第二十三話 戦いの後のご褒美
突然現れた鈴音母は、鈴音ちゃんと翔太を交互に見やり首を傾げていた。
まあそうだろうな。どういう状況だよこれ……。
が、鈴音母は「ま、いっか……」とその尋常じゃない娘息子の光景を一言で片づけると、次に俺の顔を見やった。
そして、
「わぁ……こののんくんっ!!」
と、なぜだか嬉しそうに俺の顔を見やるとこちらへと駆けてくる。
あと、どうでもいいけど凄い揺れてる……何がとかは言わないけど……。
豊満な胸を揺らしながらこちらへと駆けてくる鈴音母の姿がわずかに性癖に刺さりながらも、そんな彼女を眺めていると、彼女は俺の目の前までたどり着く直前「きゃっ!?」と悲鳴を上げて体のバランスを崩した。どうやら翔太の死体に足をひっかけたらしい。彼女はスーパーの袋を放り投げると俺めがけてダイブしてくる。
突然のダイブに彼女を受け止めきれなかった俺は、そのまま鈴音母もろとも後ろに倒れ込んだ。
直後、襲う後頭部の激痛とそれを癒すように顔面を覆う柔らかい感触。
飴と鞭ってこういうことを言うのか? そんなことを考えながら倒れていると、不意に視界が開けた。
「ご、ごめんねっ!! こののんくん……大丈夫?」
と、いつの間にか俺に馬乗りになっていた鈴音母は心配そうに俺を見つめていた。
いやいや、俺の心配よりも自分が息子の死体を蹴ったことの心配したらどうですか?
そう思いつつ、翔太を見やったが、翔太は相変わらず安らかな顔で眠っていたので、心配するのを止めた。
あと、どうでもいいがなんだこの光景……。
俺は住宅街の中心に広がるカオスな光景に息を飲む。倒れる俺とそこに馬乗りになる鈴音母、さらにはそのすぐ傍らではその息子の死体が転がっており、妹がその頭を撫でている。
ああやばい……情報量多すぎだわ……。
「こののんくん、どこか痛いところはない?」
と、相変わらず息子の死体を放置したまま俺の心配をする鈴音母に「な、なんとか大丈夫です」と答えると彼女はホッと胸を撫で下ろした。
あと、鈴音母よ。俺をペンネームで呼ぶのはやめていただけませんか? 一人事情を知らない死体が転がっているので……。まあ、死んでるから大丈夫だけど……。
が、鈴音母はそんなことなど知ったこっちゃないらしい。俺に馬乗りになったまま、笑みを浮かべると俺に顔を近づける。
「こののんくん、ランキング一位おめでとうっ!!」
と、鈴音母は自分が俺に馬乗りになったままだということも忘れて、ランキング一位を祝福しながら腰をくねらせる。ああ、やばい……トロフィー出ちゃう……。
「やっぱり全編改稿したのが読者に受けたのね。だけど、やっぱり私をモデルにした可愛いママを出したのが一番の理由かしら?」
と、鈴音母は自分がモデルのキャラクターに絶対的自信があるらしい。
「こののんくん、もっとおばさんのこと登場させてもいいのよ? やだ、私ったらなに言っちゃってんのかしらっ? 娘のお友達にえっちな想像することを勧めるなんて私って変態なのかしら?」
はい、変態です。
と、心の中でツッコミを入れる。
「だけどねこののんくん、油断はしちゃだめよ。投稿サイトのランキングは一位になってからが勝負なの。ここからは質のいい話を継続的に投稿しないと、すぐにライバルに追い抜かれちゃうからね。こののんくん、もしもアイデアに困ったら相談してね。パンツぐらいなら貸してあげるから」
と、妙に的確なアドバイスをしてくれる鈴音母。なんだこのおねえさん……。多分だけど、このおねえさん俺の作品以外も読んでるな……。その事実がさらに俺の性癖を掠めるぜ……。
と、そこで鈴音母はようやく俺に馬乗りになったままなことに気がついたのか「あらやだっ」と少し恥ずかしそうに口を手で覆うと、俺から立ち上がろうとした。が、すぐにバランスを崩して、またドスンと俺の下腹部に尻もちをついた。
その不意打ちのような下腹部への衝撃にトロフィーを出しちゃう俺。が、彼女は俺の太ももに手をついてなんとか立ち上がると、そこでようやく我が息子の亡骸に目を向けた。
「鈴音ちゃん、翔太ちゃんはどうして、そんなところで眠ってるの?」
と、自分も一部加害者であることにも気づかずに鈴音ちゃんにそう尋ねる母。そんな母親に鈴音ちゃんは顔を上げて微笑んだ。
「い、今ね、か、可愛そうなお兄ちゃんのこと……なでなでしてるよ」
