえているのだろう。ぎゅっと腕に力をいれつつも必死に自制しようとしているようだ。
「せ、先輩……あんなのを見せられてしまっては……」
「ダメだ。歯を食いしばって耐えるんだ……。そんなにブタを手懐けたいなら、今度俺が好きなだけブヒブヒっ言ってやる」
「ほ、本当……ですか?」
「あぁ……本当だ。だから今日は普通のデートをしようっ」
「わ、わかりました……」
と、そこで鈴音ちゃんは一度大きく深呼吸をして腕の力を抜いた。
よし……これでいいんだ……。俺が彼女の腕から手を放すと、鈴音ちゃんは「せ、先輩、ごめんなさいっ」と頭を下げた。
「わ、私、もう少しで変態になるところでした……。今日の私は普通の女の子のはずなのに……」
「大丈夫だよ。俺の目には鈴音ちゃんは普通の可愛い女の子にしか見えないから」
「せ、先輩……」
と、鈴音ちゃんは照れるように頬を赤らめる。
か、可愛い……。
とりあえず一難は去ったようだ。俺は鈴音ちゃんの手を取ると、碧山ともう二度と出会わぬよう駅へと走った。
「せ、先輩ちょっと……」
と、鈴音ちゃんは恥ずかしそうにしながらも一緒に走ってくれた。
※ ※ ※
幸いなことに碧山たちはどこかへ行ったようで、駅に着くまで会うことはなかった。俺たちは足早に改札を抜けると、ホームへと降りた。
「とりあえずさっきのはなかったことにしよう……」
「そ、そうですね……」
お互い苦笑いを浮かべて確認し合う。そうこうしていると『まもなく2番乗り場に――』とホームに電車がやってくる。
そうだ、俺たちはこれから遠くへ行くのだ。さすがに電車に30分も揺られていればもう知り合いに会うことなんてないはず。深呼吸をして気持ちをリセットすると、やってきた電車に乗り込む。
電車に乗り込むと休日だからか人は少なくボックス席が空いていたので鈴音ちゃんと並んで腰を下ろすことにした。
よし、これでもう変な奴と会うことはない……絶対に会わない。
椅子に腰かけながら一息ついていると、鈴音ちゃんがバッグの蓋を開けて中から何かを取り出した。
「先輩、飴……舐めますか?」
そう言って彼女はイチゴの飴を俺に手渡した。
おーなんかデートっぽくなってきてテンション上がってくるぜ。俺は鈴音ちゃんから飴をちゃんと手で受け取って口に放り込む。
うむ甘い……。
一時はどうなることかと思ったが、ようやく胸が撫で下ろせる。俺は背もたれに寄りかかる。いくつも並んだボックス席には乗客がぽつぽつと座っていた。
俺の斜め前ではサラリーマンが新聞をでかでかと広げながら座っている。
なんだか行儀が悪いなぁ……。
なんてサラリーマンを眺めていると、ふと俺は妙なものを見つける。その新聞紙には10円玉ほどの小さな穴が二つ開いていた。
なんだあれ……いや、待てよ。なんかあの穴の中で何かがきょろきょろ動いてるぞ。
そして、
「なっ!!」
俺は気づいてしまった……とんでもないことに気づいてしまった。
あの新聞の穴は俺たちを監視する用だ。サラリーマンの格好をしてあの見覚えのある体格……間違いない。
俺たちはマフィアに監視されてる……。
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