第二十六話 俺は決断するっ!! 俺、何もしないっ!!

 そこに立っていたのは鈴音ちゃんだった。彼女は笑みを浮かべながら碧山の飴にむしゃぶりつく俺を見てパチパチと拍手を送っている。


 いや、やっぱり完全に黒幕の登場のしかただよな……。


「楽しく見させてもらいましたよ」


 いやだから黒幕感が……。


 鈴音ちゃんの登場に俺も碧山も事態が理解できない。


「す、鈴音さま……どうしてここに……」


 そんな中、かろうじて碧山が鈴音ちゃんにそう尋ねる。彼女の飴を持つ手は震えていた。そんな彼女に鈴音ちゃんは笑みを浮かべたままだ。


「さっきお二人が廊下で何かを言い合っているのが見えたので、後を追いました。そしたらこんな場所でこんなことを」


 と、鈴音ちゃんが言ったその瞬間だった。碧山は我に返ったようで「ひゃっ!?」と短い悲鳴を上げると飴玉から手を放して、怯えるような目で俺を見た。


「金衛って本当に変態のブタさんだったんだね……。金衛は女の子にこんな屈辱的なことをされて喜ぶの?」

「ぶ、ブヒっ……」


 と、頷くと彼女は俺が真正だったと理解したようで、改めて俺に軽蔑の眼差しを向ける。


 もしも俺が真正ではなかったら、俺を好きになると言った碧山。そんな彼女の真剣な言葉に、俺もまた真剣に応えることを決めた。もしも俺が彼女に餌付けされて喜びの感情を抱いたとしたら、いくら必死に堪えたところで、その気持ちに嘘を吐いたことになる。俺は彼女の気持ちに嘘を吐きたくなかった。だから、彼女の告白に俺は素直な気持ちで応えることにしたのだ。


 だから、自分の気持ちに嘘を吐かなかったことは後悔していない。


 のだが。


「汚らわしい……」


 その結果がこれである。彼女はついさっきまで俺を好きになると言ったのが嘘のように、今にも唾でも吐きかけそうな目で俺を見下してる。


 だけど、これはまだいい。だって俺が素直になったら、こうなるのは理解してたんだもん……。それよりも辛いのは彼女からこの世で一番汚い存在のように見下されていながら、何か心の中が躍っている自分がいることだ。


 あぁ……その目、最高っす……。あわよくば、もう一言トドメの一言を頂きたい。


「最低……」


 どうもありがとうございますっ!!


 碧山はしばらく俺にご褒美を与えたあと、鈴音ちゃんを見やると瞳を潤ませながら彼女のもとへと駆け寄った。


「鈴音さまっ!!」


 鈴音ちゃんの胸に飛び込む碧山。そんな碧山を彼女はぎゅっと抱きしめた。彼女の頭をなでなでする。


「鈴音さま……私の体はあのブタさんにこんなにも汚されてしまいました……」

「可愛そうに碧山さん……。あんな汚らわしいブタさんと関わっちゃダメです」


 おい鈴音ちゃんよ。その汚らわしいブタを餌付けして飼いならしてるのはどこのどいつだ。


「はぁ……鈴音さまの体が暖かくて浄化されているような気がします……」


 碧山はまるで母の腕に抱かれて眠る赤ん坊のように、安らかで清い表情を浮かべていた。


 おい、碧山よ。本当にお前が抱かれているのは天使なのか? 俺の目には何か腹に一物を抱えた堕天使のようにしか見えないんだけど……。


「碧山さん、少しは心が落ち着きましたか?」

「はい……鈴音さま……」


 が、碧山の方は鈴音ちゃんを信頼しきっているようだ。彼女はしばらく鈴音氏に抱かれてからゆっくりと身体を放した。そして、屈託のない笑みを鈴音ちゃんに向けると、最後に醜いブタを一瞥して階段を下りていった。


