第七話 どこかで見た展開……

 あれ……どう見てもマフィアだよな……。


 新聞の穴の奥では相変わらず気持ち悪くマフィアの瞳がきょろきょろ動いている。


 おい……水無月家は本気で俺たちのデートをぶち壊すつもりなのか?


 そもそも、マフィアの目的はなんだ? 俺が鈴音ちゃんに妙な真似をするのを警戒しているのか、それとも妙な真似をするのを期待しているのか?


 マフィアの目的がわからず戦々恐々としていると、ふと隣に座っていた鈴音ちゃんがこちらに顔を向けた。


「せ、先輩……」


「どうしたの?」


 何故だか鈴音ちゃんは恥ずかしそうに頬を染めている。


「せ、先輩……さっきみたいに手を繋いでくれませんか?」


 え? 可愛い……。


 そんな初心なお願いをする鈴音ちゃんに俺は一瞬でマフィアのことも忘れて、鈴音ちゃんに夢中になる。鈴音ちゃんが俺に恐る恐る手を伸ばしてきた。俺もそんな彼女の期待に応えて、その手に触れる。


 が、


「ぬおおおおっ!!」


 俺と鈴音ちゃんの手が触れた直後、静かな車内に雄たけびが響くとともに少ない乗客たちが一斉にマフィアの方へと顔を向ける。


 鈴音ちゃんもまたマフィアへと顔を向けた。


 そして……。


「先輩……ちょっとここで待っていてくれませんか?」


「え? べ、別にいいけど……」


 と、鈴音ちゃんはせっかく繋いだ手を放すと立ち上がって、マフィアの方へと歩いていく。そして、マフィアの隣に腰を下ろすが、二人の姿はマフィアの開いた新聞のせいで俺からは全く見えない。


 が、しばらくすると鈴音ちゃんはこっちに戻ってきて「ごめんなさい。ちょっと知り合いの方を見つけたので挨殺をしてきました」と笑みを浮かべて再び俺と手を繋いだ。


 どうやら殺ってきたようだ。現にマフィアは新聞を閉じると、次の駅に到着するまで肩をすぼめたままお利口さんにして座っていた。そして次の駅に到着すると「きゅ~ん……」と喧嘩に負けた犬のように悲しげな声を漏らして電車から降りて行った。


「…………」


 次の駅へと向けて走り出す電車と、駅のホームで寂しげに俺たちを見つめるマフィア。


 どうでもいいけどこの駅って、二時間に一本しか停車しない秘境駅だったよな……。


「先輩の手、温かいです……」


 が、鈴音ちゃんはあえてそんなマフィアに目もくれず、俺に微笑みかけるので俺もマフィアのことを考えるのは止めた。



※ ※ ※


 とにもかくにも俺たちは無事、目的の駅へとたどり着いた。


 ふぅ……一時間の長旅だったぜ。が、ここまでくれば本当に誰とも会わないはずだ。


 俺たちがやってきたのはベタではあるが遊園地だ。結局デートでどこへ行くか悩んだ俺はネット民からのおススメで僻地にある遊園地へとやって来た。


 なんでもネット民曰く、この遊園地は多少寂れているが、その分空いているらしくほとんど並ばずにアトラクションに乗れるらしい。


 それにしても……。


 改札を抜けて仲良く手を繋いだまま遊園地へと歩いていく俺たちだったが、その人通りの少なさにやや戸惑う。


「人……いないですね……」


 鈴音ちゃんもその人通りの少なさを疑問に思ったようで、少し不安げに俺の顔を見上げる。


「ま、まあ、あんまり人気のない遊園地みたいだからね……」


 と、一抹の不安を抱きながらも苦笑いを浮かべる俺に、彼女もまた「ま、まあ人が少ない方がいっぱいアトラクションを楽しめますもんね……」と苦笑いを返す。


 にしても人……少なすぎじゃねえか……。


 今日……日曜日だよな? いくら寂れてるって言ったって、ここまで人が少ないと経営が成り立たない気がするんだけど……。


 そんなことを考えながら入場ゲート近くまでやってきた俺だったが、俺の嫌な予感は見事的中することになった。


『長年のご愛顧ありがとうございました。当園は1月31日をもちまして閉園となりました』


 騙された……。


 そこで俺はネット民に騙されたことに気がついた。


 そりゃ人が少ないはずだ……だって遊園地閉園してるんだもん……。


「つ、潰れちゃったみたいですね……」


 入場ゲート前に立てられた看板を見つめながら鈴音ちゃんが呟いた。


「ご、ごめんっ!! 鈴音ちゃん、俺がちゃんと下調べをしておかなかったから……」


 やっちまったわ……。デートで一番やってはいけないことをやっちまった。俺は鈴音ちゃんから手を放すと彼女に深々と頭を下げた。


「え? い、いえ……しょうがないです。別に私怒ってないです。頭をあげてください」


「だけど……」


「何事にもトラブルはつきものです。それに時間もまだいっぱいありますし、どこかでお茶でもしながらゆっくり考えましょ?」


 鈴音ちゃんまじ天使。


 俺は頭を上げると聖母でも眺めるような目で彼女を見つめた。


「そ、それにしても……なにもないですね……」


 辺りを見渡す鈴音ちゃん。


 俺もあたりを見渡してみるが、見えるのは長々と続く国道と小さなコンビニだけだ。とてもじゃないがお茶なんてできそうな場所は見当たらない。


 ん? いや、待て……なんだあれ?


 と、そこで俺は国道の奥に何やら怪しげな巨大な建物を見つけた。どうやらこの辺りは工場が多く立ち並んでいるようだが、その中に1棟だけあきらかに異彩を放った建物がある。


『宝珍館』


 その建物にはそう書かれてあった。


 そして、鈴音ちゃんもその建物の存在に気づいたようで俺たちは顔を見合わせる。


 いやいやいやさすがにデートであそこはねえだろ。だって今日の俺たちはそういうの抜きって話だし、あんなところに入ったら雰囲気もへったくれもねえぞ。


「…………」


「…………」


「と、とりあえず電車に乗りながら考えようか?」


「そ、そうですね……」


 なんとも言えない気まずい空気が流れたが、俺がそれを強引に断ち切ると彼女もまた俺に同意してくれた。そうだ。鈴音ちゃんが言っていたとおり、まだ時間はたっぷりあるのだ。今から市街地に移動してもショッピングでもランチでもなんでもできる。


