第十七話 俺のした単純作業がこの世界を回り回って、俺の親友を

 どうしてこんなことになってしまった……。


 なあ、教えてくれよ……どうしてこんな惨事が起きてしまったんだ……。


「せ、先輩……これ……凄いです……。こ、こんなこと続けてたら、わ、私……頭が変になっちゃいそうです……」


 安心しろ……俺はとっくに頭がおかしくなっている自覚がある。


 夕方の水無月家の鈴音ちゃんの自室。そこではおそらくだが、この家史上もっとも変態的光景が広がっていた。


 四つん這いになる鈴音ちゃん。彼女の口からしたたるよだれ。そして、彼女の開いたブラウスからは谷間が顔を覗かせている。


 そして俺はというと……。


「や、やばいかも……これ……」


 そんな彼女の真正面でしゃがみこんで、彼女の顔の前で催眠術師よろしく紐の付いた飴玉をゆらゆらと揺らしていた。


 すまん紐飴……お前だって不本意だろう。きっとお前は駄菓子の大好きな少年少女が喉を詰まらせずに安心して舐められるように、作られたんだよな? お前だって、安心して飴を舐める少年少女の笑顔を見たいよな?


 少なくともこんな変態少女に舐められるために作られたわけじゃないよな……。


「…………」


 エロい……エロ過ぎる……。


 目の前で飴玉を舐めようと必死に顔を伸ばす鈴音ちゃん。時には舌を伸ばして飴を口に入れようとする彼女だったが、俺がゆらゆらさせているせいで上手くいかない。歯がゆそうに腰をくねらせているのがまたエロい……。


 自分でもどうしてこんなことになったかはよく覚えていない。鈴音ちゃんが、駄菓子屋で買ってきたので一緒に食べましょうと提案してきたところまでは覚えているのだけど、なんか色々あってこうなった。けど、鈴音ちゃんが提案したような気がすることだけは俺の名誉のために言っておく。


 もはや鈴音ちゃんは鈴音母を演じることを止めていた。というよりは演じている余裕なんてなかったんだと思う。頬を紅潮させながら、恍惚とした瞳で飴玉を追う彼女はもはや動物のような何かだ。


 いや……しあわせそうで何よりです……。


 と、そこでぱくりと彼女は飴玉を口に含む。ようやく甘い苺の味にたどり着いた彼女は満足そうに笑みを浮かべる。が、そんな彼女の口から伸びた紐を俺はぐいぐいと引っ張る。すると、彼女は「んっ……」と悲しげな瞳で俺を見つめてくる。それでも俺が紐をひっぱるとにゅるりと彼女の口から飴玉が飛び出し、彼女の口と飴玉の間に唾液の卑猥な橋ができる。


 あ、これも俺の名誉のために言っておくけど、紐を引っ張れって言ったのも鈴音ちゃんだからな。


 俺は鈴音ちゃんの唾液滴る飴玉を眺めながら、下唇を噛みしめる。


 ただ言いたいこと……それは俺をここまで育ててくれた両親に対する謝罪だけだ。


 お父さん、お母さんごめんなさい。竜太郎は道を踏み外しました……。


 ああ、出ちゃってるよ……床一面から見たことのない形のトロフィーがいくつも顔を覗かせちゃってるよ……。もう、そこに刻まれている文字すら読みたくない……。


「す、鈴音ちゃん……そろそろ休憩しようか……」


 これ以上こんなことを続けていたら、本当に俺は引き返せなくなるような気がした。だから、そう提案すると彼女は、ふと我に返ったのか恥ずかしそうに俺から顔を背けて「そ、そうですね……」と答えた。


