第十八話 可愛い女の子にブタ呼ばわりされたい

 そしてデートの日がやってきた。なんて普通に言ってるけど、冷静に考えてみれば、とんでもない出来事だ。クラス内男子イケメンランキングでも中の下を自負する俺が、学園一の美少女、水無月鈴音とデートをするのだ。これは俺史上とんでもない大事件のはずだ。が、今まで彼女と繰り広げてきた痴態のせいで、感覚が麻痺しているのが本当に残念だ……。


 ということで、約束通り待ち合わせ場所へとやってきた俺は鈴音ちゃんの姿を探すことにした。


 それにしてもすごい人混みだな……。


 そこは繁華街にある巨大な商業施設の入り口だった。ある程度予想はしていたけど、日曜日ということもあり人でごった返している。鈴音ちゃんの姿を見つけるために、あたりを見渡すとこんな人混みでも彼女の姿はあっさり見つかった。どうやら美少女というのはこんな人混みでも映えるようだ。


 彼女は入り口付近の柱にもたれ掛かってスマホを眺めていた。そんな彼女の元へと俺は歩み寄っていく。


 が、


 ん? ちょっと待て……。


 俺はそんな彼女に近づくにつれてある違和感を覚えた。


 彼女はスマホを眺めている……というよりは凝視している。そして、そんな彼女の頬は何故か真っ赤に染まっていて、人差し指で自らの下唇を撫でていた。


 あ、あれ? 俺、あの仕草に心当たりがありすぎるんだけど……。


 どうやら彼女の変態活動には休日という概念は存在しないらしい。


 そんな彼女を愕然としながら眺める俺。が、彼女は小説に夢中なようで、すぐそばまで俺がやって来ても、一向に俺に気づかず「んん……」と相変わらずドエロい吐息を漏らしながら、身を捩っていた。


「す、鈴音さん……」


 と、そこで彼女の名を呼ぶと、彼女はようやく俺の存在に気づいたようで、スマホから顔を上げた。そして「わ、わぁっ!? せ、先輩っ!?」と慌てた様子で俺を呼ぶと、スマホを背中に隠した。


「あの……もしかしてだけど……」


 と、そこまで俺が尋ねたところで鈴音ちゃんは「ち、違います……」と、まだ何も聞いてないのに激しく首を横に振った。


 どうやら違わなかったらしい。


 が、デートという言葉にやや緊張気味だった俺は、彼女がいつも通りの彼女で少し安心もした。


「と、とりあえず行こうか……」


 そう声を掛けると、鈴音ちゃんは恥ずかしそうに俯いて「そ、そうですね……」と答えた。


※ ※ ※



 というわけで俺の人生初デートが始まったわけだが、始まって早々、鈴音ちゃんはどうしても行ってみたい店があると言うので、俺は彼女に連れられてモールの三階へと上がった。そこはレストラン街になっており、イタリアンや中華などさまざまなレストランが並んでいる。

 お腹でも空いたのだろうか? 俺はそんなことを考えながら彼女についていくが、彼女はそんなレストランには目もくれず、レストラン街の奥へと向かって歩いていく。そして、とある店の前で足を止めた。


「こ、ここです……」


 と、鈴音ちゃんはそう言って店を指さすので、俺はそちらへと顔を向けた。そして、その予想外な光景に驚愕した。


 な、なんじゃこりゃ……。


「じ、実は最近話題になっている店なんです……。そ、それで前から一度行ってみたくて……」


 と、彼女はそう言った。


 俺が驚愕した理由……それは、


 ブタっ!! ブタっ!! そしてブタっ!!


 その喫茶店のような佇まいの店内では無数のブタが縦横無尽に闊歩していた。どうやらここは猫カフェ……ならぬブタカフェらしい。


 鈴音ちゃんは興奮が抑えきれなくなったのだろうか、店の方へと駆け寄るとガラス越しに店内のブタを眺めはじめる。


「か、かわいい……」


 興奮気味に頬を赤らめる鈴音ちゃん。そんな彼女の横に立ち、俺もまた店内を観察する。


 まあ確かに彼女が頬を染める理由がわからないでもない。店内のブタはそういう種類なのだろうか、どのブタも猫ぐらいのサイズでなんとも愛らしい姿をしている。そして店内の客はそんなブタの頭を撫でたり、膝の上に置いたりして癒されているようだった。


