第十四話 久々のトロフィー
キスもへったくれもなかった。結局、あのあと俺はさらに鈴音ちゃんの部屋を捜索した結果、実に5つもの盗聴器を見つけ出した。どうやら鈴音母もこのうちのどれかで盗聴していたようだ。
本当に油断も隙もねえ家族だ……。
というわけで、キスなんてしようものなら、彼ら二人の格好の餌食になるのは目に見えているので、俺たちは結局そのまま眠ることにした。
それでも鈴音ちゃんは温かい手で包み込むように俺の手を握ってくれたから、とりあえずはよしとしよう。
そして翌朝、俺はカーテンの隙間から瞼を照らす木漏れ日で目を覚ました。なんだか視界はぼやけているが、ここが実家の天井ではないことはすぐに理解できた。
そうだ……俺、昨日から鈴音ちゃんの家に住んでるんだ……。
なんて、ぼーっとする頭で考えていると、ふと右腕にむにゅっと押し付けられる柔らかい物質の存在に気がついた。
この幸せで柔らかい感触……。顔を右に向ける。すると相変わらず視界はぼんやりとはしているが、はっきりと見なくてもわかる。愛らしい笑みを浮かべる大好きな女の子の顔がそこにはあった。
「先輩っ!! おはようございますっ!!」
「んんっ……鈴音ちゃん……おはよう……」
幸せだ。目を覚ませばすぐそばに大好きな人がいる。そして、それはこれからずっとなのだ。水無月サファリパークに収監されるときは絶望を味わった俺だったが、今この瞬間だけはここに来てよかったと心から思える。
「鈴音ちゃん……今、何時?」
と、わずかに笑みを浮かべて鈴音ちゃんにそう尋ねると、彼女は「大丈夫です。まだ家を出るまで一時間以上もあります」と相変わらずの笑顔で答えた。
「そうか……じゃあまだもう少しごろごろしてても大丈夫そうだな」
「そうですね。私も先輩と一緒にもう少しごろごろするつもりです……」
と、鈴音ちゃんは再び笑みを浮かべると、一度俺から体を放して今度は俺の体に両腕を回した。彼女は俺の体を抱き枕のようにハグする。
「す、鈴音ちゃん……どうしたの?」
なんだか今朝は妙に積極的だな。昨晩はキスをしようとするだけであんなにも頬を赤面させていたのに、今朝は何のためらいもなく俺に抱き着いてくる。
まあ俺としては嬉しいのだけど、どういう風の吹き回しだ? 変態プレイならともかく鈴音ちゃんはこういう改まったイチャイチャはなかなか照れてできないはずだが。
が、まあいいや。なんだか肩のあたりにむにゅむにゅと幸せな感触がするし、今は流れに身を委ねよう。
「先輩……」
「どうした?」
「先輩は私のこと……愛してますか?」
「え、ええ?」
本当に今朝の鈴音ちゃんは積極的だな。好きと聞かれるならまだしも愛しているかと聞かれてしまうと、なかなか恥ずかしくて返答に困る。
「ど、どうしたんだよ……急に……」
「私は先輩のことを愛してますよ……。だから先輩も私に愛してるって言って欲しいです」
「い、いや……それは……」
と、急に頬が熱くなるのがわかった。鈴音ちゃん……なんか、ちょっと積極的すぎないか?
いや、もちろん好きだよ。でもって言葉にするのは恥ずかしいけど俺だってその……鈴音ちゃんのことを愛していると思う。だけど、さすがに気安くそれが口にできるほど、俺は人間としてできていない。
が、
「先輩……私、聞きたいです。先輩の口から愛してるって……聞きたいです……」
「それとも……言いたくないですか?」
「い、いや、そういうことじゃなくて――」
「ならいいじゃないですか」
と、言って鈴音ちゃんは唇を俺の耳に寄せた。
そして、
「私……先輩のことを愛してますよ」
あぁ~なんという、え~えすえむあ~る~っ!!
