第十六話 もはや鈴音ちゃんがまともに見える
皆の衆はサファリパークを丸腰で歩く人を見たことがあるだろうか? 少なくとも俺はそんな奴を飼育員以外で見たことがないし、乗用車やバスで見学するのが普通ではないだろうか?
猛獣たちの闊歩するジャングルを車も乗らずに歩くなんて自殺行為も同然だ。
それは水無月サファリパークも例外ではない。
二匹の獰猛な女豹は舌なめずりをしながら目の前の餌を品定めしている。冷静に考えて丸腰の人間が猛獣二匹を目の前にしてできることなんてあるのだろうか……。
「こののんくん、事情は鈴音ちゃんから聞いたわ。こののんくんがランキング一位になれるようおばさんにも協力させて?」
と、制服姿の鈴音母はノリノリだ。ちなみに俺はその事情とやらをまだ鈴音ちゃんから聞かされていない。
「鈴音さんや、あんたはいったいこれから何をおっぱじめるつもりやい?」
「先輩の新しい性癖を引き出します」
「俺の性癖と鈴音ちゃんのお母さんが制服姿なのと何の関係があるって言うんだい?」
いや、もちろん鈴音母の制服姿を見た瞬間、俺は今まで感じたことのないような背徳感を感じたさ。だって娘の制服をこんなに可愛いお母さんが着てるんだぜ? そんなのエロしか感じないし、トロフィーだって出るに決まってる。けど、そのトロフィーは今のところ俺の書いている最新話には使用できない。もちろん鈴音ちゃんだってそのことは知っているはずだ。鈴音母が制服を着ているのには他にも理由があるということだ。
「百聞は一見に如かずです。とにかく始めましょう」
が、彼女は俺の質問には何も答えずにそう言うと「ま、ママ……あれを出して」と母親に何か指示を出す。
指示を受けた鈴音母は「うん、ちょっと待ってね」とブレザーのポケットをまさぐると何やら物騒な物を取り出しよった。
「そ、それって……」
それを見た瞬間、俺はそれが何なのか瞬時に理解できた。けど、理解したくなかったのであえて鈴音母にそれが何なのかを尋ねる。
「手錠よ」
と、彼女は手錠を手に持つと嬉しそうにそれを俺の目の前でちらつかせる。
ってか何で一般家庭にそんな物があるんだよ……。
「こののんくん、この手錠、いったい何に使うのかしらね?」
と、鈴音母は俺をいたぶるように悪戯な笑みを浮かべてそう尋ねる。
んなもん決まってる。手錠って物は誰かを拘束するために使うものだ。となると問題はその手錠で誰を拘束するかということだ。
いや、普通に考えれば生贄は俺だよな……。俺は怯えるようにわずかに鈴音母から遠ざかる。
「あらら? こののんくん、どうして私から逃げるの?」
「いや、だってそれは……」
「クス……こののんくんはドMな男の子だと思っていたんだけど、違ったのかしら?」
そう言うと鈴音母は俺の右手を掴むと俺の手首に手錠を当てた。
「こののんくん、逮捕しちゃうぞっ」
と破壊力抜群な言葉を口にして、彼女は俺の手首に手錠をかけようとした……のだが。
「な~んちゃって」
と、彼女は笑いながらそう言うと、手錠を俺の腕から離した。
「え? どういうことですか?」
俺に手錠を掛けてくれるんじゃないんですか?
困惑する俺に鈴音母は「この手錠はね、こののんくんに掛けるために持ってきたわけじゃないの。期待させちゃってごめんね」と言うと鈴音ちゃんの方へと身体を向ける。そして、彼女は鈴音ちゃんの右腕に手錠を掛けた。
え? どういうこと? 俺がポカンと口を開けていると鈴音母はもう一方の輪っかを鈴音ちゃんのベッドのパイプへと伸ばして、そこに掛けた。
鈴音ちゃんの体がベッドに固定されてしまう。
「先輩、捕まっちゃいました……」
と、手錠でベッドに固定されてしまった鈴音ちゃんは少し悲しげな表情を俺に向ける。が、その表情はわずかに上気しており、興奮が隠しきれていない。そんな彼女をしばらく眺めていると不意に俺の腕に何やら柔らかいものが押し当てられる。腕を見やるとそこには鈴音母の大きな何かが押しつぶされるように俺の腕に密着していた。
ぬおおおおおおおっ!!
その視覚的に刺激の強すぎる光景に俺は目を見開く。
「こののんくん、二人だけで楽しみましょ?」
と言うと鈴音母は俺の腕にしがみついたまま俺の顔を見上げた。その表情はわずかに赤らんでおり、俺を見つめる瞳はとろんとしている。
ああ、やばいやばい。その表情エロ過ぎます。高校生の俺には刺激が強すぎます。俺はその破壊的にエロい表情を凝視する勇気はなく、逃げるように鈴音ちゃんを見やる。
「先輩……酷いです……」
手錠を掛けられた鈴音ちゃんは相変わらず悲しげな表情を浮かべていた。が、俺の頬に鈴音母の暖かい手が触れると、俺の顔が再び強制的に鈴音母へと向けられる。
「こののんくん、私、知っているのよ? こののんくんはいつも私のこといやらしい目で見ていること」
「え? い、いや……それは……」
「こののんくんって悪い男の子ね。鈴音ちゃんじゃなくて私に興奮しちゃうなんて」
ああ、もうダメ……鈴音母、強すぎです……。
ここまでされて俺はようやく鈴音ちゃんが俺を家に呼んだ理由を理解した。どうやら、鈴音ちゃんは母親に俺を誘惑させるつもりらしい。
なるほど、確かにこれなら俺の作品とリンクしている。鈴音母はどうやら碧山役にすれば、碧山から誘惑される主人公の気持ちと、それに嫉妬するハルカの気持ちの両方を理解できる。
きっと鈴音母が制服を身に着けているのも、よりシチュエーションを作品に近づけるための工夫だ。
鈴音母は俺の耳元に唇を寄せる。
「あんな子ほっといて、私と楽しいことたくさんしましょ?」
「なっ……」
鈴音母の演技力のすさまじさに思わず絶句する。もちろん俺は鈴音母が娘を溺愛していることはわかっている。が、彼女は娘をあんな子呼ばわりする。どうやら鈴音母は本気のようだ。鈴音ちゃんを愛しているからこそ、彼女のリクエストに本気で応えようとしているのだ。
もちろんこれは鈴音母の演技だ。だけど、その演技があまりにも上手すぎて、俺には鈴音母の言葉をただの演技だと割り切って受け止めることができない。
「私、竜太郎くんのこと大好きよ……。竜太郎くんは私のこと……好き?」
そんな悪魔の囁きが俺の鼓膜を震わせる。
ああああああ助けてくれえええええっ!!
これはダメだっ!! 鈴音ちゃんを超えるとんでもない悪女が目の前にはいた。この化け物は手に負えない。
鈴音母の悪魔の囁きに、体ががくがく震える。
が、鈴音母はその手を一切緩めない。
「ねえ竜太郎くん。鈴音ちゃんはどこまでさせてくれたの?」
「ど、どこまでとは? い、い、い、いったい何の話か分かりません……」
わかってるさ。わかってるよ。何の話をしているかぐらい……。けどよ。んなこと答えられるわけねえだろ。
なんとか誤魔化そうとするが鈴音母は俺の顔に自分の顔を接近させる。
「本当は何のことか知ってるくせに……」
と、挑発するようにそう言うとニヤリと口角を上げる。
ああ顔が近い。可愛い。エロい。もう、とにかく凄い。
「ねえ、鈴音ちゃん」
と、そこで俺の顔を見つめたまま鈴音母は娘の名前を呼ぶ。
「ま、ママ……どうしたの?」
おそらくこのシチュエーションを所望したのは鈴音ちゃん自身だったのだろう。が、彼女の予想をはるかに超える母の演技に、あの鈴音ちゃんさえも動揺が隠しきれないようだった。彼女は怯えるように身を縮こまらせたまま母の顔を見つめていた。
「鈴音ちゃんの大好きな竜太郎くん……こんなにえっちな顔しちゃってるわよ? 鈴音ちゃん、ママに竜太郎くんの心を奪われるのはどんな気持ち?」
そう尋ねると、鈴音母は手の甲で俺の頬を撫でる。その触れるか触れないかギリギリのところで頬を撫でてくる鈴音母に、俺の体がビクビク反応する。そしてビクビクする度に小さな我慢トロフィーがポロポロと頭に落ちてくるのがわかった。
俺はビクビク震えながら鈴音ちゃんを見た。
鈴音ちゃんは頬を真っ赤にしたままぎゅっと握りしめた手で口元を覆ったままわずかに震えていた。そんな彼女が弱々しく「せ、せんぱい……」と言うものだからゾクゾクが止まらない。
なんだこれはっ!? 俺、もしかして目覚め始めてるのか?