と、説明になっているようで全く説明になっていない説明をする鈴音ちゃん。が、鈴音母にはそれだけの情報で十分だったようだ。鈴音母は目をキラキラさせると「お兄ちゃんの頭をなでなでなんてなんて優しい妹なのかしら? こんな優しい女の子誰が産んだの? は~い、私っ!!」と言って鈴音ちゃんのそばにしゃがみ込むと彼女をぎゅっと抱きしめた。
鈴音ちゃんの頬に自分の頬をすりすりする鈴音母。そんな母に鈴音ちゃんは少し恥ずかしそうに「ま、ママ……くすぐったいってば……」と頬を赤らめる。
なんだこの光景は……よくわからんけどまたトロフィー出そうなんだけど……。
と、唐突な百合な光景に俺はわずかに頬を染めつつも、立ち上がると、そんな俺に気がついた鈴音ちゃんも優しく母親の体を放すと立ち上がる。
「せ、先輩、きょ、今日はその……お兄ちゃんに色々と付き合わせてしまって申し訳ないです……」
そう言うと彼女は俺に深々と頭を下げた。
「ううん、謝らなくてもいいよ。翔太のことは俺も心配だったし。それに結果的には翔太のおかげで俺の小説の人気が出たって側面もあるし」
正直なところ、やっかいな兄ではあったが、俺のランキングが一位を獲得したのは間違いなく翔太のおかげだ。お部屋物色や下着泥棒の件の禊は鈴音ちゃんに任せるとして、俺から何か翔太に文句を言うことはもうない。
と、そこで鈴音ちゃんは俺の前まで歩み寄ってきた。
「せ、先輩……今日の先輩はよく頑張りました。頭を出してください」
と、鈴音ちゃんがそう言うので俺は彼女の言う通り頭を出した。どうやら、よしよししてくれるらしい。俺は頭を出したまま彼女を撫でられるのを待った。
だが、そんな俺が感じたのは鈴音ちゃんの手の感触……ではなかった。
「んんっ……」
突然、視界いっぱいに鈴音ちゃんの顔が現れた。こんなにも間近で眺めても変わらない完璧な彼女の可愛さに驚かされた俺だったが、それ以上に驚いたのは唇に触れた柔らかい感触。
鈴音ちゃんは瞳を閉じたまま、自分の唇を俺に押し当てていた。俺はその突然の出来事に反射的に身を引きそうになった。が、いつの間にか俺の首に腕を回していた鈴音ちゃんはそれを許してくれない。彼女はぎゅっと腕に力を入れると一瞬離れそうになった唇を再び押し当てた。
なんて幸せな感触。
俺はいつまでもこの感触を味わっていたかった。が、鈴音ちゃんはゆっくりと唇を俺から放すと、恥ずかしくなったのか頬を朱色に染めたまま、俺から顔を背ける。
「た、たまにはこういうご褒美はどうですか?」
そう尋ねた。
その言葉に俺も恥ずかしくなって、顔を背けた。
なんでだろう。俺と鈴音ちゃんはこれまで何度も他人には言えないような、恥ずかしいことを繰り返してきた。それなのに……それなのに、極々普通のカップルが交わす当たり前の行為に、今まで感じたことのないような胸騒ぎがした。
俺と鈴音ちゃんはファーストキスの余韻に浸ったまま二人して黙り込んでいた。
が、
♪ピコーンという電子音が二人の沈黙を破るように鳴り響くので俺と鈴音ちゃんは音のするほうへと顔を向ける。すると、そこにはスマートフォンを俺に向ける鈴音母の姿があった。
おいっ!!
「やった。鈴音ちゃんの初めて動画に撮っちゃった」
と、鈴音母は嬉しそうにスマートフォンを眺めている。
ってか、動画だったのかよっ!!
そんな母親の狼藉に鈴音ちゃんは「も、もうっ!! 本気で怒るよ」と頬を膨らませる。が、不意にこらえきれなくなったようでクスッと笑った。
あ、あれ? なんか強引に笑い話に落ち着こうとしているけど、お宅のお母さん全然やばいことやってるような気がすんだけど……。
と、思いつつも鈴音母にたてつく勇気は俺にはなかったので、黙っておくことにした。
「せ、先輩っ」
と、そこで鈴音ちゃんが俺の名前を呼んだ。
「お、おう……どうした?」
と、ついさっきキスを交わした相手に呼ばれ、急に恥ずかしくなる俺。が、そんな俺に鈴音ちゃんは笑みを見せるとこう言った。
「こ、これからも先輩の小説のお役に立てるよう……がんばります……」
そう言って彼女は優しく微笑んだ。
その日の夜。俺の書く小説『親友の妹をNTR』に感想が書かれた。書いたのは俺の作品によく感想をくれる『sho_littlesister_moe』さんだった。彼は俺の最新話の感想欄に一言『もっと……もっと激しくお兄ちゃんをイジメるシーンが読みたいです』と書かれていた。
俺はその感想をしばらく眺めて……そっ閉じした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます