第五話 デートとやら

「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 俺と鈴音ちゃんは見つめ合ったまま、お互いに言葉を発することができずに一分近い時間を過ごすことになった。


 なんでこんなことになったのか。


 多分、それは俺が鈴音ちゃんを好きだからだ。もしも好きじゃなければ『今のはクイズの答えだから』の一言ですべて解決することができる。


 だけど俺の『すき』は100%『好き』と鈴音ちゃんに伝わった。


 もちろん俺だっていつかは伝えなきゃいけないことだってわかってたさ。だけど、あまりに意図しないタイミングでそれを口にしてしまって俺は戸惑っています……。


「ごめん……こんな唐突なタイミングになってしまって……」


 とりあえずタイミングについてだけは謝っておくことにした。


 とはいえこのまま今の言葉をなかったことにするのは男としてマズいよな。


 だから、


「俺は鈴音ちゃんのことが好きだよ」


 あらためて自分の言葉で鈴音ちゃんに気持ちを伝え直すことにした。


 やばい……今まで鈴音ちゃんとしてきたどんな変態行為よりも恥ずかしい……。俺たちはこれまで恋人でもしないような変態をしてきたはずなのに、なんで好きって伝えるだけでこんなに恥ずかしいんだ。


 多分俺の顔は真っ赤になっているはずだ。できればもっとかっこよく決めたかったけど、俺の度胸ではそれはムリみたいです……。


 そんな俺の言葉に鈴音ちゃんはしばらく俺をじっと見つめたまま黙っていた。


 が、一度うんと頷くと意を決したように口を開く。


「う、嬉しいです……」


 と、彼女は小さく答える。


「わ、私、先輩から好きって言ってもらえて……嬉しいです……」


「あ、ありがとう……」


「はい……」


 そしてまた沈黙が訪れる。これがさっき指を舐めさせ、指を舐めていた男女の会話である。


 嘘みたいだろ?


 俺は自分にも鈴音ちゃんにもまだ初心な感情が残っていたことに少しだけ安心した。


 が、安心している場合じゃない。好きだと伝えたはいいが、俺たちはこれからについて話してはいない。


「す、鈴音ちゃんっ……なんていうかその……お、俺と……俺と……」


 ただ付き合って欲しい。そう伝えるだけなのにこの童貞っぷり。


 が、


「ちょ、ちょっと待ってください……」


 が、俺が付き合って欲しいと伝えようとしたその直前、鈴音ちゃんが俺に待ったをかけた。


「せ、先輩……一度落ち着きましょう……」


 どうやら童貞丸出しでこの世で一番ダサい告白をしようとしていた俺を見かねたようだ。


「ご、ごめん……」


 と謝ると鈴音ちゃんは「謝らなくても大丈夫です。気持ちは伝わってますから……」とフォローを入れてくれた。


 そして、


「と、とりあえず……私の指……舐めますか?」


 と、俺の気持ちを落ち着かせるために鈴音ちゃんは指舐めの提案をしてくれた。


「恐れ入ります……」


 俺はとりあえず心を落ち着けるために鈴音ちゃんが差し出した指を咥えた。


「…………」


「ちゅぱちゅぱ」


「…………」


「ちゅぱちゅぱ」


 なんだこの光景……。だけど、この方が俺も鈴音ちゃんも自然体でいられるのだから世界は不思議であふれている。


「先輩、考えてみれば私たちお互いのこと実は全然知らないですね……」


「ちゅぱ」


「私たちこれまで官能小説のためにこんなことしてきましたが、本当の意味でお互いの気持ちに向き合ってこなかったですもんね……」


「ちゅぱ」


「もちろん私も先輩のことが好きですよ。だからこれからも先輩のそばにいたいです。だけど、そのためにもお互いのこと……もっと深く知らないとダメですよね……」


「ちゅぱ」


 俺たちはそれなりに長い時間を一緒に過ごしてきた。だけど、それはあくまで官能小説を書くものとそれを手伝うものとしての時間。


 官能小説をとっぱらって一人の男女として過ごした時間はほとんどないのだ。


 口から鈴音ちゃんの指を出す。


「そうだよな……付き合う前にお互いのこともっと知る必要があるよな……」


「わ、私もそう思います……」


「なあ、鈴音ちゃん」


「なんですか?」


「今度デートしようか? 官能小説のことなんてきれいさっぱり忘れて、お互いのことをもっと知るためにデートをしよう」


 そう提案すると鈴音ちゃんはコクリと頷いた。



※ ※ ※



 指を舐めても、目隠しプレイをしても、ブヒブヒブタさんになっても、俺と鈴音ちゃんはまだお互いの変態性しか知らない。


 そのことに今更ながら気づいた俺と鈴音ちゃんは変態抜きのデートをすることになった。


 そして次の日曜日、俺は鈴音ちゃんとの待ち合わせ場所である駅前へと向かって歩いているのだけど……緊張がやばい……。


 で、デートってなんだ?


 何をすればいいんだ?


 あ、あれだよな……やっぱり初めてのデートは男がエスコートして……それから自然な流れで手を繋いで……ああ、ダメだっ!!