これが鈴音ちゃんの出したかったトロフィーなのか?
「きっとまだキスから先はしていないのね? ってことは、私が顔をもう少し前に出して唇同士が触れちゃったら、鈴音ちゃんに追いつけるのかしら?」
「いや、さすがにそれは……」
「さすがにそれは……どうしたの? 私とキスしたくないの? 私は可愛い竜太郎くんの唇に触れてみたいな……」
ごめん鈴音ちゃん。俺はもうダメかもしれない……。なんかこの淫乱お母さん、さっきから俺の最悪の想定のさらに上を来るんだわ。
「いいのよ? 竜太郎くん。私と、キスしてみよっか?」
そう言うと彼女はただでさえ接近している唇をさらに接近させてくる。
ダメダメ変トロ出ちゃうっ‼︎ ホントに変トロ出ちゃうってば……。
「せ、先輩……やだ……」
と、鈴音ちゃんの悲鳴のような声が聞こえる。が、体が強張ってしまって俺は身動き一つとれない。そして、鈴音母の唇が俺の唇に触れようとした……その時だった。
バタンと鈴音ちゃんの部屋のドアが開いた。
「鈴音、この僕に制服を貸してやくれないだろうかっ!!」
ドアが開くと同時にそんなカオスな台詞が室内に響き渡り、思わず俺たちはいっせいにドアを見やった。すると、そこにはいつの間に帰宅したのだろうか、制服姿の翔太の姿があった。
俺たち全員の視線を一斉に浴びた翔太は、完全に状況を理解できていないらしく、しばらく目を見開いたまま固まっていた。が、不意に慌てて首を横に振ると笑みを浮かべた。
「な、なんだ竜太郎来ていたのかっ!! それに鈴音もママまで、なんだか楽しそうでなによりだなっ!! それにおおっと制服の件は先客がいたみたいだねっ!! だったらさっきのセリフは忘れてくれっ!! じゃあお邪魔したねっ!!」
そう言うと翔太は再び扉を閉めた。
が、しばらくするとドアの向こう側で「ぬおおおおおおおおおおおおっ!! うらやましいいいいいいいいっ!!」と叫び声が響き渡る。
翔太よ、煩悩が駄々漏れだ……。
そして、そんな翔太の叫び声に触発されたのか、呼応するように野太い「ぬおおおおおおおおおっ!!」という父らしき叫び声も聞こえてくる。
「ぬおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ぬおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ぬおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ぬおおおおおおおおおおおおっ!!」
交互に家中に響く父子の叫び声。
俺は何を聞かされているんだ……。俺が一人猛獣たちの遠吠えに戦慄していると、ふと、鈴音母が耳元で囁いた。
「みんな竜太郎くんのこと羨ましがってるわよ? だけど今の私は竜太郎くんだけのものよ? これからいっぱい楽しいことして鈴音ちゃんに見せつけてあげましょ?」
そう言うと彼女はクスッと笑って、俺の耳たぶを「あむっ」と甘噛みした。
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