 彼女は横に立つ俺を見上げた。


「わ、私……ぶ、ブタが大好きなんですっ!!」


 あ、なにその唐突に性癖を掠める言葉は……。

 全然、そんな意味じゃないのはわかるけど、今のセリフ、ちょっとやばかったわ……。


 俺は慌てて冷や汗を拭う。


 ふぅ……また変なトロフィーが出てくるところだったぜ……あぶないあぶない……。


 というわけで、俺たちはブタカフェに入ることになった。


 受付でドリンク代を払って早速、店内に入る。店内に足を踏み入れるや否や、鈴音ちゃんのもとに一匹の小さなブタがやってくる。ブタは彼女の靴下にコンセントのような鼻を近づけるとピクピクと鼻を動かして匂いを嗅いでいた。彼女はそんな光景に「クスッ」と笑いを漏らすとしゃがみ込んだ。


 今日の彼女は紺色のプリーツスカートと、フリルの付いたブラウスという、いかにも女の子らしい格好をしていた。そしてスカートの丈はいつもの制服よりも短い。彼女は少しスカート丈の長さを気にしながらも、寄ってきたブタの頭に手を置いた。


「ぶ、ブタさん……よしよし……か、可愛い……」


 そう言いながらブタの頭をなでなでする鈴音ちゃん。


 あぁ……なんか羨ましい……。


 と、そんな彼女のもとへ他のブタたちもぞろぞろと集まってくる。ちなみに俺のもとへは一匹たりとも来やがらねえ……。どうやら、ブタどもも俺なんかよりも、可愛い女の子の足元でブヒブヒしたいらしい……。


「せ、先輩、凄いです……ぶ、ブタさんがいっぱい来ます……」


 と、予想以上に集まってくるブタに困惑しつつも嬉しそうな鈴音ちゃん。あるブタは鈴音ちゃんになでなでされてご満悦顔を浮かべ、あるブタは鈴音ちゃんの脚に興味があるようでしきりに匂いを嗅いでいる。


 それを幸せそうに眺める鈴音ちゃん。


 あぁ……俺もブタになって鈴音ちゃんからブタ呼ばわりされたい……。


 と、一瞬思ったが、また変なトロフィーが出かねないので慌てて頭を振る。


「せ、先輩……あ、あれ……」


 と、そこで何かに気がついた鈴音ちゃんがカウンターを指さした。俺もカウンターへと目を向ける。


『ブタの餌 500円』


 と、そんなポップが見えた。どうやらこの店では餌やり体験ができるらしい。


「わ、私、買ってきます……」


 彼女は立ち上がると一目散にカウンターへと向かった。そして、紙コップに入った餌を手に再びブタのもとへと戻ってくる。そして、彼女はコップの中のチップ状の餌を掌に乗せてブタの前に差し出した。


 その直後ブタどもの目の色が変わった。


 鈴音ちゃんの周りにいたブタどもはいっせいにブヒブヒと鈴音ちゃんの掌に群がってくる。


「も、もう……み、みんな食いしん坊さんなんだね……ちょ、ちょっと、そこは入っちゃだめだよ……」


 と、スカートの中にまで入り込もうとするけしからんブタに困惑しながらも彼女はまんざらでもない様子だ。


 あ、ヤバイ……なんかエロい……。


 いかんいかん落ち着け竜太郎……。


 で、でも、異世界モノの官能小説のネタになら使えるかも……。と、健気にブタを可愛がる彼女を邪な目で眺めていると、彼女は顔をあげる。


 そして、


「せ、先輩……せ、先輩も食べますか?」


 そう言って彼女は餌の乗った手を俺に差し出した。


 そんな彼女の衝撃的な言葉に息を呑む。


 え? 何その乗ったら人間としての人生が終了する甘い誘惑は……。


「じょ、冗談です……で、ですがその……せ、先輩がブタの餌を羨ましそうに眺めていたので……。そ、そんなに美味しそうですか?」


 あ、バレてる……。


 おそるべし水無月鈴音……。


 彼女は俺の反応がいちいち面白いようで、クスクスと何度も笑う。


 あまりに彼女が笑うものだから、俺は少し不貞腐れたように彼女から顔を背けた。すると、彼女はまたクスっと笑って「こ、今度先輩にももっと美味しい物を作ってきますので、そんなに不貞腐れないでください」と俺をなだめた。


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