 デートの日を迎え、俺は口から心臓が飛び出しそうなほどに緊張していた。


 できることならば、冷静になるためにも鈴音ちゃんに跪いてブヒブヒ言いたい気持ちだけど、それが許されないのが今回のデートである。


 昨晩はどこへ行くのか、何をお昼に食べるのかなど情報社会らしくネットを駆使して調べまくったが結論はなかなかでなかった。


 最終的には掲示板で変態男というハンドルネームでネット民に尋ねたところ『まずは遊園地が無難だ』『ランチはそれっぽいイタリアンの店を調べておけ』『変態男、がんばれよっ!!』などとアドバイスを貰いスレは大いに盛り上がった。


 そして眠らないまま朝を迎えたのだ。


 今に来てどっと眠気が来ているが、眠気を理由にデートをドタキャンなんて言語道断だ。


 俺には掲示板の仲間たちがついているのだ。自分を信じて突き進むしかない。


 などと、自分を鼓舞していると、駅が見えてきた。そして、俺は駅前の噴水の前に見知った少女の姿を見つけた。


 鈴音ちゃんだ。


 鈴音ちゃんは今まで俺の前で身に着けたことのないワンピースを着ていた。そして、手にはピンク色の小さなバッグを持っている。


 そして、彼女もどうやら緊張しているようで、なにやらそわそわした様子で立っている。


「す、鈴音さま……じゃなくて鈴音ちゃんっ!!」


 と、そんな彼女に声を掛けると鈴音ちゃんはこちらへと顔を向けてわずかに笑みを浮かべる。


 可愛い……。


 彼女のもとへと歩み寄ると鈴音ちゃんは俺に小さく手を振るので、俺もとりあえず振り返しておく。


「鈴音ちゃん……おはよう……」


「お、おはようございます……」


「い、いよいよデートだね……」


 と言うと鈴音ちゃんは「はわわっ……」と頬を真っ赤にして俯いた。


 可愛い……そして初心だ……。


 まるで男の『お』の字も知らないようなそんな反応。まさか周りの人間もこの子が普段、俺に首輪をかけてブヒブヒ言わせてるなんて思うまい。


 そして、俺も目の前の彼女から普段の変態鈴音氏なんて想像できない。


 しばらく恥ずかしそうに俯いていた鈴音ちゃんだったが、このまま俯いていてもしょうがないのはわかったようで、顔を上げると「あ、あの先輩……」と俺を呼ぶ。


「ど、どうした?」


「きょ、今日はその……よろしくお願いします……」


 そう言って彼女は俺にぺこりと頭を下げた。


 可愛い……。


「と、とりあえず電車に乗ろうか……」


「は、はい……」


 そう言って俺たちは駅へと向かって歩き始める。が、その直後、向こうからなにやら見知った顔がこちらへと歩いてくるのが見えた。


 碧山月菜だ……。


 そして鈴音ちゃんも碧山の姿に気づいたようで、少し困惑した様子で俺の顔を見上げた。


 ここで碧山に会うのは色々とまずい……。


 何せ、彼女は俺と鈴音ちゃんの変態性を誰よりもよく知っている。


 だが、今日は違うのだ。今日は変態をすべて忘れた一人の男女としてお互いを知るための大切なイベントだ。ここで碧山月菜が介入してくるのはマズい。


 俺は逃げようと鈴音ちゃんに目で合図を送る。すると鈴音ちゃんも俺の意図を理解したようでコクリと頷いた。そして、俺たちは同時に踵を返して歩いてきた道を戻ろうとした……のだが、


「鈴音さま?」


 その直後、そんな声が聞こえるとともに、誰かがこちらへと駆けてくる足音が聞こえた。


 やばいやばい……。


 が、声を掛けられてしまった以上、無視することはできない。だから、俺たちは碧山の方を振り返る。すると、凄まじいスピードで鈴音ちゃんめがけて駆けてくる碧山が見えた。


「鈴音さま~っ!!」


 と、鈴音ちゃんの前まで駆けてきた碧山は頬を染めたまま憧れの先輩でも眺めるような目でうっとりと鈴音ちゃんを見つめる。


「こ、こんな場所で鈴音さまに出会えるなんて光栄ですっ!!」


 そう言ってキラキラの目をぱちぱちさせる碧山。


 おい、碧山……今は違うぞ……今は違うんだぞっ!!


 俺は祈るような目で碧山を見つめるが、碧山の目には鈴音ちゃんしか映っていない。そんな碧山に鈴音ちゃんはやや引きつった笑みで「あ、碧山さんおはようございます」と挨拶をする。


「あ、挨拶なんて身に余る光栄です。鈴音さま……」


 ダメだ。事態は俺の想定する最悪な方向へと向かっている気がする。その絶望的な状況に愕然とする俺。と、そこで碧山は初めて俺に目を向けた。


 が、まるで汚物でも見るような目で俺を二、三秒眺めると鈴音ちゃんへと再び顔を向ける。


 そして、彼女はこう口にした。


「鈴音さま……もしかして今日はブタの散歩ですか?」


 かくして俺と鈴音ちゃんのデートは波乱の幕開けを迎えた。

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