 ということで足早に俺と鈴音ちゃんは駅に戻ろうとしたのだが、


「もし……お二方……」


 が、そんな俺たちを誰かが呼び止める。振り返るといつの間にかそこには俺たちと同じ年ぐらいのドレス姿の金髪の女の子が立っていた。


「え? お、俺達ですか?」


 と、自分の顔を指さしてそう尋ねると彼女はこくりと頷いてこちらへと駆けてきた。


 彼女は駆けてくると俺たちの顔を交互に見やってから「はわわっ……」と胸に両手を当てて俯いてしまう。


 なんだ……この美少女……。


「ど、どうかしたんすか?」


 なんとなく嫌な予感がしたのだが、声を掛けられた以上そう尋ねる以外に道はない。すると金髪の少女は何やら悲しげな目で俺を見つめた。


「あ、あの……もしかして遊園地がやっていると思って来たけど、閉まっていて路頭に迷っておられますの?」


 と、彼女はコバルトブルーの澄んだ瞳で俺に尋ねてくる。


 何この綺麗な瞳……あまりに綺麗すぎて逆に胡散臭いんだけど……。


 彼女と関わるとろくなことはない。脳内でそう警鐘が鳴り響く。そうだ。ここは速やかに彼女と別れよう。


「大丈夫です。この後、行くところが山ほどあるので」


 と、先回りして彼女から離れようと歩き出す俺。が、そんな俺の袖を鈴音ちゃんが掴む。


「先輩……なんだか彼女、困ってるみたいです……」


 鈴音ちゃん、これは罠だ。彼女の澄んだ瞳に騙されるなっ。


 と、目で彼女に訴えるが、鈴音ちゃんは金髪の少女へと顔を向けると、首を傾げた。


「何かお困りなことでもあるんですか?」


 そう尋ねると少女は「実は……」と話し始める。


 あれ? 俺、この展開どこかで見たことあるぞ……。こんな光景をとあるトンカツ屋の前で……。


「私、桜田ティアラといいますわ。わ、私たちこのままじゃ家族で首をくくらなきゃいけなくなるのですわっ」


 美少女はどうやらターゲットを鈴音ちゃんに定めたようだ。目一杯目をうるうるさせて鈴音ちゃんを見つめる。


「く、首をくくる? な、何があったんですか?」


 そしてまんまと乗せられる鈴音ちゃん。そんな鈴音ちゃんに美少女は涙を拭いながら、とある建物を指さす。


 もう見なくてもわかるぞ。


「わ、私のパパはあそこで宝珍館の経営をしているのですわ……。ここに遊園地があった頃はたくさんお客様が来てくれましたわ。ですが……遊園地が閉園になってからはめっきりお客様がいらっしゃらなくなって、このままでは私たちは借金が返せなくて家族で首をくくるしかないですわ……」


 どこまでも見覚えのある光景。彼女は完全に俺たちを泣き落としにかかってやがる。


 鈴音ちゃんを見やるとすっかり感化されているようで、今にも泣き出しそうになりながら美少女を一心に見つめてやがる。


 なんとしても止めなくては……。


「ティアラさん、ちょっといいですか?」


「なんですの?」


「ティアラさん、なにやら大変豪華なドレスをお召しのようですね」


 俺は冷静にツッコミを入れる。そもそも首をくくらなければならないほど貧乏ならば、こんな高そうなドレスを身につけてるのは変だ。


 俺の冷静なツッコミにティアラ氏は「こ、これは……」と何やらバツの悪そうな顔で俺から目線を逸らす。


 よしよし、痛いところを突かれたようだな。


「こ、このドレスはその……亡くなった母の形見ですわ……」


「はあっ⁉︎」


 が、ティアラ氏はそう呟くと何やら胡散臭く、涙を拭い始める。


「こ、このドレスはかつて英国貴族だった母が舞踏会で身につけていたドレスですわ……。もちろんこれを売ればお金になることはわかっていますわ。ですが……ですが……これ母が残した唯一の証なのですわっ‼︎」


 そう言っておいおい泣きだすティアラ氏。


 いやどこの英国貴族がこんな宝珍館の館長と結婚するんだよ……。


 が、


「ティアラさんっ‼︎」


 彼女のその猿芝居は隣の鈴音氏を騙すには十分だったようだ。鈴音ちゃんはティアラ氏をぎゅっと抱きしめると「ティアラさん、是非私たちを宝珍館に案内してください」と貰い泣きしながら言った。


「お、おい、鈴音ちゃん。今日はそういうのはなしって……」


「先輩、こんな可哀想な女の子見捨てられません。私たちが入ることで少しでもティアラさんの家族の助けになるなら、こんなに幸せなことはありません」


「いや、そうかもしれないけどさぁ……」


「それに私たちの心が澄んでいれば、どんなものを見ても変態な気持ちにはなりませんっ‼︎」


 いや、俺たちの心が澄んでないから忠告してるんだよ……。


 が、そんな心の声は鈴音ちゃんには届かない。鈴音ちゃんはティアラ氏に連れられて宝珍館の方へと歩いていく。


 どうやら運命はどこまでも俺の味方をしてくれないようです……。

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