 彼女が見えなくなると、鈴音ちゃんは俺のもとへとゆっくりと歩み寄ってきた。


 彼女は跪く俺の目の前にしゃがみ込むと、俺の表情を確かめるように俺の顔を覗き込む。


「先輩……今、どんな気持ちですか?」

「よくわからないけど……なんかぞくぞくしてます」

「やっぱり先輩は真正ですね」

「はい……」


 彼女は俺の頭に手を置いてなでなでし始める。


 なんだろうこの実家にいるような安らぎは……。


「私は先輩が醜いブタさんだったとしても、先輩のこと見捨てたりなんてしませんよ。先輩は世界で一番可愛い醜いブタさんですから」

「醜いのか可愛いのかどっちなんでしょうか?」

「どっちもです……」


 なんだかよくわからないが、慰められているのはわかった。鈴音ちゃんは俺の頭をなでなでしながらクスクス笑った。


「先輩、今回もよく頑張りましたね」

「いや、具体的に俺が何を頑張ったのでしょうか?」


 俺には鈴音ちゃんの言葉の意味が理解できなかった。が、それでも鈴音ちゃんは俺の頭をなでなでし続ける。


「先輩は今回も頑張りました。自分に嘘を吐かずに碧山さんの気持ちと向き合ったのは素晴らしいことだと思います。あんなことをそれも学校でなんて、普通の人間にはできない芸当ですので」

「それはお褒めになられているのでしょうか? それともひいておられるのでしょうか?」

「私はひきません。先輩がどんな変態さんだったとしても、全て受け入れますよ」

「あ、ありがとうございます……」


 とりあえず褒めてはくれているらしい。


「あとは私に任せてください。全ては私の手で解決してみせます」


 と、彼女は自分の胸をポンポンと掌で叩いた。


 なんとも頼もしい一言。どうやら鈴音ちゃんには今回俺の身に起こった諸問題の解決の糸口が見えているらしい。


 が、


「俺に何かできることはないのか?」


 今回の諸問題。具体的には俺の小説の順位、鈴音ちゃんの生徒会選挙、ついでに深雪のこののん先生への殺意。それらの問題を解決するのは容易ではない。もちろん鈴音ちゃんは頼もしいが、全てを彼女に任せるのはどうも気が引ける。


 が、彼女は俺の顔をじっと見つめるとこう言った。


「ないです」


 どうやら俺に出来ることは何もないらしい。


「先輩はただひたむきに小説を書いてください。それ以外のことは何もしなくても大丈夫です」


 ここまではっきりと言われると俺としては何も言い返すことができない。


 つまり今の俺に求められている決断は一つ。


 全てを鈴音ちゃんに任せることだ。全てを鈴音ちゃんに任せて小説家の本分である小説を書くことに全力投球することが彼女を手助けするらしい。


 だったら男として、官能小説家として決断するしかない。


「鈴音ちゃん」

「な、なんですか?」

「俺、なにもしないっ!!」


 なんだろう。個人的には重大な決断のはずだったんだけど、実際、口に出してみるとすげえクソ野郎の言葉にしか聞こえないな……。


 だが、鈴音ちゃんはそんな俺のクズ人間発言を咎めるようなことはせず「はい、小説、がんばってくださいね」と俺の頭を撫で続けた。



※ ※ ※



 俺は言われるがままに行動することにした。


 俺にできることはたった一つ。


 小説を書くこと。それだけだ。


 俺は無我夢中に小説を書き続けた。時折、鈴音ちゃんに踏んでもらったり、よしよししてもらいながらトロフィーの質を向上させながら、ひたむきに小説を書き続けた。


 その結果、全て解決した。


「鈴音ちゃん、本当にこれでよかったのか?」


 俺は鈴音ちゃんと廊下に貼られた校内新聞を眺めながら彼女に尋ねた。


「はい、これでよかったんです」


 そんな俺の質問に彼女は屈託のない笑みを浮かべながらそう答えた。


 校内新聞には次期生徒会長が決定したことを知らせる記事が書かれていた。


『次期生徒会長、三年生の碧山月菜さんに決まるっ!!』


 新聞の見出しにはそうでかでかと書かれており、その下には碧山月菜の写真が張り付けられていた。

 そう、生徒会長は碧山月菜に決まったのだ。

 実は鈴音ちゃんは投票直前に生徒会長への立候補を取り下げたのだ。その結果、鈴音ちゃんの支持者が一斉に碧山へと鞍替えすることになった。そして、生徒会選挙史上最多となる得票率で碧山月菜は生徒会選挙を制した。


