第十四話 新たなる変態の誕生
翌日の放課後、俺と鈴音ちゃんは駅前の商業施設にいた。昨晩鈴音ちゃんの言っていたカチコミとやらを実行するためらしい。となると向かう先は碧山のもと……と思われたのだが、実際には違った。俺は鈴音ちゃんに連れられて駅前の喫茶店に入るとそこで最新話の執筆をさせられた。
そんな彼女に首を傾げる俺だったが、彼女が小説を書けと言われたら書く以外に選択肢はない。俺はスマホを使って二時間近くかけてポチポチと執筆をした。
あ、ちなみに執筆の間、鈴音ちゃんは俺の足をツンツンと突いたり足のシルエットをなぞるように触れたりと、主に変態方面で俺のことを応援してくれた。
「よし、書けたっ!!」
と、ようやく執筆を終え、俺が顔を上げると彼女は腕時計に目をやり「せ、先輩、そろそろ時間です……」と謎の言葉を発した。
「どうかしたの?」
「そろそろ碧山さんの仕事が終わる時間です……」
そう言って鈴音ちゃんは立ち上がった。
※ ※ ※
それから数分後、俺と鈴音ちゃんは同じ商業施設の三階にある、とある店の前に立っていた。
「先輩……この店の名前に見覚えがありませんか?」
そう言って鈴音ちゃんはその店を指さした。
「ウサ先生のヒロインが働いているのが『キャットウォーム』で、この猫カフェの名前は『キャットウォーク』です……」
と、そこまで言って俺は彼女の言葉を理解する。つまり、ウサ先生こと碧山はヒロインのアルバイト先のモデルにこの店を使っているようだ。どうやら店は既に営業を終えているようでドアには『CLOSE』の札がかかっていた。
だけど、そんなことを確認するために、ここまでやってきたのか?
「わ、私、ウサ先生のヒロインと碧山さんがどれぐらいシンクロしているのか確認しておきたかったんです」
と、鈴音ちゃんは俺の疑問に先回りするようにそう言った。
「ウサ先生のヒロインは貧乏という設定で、放課後は毎日ここで働いているということになっています。も、もしも碧山さんもご家庭の事情でここで毎日働いているのだとすれば、碧山さんはもしかしたらヒロインに自分を重ねて小説を書かれているのかなと思いまして」
「なるほどな……けど、そんなこと確認して意味あんのか?」
「意味はあります……。だとしたらヒロインの性格や性癖も碧山さん自身と一緒の可能性が高くなるので」
おいおい鈴音ちゃんよ。碧山の性癖を知って何をするつもりだい?
俺がそんな彼女に何とも言えない恐怖を抱いていると、不意に店の扉が開いたので、俺と鈴音ちゃんは会話を中断してドアの方を見やった。すると「おつかれさまです」という声とともに制服姿の碧山が姿を現した。
碧山は俺たちの姿を見つけると「あ、あれ? 二人ともこんなところでどうかしたの?」と不思議そうに首を傾げた。
まあ、そりゃそうだよな……。
と、そこで鈴音ちゃんは「あ、碧山さん……」と彼女の名を呼ぶと彼女へと歩み寄った。
そして、
「碧山さんは望月ウサさんという小説家の名前に聞き覚えはありますか?」
と、尋ねた。
おいおい、いきなり渾身の右ストレート喰らわせるのは……。
直後、碧山の肩から学生鞄がバサッと床に落ちた。
※ ※ ※
数分後、俺たち三人の姿は公園のベンチにあった。
「ご、ごめんなさい……物語の展開に困ってついつい使ってしまって……」
鈴音ちゃんの言葉にあっさりと自身を望月ウサだと白状した碧山はそう言って俺と鈴音ちゃんに平謝りをした。そんな碧山に俺と鈴音ちゃんは顔を見合わせる。あまりにも素直に謝られ俺も鈴音ちゃんも少し面食らっているのだ。
「あ、碧山さん、顔を上げてください……」
と、鈴音ちゃんが言うと顔を上げる。が、彼女は相変わらず申し訳なさそうな表情を浮かべると、ポケットからスマホを取り出した。
「しょ、小説はすぐに消すからちょっと待ってて」
と、あろうことかそんなことを口にする碧山。
おいおいこいつ日間一位の作品を削除するつもりか? 俺は慌てて彼女を制止しようとしたが、その前に鈴音ちゃんが彼女の腕を掴んだ。
「そ、その必要はありません……」
「だけど」
「私はあくまで碧山さんが望月ウサ先生だと知っていることをお伝えするために来ただけですので……」
「そ、そうなの?」
「はい……」
カチコミに行くと言っていた鈴音ちゃんだったが、実際にはそこまで過激なことを考えていたわけではないようだ。けど、だとしたら、鈴音ちゃんは何故そんなことを直接本人に伝えようとしたのだろうか?