その鈴音ちゃんの囁きに鼓膜をくすぐられ、俺は思わず身悶えしていしまう。ああ、寝起きでこれは刺激が強すぎる。が、鈴音ちゃんはさらに俺の体をぎゅっと抱擁すると「先輩……そんなに焦らさないでください。私、先輩の愛してるが聞きたいです」と俺に執拗にブレーキランプ五回点滅と同じ意味のワードを俺にせがんでくる。
これは……言うしかないのか……。
なんというかムズ痒い。なんだか自分たちが酷いバカップルのような気がして恥ずかしくなってきた。が、俺がそれを口にしないことには彼女は俺を解放してくれない。
だから俺は一度深呼吸をして覚悟を決める。
「す、鈴音ちゃん……」
「クスッ……なんですか?」
「そ、その……あ、愛してるよ……」
いや、朝っぱらから何を言わされてるんだよ。なんだか身もだえたいほどに恥ずかしくなる。違うんだよ……俺は鈴音ちゃんにブヒブヒ言うことはできても、愛してるとかそう言うのは恥ずかしくて言えないんだよ……。
俺がやかんのように頬を真っ赤にしていると鈴音ちゃんはクスクスっとまた笑った。どうやら俺のそんな恥ずかしそうな反応が見たかったようだ。鈴音ちゃんはそんな俺をしばらくニヤニヤしながら眺めると、不意にまた俺の耳元に唇を寄せた。
そして、
「彼女のお母さんに愛してるなんて、こののんくんったらいけない男の子ねっ」
「え? …………はっ!?」
と、そこで俺の頭が覚醒した。俺は慌てて目を擦って目の前の少女を凝視した。するとぼやけていた視界が徐々に鮮明になっていく。そして目の前の鈴音ちゃんによく似た美少女が、鈴音ちゃん……ではなく鈴音母だと気がついて、真っ赤だった顔が一瞬にして真っ青になるのを感じた。
「ちょ、ちょっとお母さま……何をされているんですか?」
「クスクスっ……見てわからない? ベッドの中でこののんくんと抱き合ってるのよ?」
「いや、そういうことじゃなくてっ!!」
あー怖い怖い。そうだ。ここは水無月サファリパークなのだ。一見、飼育員に見える人間も、ここでは猛獣の一面も持っているのだ。ちゃんとカギを閉めておかないと寝首を掻かれる。
「こののんくんったら、寝ぼけて私と鈴音ちゃんを間違えちゃったのね。かわいい」
そう言って鈴音母は俺の頬をつつく。
いや、間違えるというか全力で騙しにきてただろ。
「ってか鈴音ちゃんはどこにいるんですか?」
「鈴音ちゃん? 鈴音ちゃんなら今頃キッチンでこののんくんのために一生懸命お弁当を作ってるわよ?」
「おうおう、よくそれがわかっていながら、俺のベッドに入ってこれましたね……」
「だからに決まってるじゃない。こののんくん、鈴音ちゃんは今、こののんくんが喜ぶ顔を思い浮かべながらお弁当を作ってるわよ? それなのに私と一緒にベッドに入っているなんて、背徳感が凄いわよね?」
と、鈴音母は挑発的な目で俺を見つめる。もちろん、鈴音母が本心で鈴音ちゃんを悲しませようとしているわけではないことはわかっている。が、その演技力が凄まじいのだ。
いや、ホントこのドスケベお姉さん……悔しいけど心得てやがる……。
もちろん俺は鈴音ちゃんが大好きだ。それ以上でも以下でもない。それでも鈴音母のその演技は俺を一瞬だけでも惑わせてくるから恐ろしい。
が、いかんいかん……ここで心が乱れているようでは鈴音ちゃんに顔が立たないぞ。
「お母さま、御冗談はよしてください」
と、俺は鈴音母にそう告げる。が、鈴音母は相変わらずクスクスと可笑しそうに笑いながらまた俺の耳元に唇を寄せる。
「そうやって鈴音ちゃんのためにやせ我慢をするこののんくん、かっこいいわよ……あむっ!!」
「ひゃああああっ!?」
鈴音母の不意打ちのような甘噛みに俺は体を震わせた。
凄いのよ……このどすけべおねえさん、俺が想定している冗談からいつも一歩はみだしてくるのよ……。
あぁ~あぁ~なんかすげえ勢いでトロフィー出てくる。
『結婚を前提でお付き合いしている彼女の母親からベッドで誘惑されて興奮する』
なんかトロフィー出るの久々だわ……。もう出ないと思ってたけどトロフィーって思ってたよりも種類あるのね……竜太郎悲しい……。
