第十七話 半年たって……
とにかく忙しい半年間だった。学校を辞めた俺は毎日八時間会社で努めて、帰ってきたらマフィアを相手に書籍の打ち合わせという日々を送っている。
会社では社畜、自宅では家畜として俺頑張っていますっ!
幸いなことに書籍化の方は順調である。バカな俺でも少しづつマフィアの言う愛の意味を理解しているような気もする。その証拠にマフィアからのゴーサインも出た。ということで書籍化作業もほぼほぼ終了して、あとは小説の発売を待つだけになった。
そして、その発売日は……。
「ふっふ~んっ!! 竜太郎くん、クリスマスイブまであと一週間だね」
と、まだクリスマスイブまで一週間もあるのに、昨日の鈴音ちゃんはすっかりクリスマス気分だった。けどまあ寝室のカレンダーにジングルベルの鼻歌を歌いながらハートマークを付けている鈴音ちゃんが可愛いからいいや。
そして、俺の処女作『親友の妹をNTR』もこの日に発売である。
本当ならばもっと早く発売できる予定だったのに、本業というかじじいのもとでの武者修行のせいで執筆が追いつかなかったというのが現状だ。が、どうやら俺はある程度じじいから認められたようで、晴れてイタリア書店の社員として働くことになった。
と、まあ社畜&家畜であることさえ受け入れられれば、それなりに俺の人生は順調である。
が、全てが順調かと言えばそうではない。実は一週間ほど前にとある事件が起こったのだ。
「ぬおおおおおおおっ!! 担当がつくぞおおおおおおっ!! ぬおおおおおおおおっ!!」
と、びじょびじょ文庫に所属することになった俺はマフィアからそう告げられた。
俺は初めて作家さんの担当編集になることになった。
とはいえさすがに俺一人に編集を任せるというわけではないらしく、マフィアと二人で初の編集の仕事をするらしい。
不安はあるが担当になったこと自体は喜ばしいことだ。むしろ他の作家さんの作品に触れられることは作家としてもありがたい経験である。
が、問題はその作家さんが誰かということだ。
「先生初めまして、担当編集をさせていただく水無月と申します」
びじょびじょ文庫の応接室。紳士モードで挨拶をするマフィアの横に座って俺も先生に深々と頭を下げる。
そして、
「初めまして先生、これから先生の担当をさせていただく謎の覆面編集者Xです」
俺もまた先生に挨拶をする。
いや、なんだこの自己紹介……。
そして今、俺の顔は蝶々の形をした巨大なアイマスクによって覆われていた。
当然ながら先生はそんな俺を見てドンびいている。が、新人作家さんだからなのか特にツッコミのようなものはなく、先生もまた頭を下げた。
「は、初めまして……望月ウサです。よろしくお願いします……」
そうなのだ。俺が初めて担当編集をすることになったのは望月ウサ先生こと碧山月菜なのだ。
これこそが俺がおかしな格好でおかしな名前を名乗っている理由である。
あれから半年たった今でも俺は碧山からブタ同様の扱いを受けている。
いや、ブタ扱い自体はもう慣れたしもはや日常に溶け込んでいるのだけど、今の俺と彼女は編集と作家だ。そうなると色々と弊害が出てくる。
だから俺は真っ先にマフィアに碧山の担当は止めてくれと申し出た。
が、そんな頼みも虚しくマフィアからダメだと一蹴されてしまった。それでもああだこうだ言って担当を外してもらおうとしたが、結局マフィアが提案した、この『謎の覆面編集X』となって碧山の担当をすることとなってしまった。
いや、普通にバレるだろ……。
ってか顔の下半分は丸見えだし……。
が、碧山は俺の顔を見て驚いてはいるが気づいてはいないようだ。
あぁ~碧山がバカでホントよかったわ……。
「わ、私、打ち合わせは初めてで色々失礼があるかもしれませんが、そ、そ、そのよろしくお願いします……」
とかしこまった碧山は俺とマフィアにぺこぺこと頭を下げる。
いつもは俺に汚物を見るような視線を向ける碧山だけに、この緊張ぶりはなんとも新鮮だ。なんだか久々に碧山の素朴な姿を見た気がして少しホッとする。
「それじゃあ早速、作品の話をしましょうか」
と紳士モードのマフィアは印刷された原稿を手に取ると、ペラペラと捲る。もちろん俺もマフィアも何度も原稿には目を通しているのだが、それでもマフィアは原稿を捲るたびに「ふんっ……ふんっ……」と鼻息を荒げ始める。
あ~また始まったよ。とにかくマフィアは碧山の原稿を読むたびに凄まじい興奮を見せるのだ。
が、それも無理もない。なにせ、碧山が書籍化を決めた作品『ブタに転生した俺は聖女さまの家畜として生活することになった』の主人公のモデルは翔太なのだから。