「先輩、ここの文字、見えますか?」


 と、そこで鈴音ちゃんは記事の一部を指さした。俺は新聞に近づき、その小さな記事へと目をやる。


 そして、全てを理解した。


『なお次期副生徒会長には二年生の水無月鈴音さんが指名された。碧山次期生徒会長は三年生のため、卒業後は副生徒会長が生徒会長代理となる予定』


「これで全て解決です。私は副会長として碧山さんを操り……いや支えて、彼女が卒業した後は晴れて生徒会長になります」


 なるほど、鈴音ちゃんは碧山と結託してwinwinの解決策を見つけ出したようだ。これならば碧山も鈴音ちゃんもどちらも生徒会長になることができ、かつ鈴音ちゃんは碧山を操って図書室を私物化することもできる。


 鈴音ちゃんには抜かりがない。


 と、そこで鈴音ちゃんは俺を見やった。


「そういえば先輩、今日のランキングは見ましたか?」

「なんだよ急に」

「見てないなら早く確認してみてください」


 と、鈴音ちゃんに促されて俺はスマホを取り出した。そして、いつものランキングを表示して愕然とする。


「あ、あれ? ない……」


 見慣れたランキングには見慣れた作者の名前がなかった。


 俺は慌ててランキングをスクロールする。が、どれだけ探してもランキングの中に望月ウサの文字は発見できなかった。


「お、おい、鈴音ちゃん、どういうことだよっ!?」


 これが鈴音ちゃんの差し金だということはすぐに理解できた。

 ちょっと待て、まさかこの女、碧山を洗脳して小説をさせたんじゃないだろうな? だとしたら、さすがにそれはやりすぎだ。


 が、彼女は俺の心を全て見透かしていたようで「心配はいりません」と首を横に振ると自分のスマホを取り出した。


「これを見てください」


 俺は彼女のスマホに目を向ける。そこには何やら見覚えのあるサイトが表示されていた。


「これって確か……」


 俺の記憶が正しければそれは、俺の投稿している官能小説投稿サイトの姉妹サイトである。主にこの二つのサイトは男性向け、女性向けで住み分けがされている。そして、彼女が見せてきたのは女性向け官能小説サイトだった。


「望月ウサ先生は小説をこちらに移植させたみたいです」

「は? な、なんでそんなこと……」

「先輩のおかげですよ。ウサ先生は醜いブタさんを見て決断したようです。これから変態ブタさんの養分にならないように、女性読者さんのために綺麗でえっちな小説を書くことにしたみたいです」

「そ、そうっすか……」


 どうやら俺の餌付け事件は彼女にとって相当なトラウマになったらしい。

 が、結果的にこれから俺と碧山は別のフィールドでお互いによりよい作品を書き続けることになるらしい。彼女の表示した彼女の小説には既に無数の評価がついており、彼女がランキングを駆け上がるのも時間の問題のようだ。


 そういえば今朝の深雪は珍しく『こののん殺す』と言っていなかった気がする……。


 かくして鈴音ちゃんは宣言通りすべての諸問題を解決してみせた。


 ホント鈴音さまには足を向けて眠れないです……。


「先輩、もうすぐ一ヶ月ですね」


 と、そこで彼女はなにやら嬉しそうにそう呟いた。


「ああ、そういえばそうだな」


 そうだ。俺がランキングの表紙に入って間もなく一ヶ月だ。おかげさまで俺は無事一位のまま一ヶ月を迎えることができそうだ。


「先輩、よく頑張りましたね。先輩にはご褒美をあげないとですね」

「ご褒美? ぶってくれるってことか?」

「前も言いましたが、本気で怒りますよ……」


 鈴音ちゃんはムッと頬を膨らませる。

 どうやらそういうことではないらしい。彼女はしばらく俺を恨めしそうに眺めていたが「はぁ……」とため息を吐いた。


「とにかく、私なりに先輩へのご褒美を考えてみました。だから、今週の土曜日はかならず予定を開けておいてくださいね」


 そう言って彼女はようやく笑顔を見せると自分の教室の方へと歩いていった。


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