などとトロフィーを眺めながら泣きそうになっていると、鈴音母は「ほらほらこののんくん、あんまりお寝坊すると遅刻しちゃうわよ」と俺の肩をポンポンと叩いてベッドから降りてそそくさと部屋を出て行ってしまった。
※ ※ ※
あぁ……最悪の目覚めだ……。いや、ちょっと最高かもとか思っちゃってる自分が最悪だわ……。
朝っぱらか無駄に自己嫌悪を誘発されてブルーになりながら俺は階段を下りてリビングへと向かった。
するとすでに水無月家は全員、活動を開始していたようで鈴音ちゃんと鈴音母はキッチンでお弁当を作り、マフィアと翔太はテーブルでトーストをかじっていた。
「やあ、おはよう竜太郎くん」
と、そこで俺の姿に最初に気がついたマフィアがさわやかな笑顔で俺に挨拶をしてきた。
「お、おはようございます……」
おい、なんだよこのさわやかなおっさん。水無月家にこんなさわやかなおっさんがいたなんて知らないぞ。
なんというか今朝のマフィアからはいつもの変態性が微塵も感じられなかった。まるでホームドラマに出てくるような温かい家庭の父親の姿がそこにはあった。
そんなマフィアを狐に摘ままれたような顔で眺めていると、マフィアが「どうしたんだ? 狐に摘ままれたような顔をして」と尋ねてくる。
いや、エスパーかよ……。
「い、いや……なんというかその……」
「あっはっはっ!! さすがに俺だって24時間変態をやってるわけじゃないよ。朝ぐらいは普通でいないと頭がおかしくなるだろ?」
あ、一応普段はおかしいって自覚はあったのね……。あと、できれば24時間まともでいていただきたいわ……。
と、気持ち悪いほどにさわやかなマフィアをしばらく眺めてから、俺は次に翔太を見た。
翔太は何やらローブのようなものを身に纏ってやけに分厚い本を眺めている。
いや、誰だよお前……。
と、その異様な雰囲気の親友を眺めていると、彼ははっとしたように顔を上げて俺を見た。
「やあ竜太郎。おはようっ!!」
「お、おう……それよりもお前……何読んでるんだよ……」
「え? あ、これか? これは魔導書だ」
どうやら翔太は階段下の物置に追いやられて翔太ポッターにに目覚めたようだ。
いや、俺はもうツッコまねえぞ……。
「あ、先輩、おはようございますっ!!」
と、そこで今度はキッチンにいた本物の鈴音ちゃんが俺に気づいて、制服にエプロンを身につけた状態でこちらへと歩いてくる。
その笑顔は俺の大好きなあの笑顔。
それなのに……それなのに……なんでだろう、今朝はその笑顔が眩しすぎてまっすぐ見れないわ……。
「あら、竜太郎くんおはようっ!!」
と、鈴音ちゃんの後ろからぬけぬけと鈴音母。あ~こいつのせいだ。こいつのせいで大好きな鈴音ちゃんの笑顔が見れる気がしない……。
そんな俺の後ろめたさを知ってか知らずか、鈴音母は鈴音ちゃんの肩に手を置いて俺に微笑みかけてくる。
ホント一発ぶん殴ってやろうか……。
「鈴音ちゃんったら今日は早起きして竜太郎くんのためにお弁当を作ってるのよ。ホント、竜太郎くんはしあわせものね」
「せ、先輩……私……がんばりました……」
と、照れるように頬を赤らめる。
やめいやめいっ!! その顔やめいっ!! そんな顔をされると、幸せなはずなのに胸がチクチク痛むんだよ。
「竜太郎くんは今起きたところかしら?」
と、何食わぬ顔で俺にそう尋ねてくる鈴音母。
「え? あ、はい……そうです……」
と、答えるしかない。
鈴音ちゃんはそんな俺のぎこちない返事に少し不思議そうに首を傾げていたが、すぐに笑みを浮かべるとキッチンへと戻っていった。
ごめんね……鈴音ちゃん……。
と、泣きそうになりながら彼女の背中を見送っていると、ふと自宅のチャイムが鳴る。
どうやら誰かが水無月家を訪ねてきたようだ。誰だろう? なんて考えていると、不意にテーブルに座っていた翔太ポッターが「ぶ、ブヒっ!!」と翔太ドリーに変わった。
どうやら碧山が鈴音ちゃんを迎えに来たようだ。
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