つまりマフィアは鈴音ちゃんと翔太の二人とも官能小説化を実現してしまったことになる。
おめでとう。
「先生っ!! これは凄いよっ!! 翔太……いや正二をこんなブタにしてこんな扱いをしてっ!!」
どうやらマフィアも主人公のモデルが翔太だと知っているようである。まあ、最近は碧山も家に入り浸ってるからな……。
碧山は頻繁に我が家を出入りし、当たり前のように翔太を家畜のように扱い、そんな二人を鈴音母が微笑ましそうに眺めている狂った光景をよく目にする。
「お、お父様……ありがとうございますっ!!」
そんなマフィアに碧山はマフィアをお父様呼ばわりするものだからマフィアは「ぬおおおっ!! お義父様っ!! お義父様っ!! 義理の娘が……はぁ……はぁ……」とさらに興奮する。
「へ、編集長……」
「ぬおおおおおっ!! ぬおおおおっ!!」
だ、ダメだ……。どうやら今日は実質一対一で碧山の対応をするしかないようだ。
「あ、あの……編集長がこんなことになっていますがお気になさらずに……」
と苦笑いを浮かべると碧山は「は、はぁ……」と困惑した様子で俺に視線を向けた。
「先生の作品は大変面白い作品だったと思います。望月先生の個性がよく出ていて他の誰にも書けない作品に仕上がっていると思います」
とりあえず碧山に率直な感想を伝える。なんだか月並みな言葉ではあるがこれが俺の率直な感想だ。
これまで碧山は鈴音ちゃんに言われた通り、綺麗なエロをモットーに作品を書いていた。それはそれで面白いしサイト内でのランキングでも好成績を出していたが、なんだかお行儀が良すぎるというか突き抜けている印象はなかった。
が、今回の『ブタに転生した俺は聖女さまの家畜として生活することになった』は凄まじかった。碧山の性癖を全てぶち込んだ作品となっている。
きっとたがが外れたのだろう。突然彼女は性癖を解放してそれを作品にぶち込むようになった。その結果、この作品は主に男性読者を中心に爆発し、熱狂的な信者を増やすこととなった。
あ、ちなみに我が妹深雪も望月ウサ先生の影響をもろに受けてしまったようで、実家に帰るたびに「ブタ……飼いたいなぁ……」と呟いている。
が、俺自身も今回の作品の方が面白いと思ったし、ランキングの上位にあがったときに真っ先にマフィアに作品を紹介した。その結果、晴れて碧山は官能小説家として商業デビューすることとなった。
そんな俺の賛辞の言葉に碧山は照れているのか恥ずかしいのか「はわわっ……」と頬を染めている。
「そ、その……別に私はこういうことに興味があるわけではないのですが、こういうのが巷で流行っていると聞いたので……」
どうやら碧山はあくまでこれが自分の性的趣向ではないことをアピールしたいようだ。
残念だな碧山、全てお見通しなんだよ。が、これ以上碧山に追及をしてもしょうがないので「そ、そうなんですね……」と返事をしておいた。
と、そこで不意に応接間のドアがノックされる。が、マフィアは「義父になるのか……こんなに可愛い女の子の義父になるのか……」と繰り返しているため俺が代わりに返事をすると、ガチャリとドアが開いた。
「こののんく~んっ!!」
ドアが開くと同時にそんな声が応接間に響き渡って鈴音母が俺のもとへと駆け寄ってきた。
今一番面倒くさい奴が来た……。
あ、ちなみに鈴音母は第三子を妊娠したようで、お腹が少し膨らんでいる。だから、少し控えめモードで駆け寄ってくると仮面をかぶった俺をぎゅっと抱きしめる。
「こののんくんったら立派な編集さんになっちゃって……」
おいやめろ……何のために仮面をかぶってると思っているんだ。
そんな鈴音母の言葉に碧山は「こ、こののんっ?」と訝し気に俺を見やる。
「ミュウミュウ先生……今はちょっとまずいです……」
お腹の赤ちゃんを気遣いながらも鈴音母を押し退けようとする俺。が、鈴音母はそんな俺の事情なんて知ったことではないようで「よ~しよ~しっ!! こののんくん~よ~しよ~しっ!!」と言いながら俺の頭を撫でまわしてくる。
と、そこで碧山が無表情のまま立ち上がった。そして、無言のまま撫で回される俺の元へと歩み寄ってくる。
「望月先生?」
「謎の覆面編集さん……一ついいですか?」
「は、はい……なんでしょうか……」
「お手っ」
「ぶひっ!!」
あ……。
思わず碧山のお手に反応してしまった。
「やっぱり……」
そう言うと俺の顔へと手を伸ばして俺から仮面をはぎ取る。
とどのつまり……半年経っても俺をとりまく環境は何も変わっていないです。
――――
お読みいただきありがとうございます。
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