「…………」

「…………」


 窓の外を眺める。そういや、いつの間にか陽が沈んでいる。いったい今、何時なんだろう……。


 そんなことを呆然と考えていた。


 さっきまであんなにエキサイトしていた分、終わった後の虚無感が凄い……。


「せ、先輩……」


 と、そこで鈴音ちゃんが俺を呼んだ。彼女を見やると、彼女は頬を染めながら俺を見つめていた。


「そ、その……せ、先輩はその……は、話の流れ的に、せ、先輩は次回からハルカちゃんのデートの回を書く予定ですよね?」

「え? あ、あぁ……そうだけど、それがどうかしたのか?」


 唐突にデート回の話をしだす鈴音ちゃんに俺は首を傾げる。


 そんな俺に彼女はさらに頬を赤く染める。そして、彼女は何かを言いあぐねているように、胸に両手を押し当てながら、なにやらそわそわしている。


 そして、しばらくそわそわしたあと、何やら勇気を振り絞るように口を開いた。


「も、もしもその……せ、先輩がよろしいのであれば……来週の日曜日に私とその……で、で、デートをしませんか?」

「で、デートっ!?」


 と、鈴音ちゃんの口から飛び出した衝撃的な言葉に俺は思わず目を見開く。そんな俺の反応に驚いた鈴音ちゃんは「ひゃっ!?」と短い悲鳴を上げてから激しく首を横に振った。


「そ、その……で、デートというのはあくまで、せ、先輩の小説のお役に立てるかと思って提案しただけでその……せ、先輩が嫌であれば、無理には……」


 と、少し動揺したように目をキョロキョロさせる鈴音ちゃん。


 もちろん嫌なはずなんてない。嫌なはずあるものか。だって鈴音ちゃんだぞ? 学園のアイドル水無月鈴音ちゃんが官能小説のためとはいえデートに誘ってくれているのだ。その誘いに断る理由なんて、あるはずがない。


 けど、そう提案する彼女だったが、俺には気がかりなことがあった。


「翔太は大丈夫なのか?」

「お、お兄ちゃん……ですか?」

「ここのところ鈴音ちゃん、俺と会うときは深雪と遊ぶって言い訳してくれてるみたいだけど、さすがにこうも何度も会っていたら翔太に怪しまれるような気がするんだよ」


 俺の心配はそこだけだ。どうやら鈴音ちゃんが俺と会うときに深雪の名前を使っていることは深雪自身も知っているようで、彼女も仮に翔太から何か言われたときは口裏を合わせることになっているらしいのだが、元々鈴音ちゃんと深雪は高校も違うし、今は週に一回ぐらいしか遊ばないのだ。それが週に何度も遊んでるとなると翔太が怪しむような気がしたのだ。


「そ、それは……」


 と、鈴音ちゃんもまた俺と同じ危惧をしているようで、返答に困っているようだった。


 そんな彼女を見て、俺はふと疑問を抱いた。


「なあ、鈴音ちゃん、翔太はいつからあんな重度のシスコンを拗らせたんだ? まあ確かにあいつのシスコンっぷりは中学のときには多少あった気もするけど、ここまでひどくはなかった気がするんだ」


 特に去年あたりから極端に鈴音ちゃんを監視したり、必要以上に俺の前で鈴音ちゃんの話をするようになった気がする。


「え、ええ?」


 そんな素朴な疑問を口にした俺だったが、鈴音ちゃんは少し驚いたように首を傾げた。


 あ、あれ? 俺、なんか変な質問したっけ……。


「せ、先輩は……その……気づいていないんですか?」

「は、はあ?」

「い、いえ……その……」


 と、曖昧な返事をする鈴音ちゃん。そんな彼女に俺の疑問はさらに膨らむ。が、俺には全く心当たりはない。


「そ、その……せ、先輩……こ、これはあくまで私の推測なのですが……」


 と、前置きをして彼女は一度、言葉を切った。


 そして、


「お、お兄ちゃんのシスコンが重症になったのは、せ、先輩の小説の連載が始まってからだと思います……」

「はあっ!?」


 その衝撃的な言葉に俺は目を見開いた。


 おいおい、ちょっと待てよ……嘘だろ……。


「わ、私も初めは急にお兄ちゃんが、監視をしたり、少し高圧的に接するようになったのに驚いていたのですが、わ、私も先輩の小説を読むようになって、先輩の連載の初投稿の日を見て気づきました……」


 ちょっと待てよ。お、俺が連載を始めたのって確か、去年の夏ぐらいだよな……。でもってあいつが鈴音ちゃんの自慢をするようになったのって……ああっ!?


 俺は頭を抱える。


 その時期はぴったりと符合しやがった。


「ご、ごめん、鈴音ちゃん……俺はとんでもないことを……」


 俺は気づかないうちに、親友の変態トロフィーを出してたなんて……。


 あぁやばい……ゲロ吐きそう……。


 頭を抱えて蹲る俺。俺は心の底から近しい人間を官能小説のモデルにしたことを後悔した。


が、鈴音ちゃんはそんな俺に近寄ると、優しく俺の頭を撫で始める。


「せ、先輩……そんなに落ち込まないでください……。そ、その……少なくとも私は、せ、先輩の小説のおかげで自分がこんなにえっちな女の子だったんだって、気づくことができましたし……」


 いや、それに関してもごめんとしか言えないわ……。


「せ、先輩……私にひとつ提案があるのですが……」


 と、そこで鈴音ちゃんがそんなことを言うので顔を上げる。


「て、提案?」

「は、はい……おそらくですが、それは先輩にしかできないことで、そ、それでいてもっとも効果的な方法だと思います……」

「そ、そんな方法あるのか?」


 彼女は小さく頷いた。


 そして、彼女は作戦の全容を話し始めた。

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