俺の疑問は膨らむばかりだ。
「碧山さんの作品は毎日楽しく読ませていただいています。ですから、これからも面白い作品を作り続けてください……」
「だけど……いいの?」
「はい……大丈夫です。私、碧山さんの小説……大好きですよ?」
そう鈴音ちゃんが言うと、碧山の表情はまるで救われたような、女神さまでも眺めるような目で鈴音ちゃんを見やった。
あ、あれ? もしかして鈴音ちゃん……碧山を手懐け始めてねえか……。
「じ、実は碧山さんに一つお願いがあるのですが」
「お、お願い?」
と、鈴音ちゃんが突然そんなことを言うので碧山は首を傾げる。
なんだか嫌な予感がするんだけど……。
「先輩の小説に碧山さんを登場させてもいいですか?」
「え?」
「はあっ!?」
俺と碧山が同時に叫ぶ。
「おいおい鈴音ちゃん。どういうつもりだ?」
「碧山さん、実はランキングで碧山さんと競い合っている『親友の妹をNTR』の作者は先輩なんです」
と、唐突にこののんの正体を俺だと告白する鈴音ちゃん。そんな鈴音ちゃんに碧山は「ええっ!?」と目を丸くする。
「そ、そうなの?」
と、碧山は俺を見やった。
「な、なんというか……黙ってて済まなかったな」
そう答えると碧山はしばらく驚いたように目を丸くしていたが、不意に「た、確かにそう言われてみれば……」と妙に納得したように頷く。
「鈴音ちゃん、それ本気で言っているのか?」
と、俺が尋ねると鈴音ちゃんは頷く。
「先輩の小説はちょうど一章を書き終えたところです。ですから二章を書くにあたってライバルヒロインを登場させた方が良いと思いました……」
「いや、まあ確かに俺もそんなこと考えてはいたけど……」
「碧山さんをモデルにするのは悪くない手だと思います。それにきっと碧山さんはドの付く変態さんだと思いますし」
「はわわっ……」
と、唐突に変態呼ばわりされた碧山は頬を真っ赤に染める。
「わ、私変態なんかじゃ……」
「碧山さん、ウサ先生の作品に登場するヒロインは碧山さんの分身ですよね? バイト先もモデルに使っているみたいですし、ヒロインの性格も以前に碧山さんがおっしゃっていた過去の碧山さんとそっくりです。だとしたら性癖も同じなんじゃないですか?」
そう変態名探偵が推理した。
「それはその……ええと……」
と、露骨に狼狽する碧山。どうやら鈴音ちゃんの推理は見事に当たっていたらしい。
鈴音ちゃんはそこでにっこりと微笑むと、碧山をぎゅっと抱きしめた。突然、抱きしめられた碧山は驚いたように目を見開いていたが、鈴音ちゃんが碧山の頭を優しく撫で始めると彼女の目が徐々にとろんとし始める。
おい、碧山よ。お前なんか洗脳され始めてるぞ……。
「碧山さん、変態なことは全然悪いことじゃないですよ……。だから、隠すようなことじゃないんです」
いや、絶対隠した方がいいですよ……。
「本当に?」
が、碧山は完全に鈴音ちゃんの術中にはまっている。
「そうです。隠す必要なんてないんです。だからもっと素直になってもいいんですよ。碧山さんがどれだけ変態でも私は碧山さんの全てを受け入れます」
「水無月さん……」
ああだめだ。完全に碧山は篭絡している。
おい目を覚ませ。
彼女はまるで優しい母親に甘えるようにぎゅっと鈴音ちゃんを抱きしめ返す。
ダメだ。手遅れだ……。
「だから碧山さん。こう言いましょうか? 私は寝取られるのが大好きな変態さんですって」
「はい、私は寝取られるのが大好きな変態さんですっ」
こうして俺の周りに新たなる変態がまた一人増えた。
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