第四話 バカな妹のバカな勘違い
深雪の乱入もあり、結局、鈴音ちゃんと込み入った話はできなかった。深雪に変に勘繰られないよう、あくまで自然を装って紅茶を楽しんだつもりだが、俺も鈴音ちゃんも終始挙動不審だった。そして、紅茶を飲み終えたところでこの日はお開きとなった。
「深雪ちゃん、今日はありがとう。それに先輩も今日はお邪魔しました」
玄関まで見送りに来た俺と深雪に鈴音ちゃんが挨拶をする。そのころには鈴音ちゃんもようやく平常心を取り戻したのか、いつもと変わらぬ天使のような微笑を浮かべていた。
彼女はローファーに足を入れるとそのまま片足立ちになって、かかとの部分に指を入れる。その際に彼女のスカートがひらりとわずかにひるがえった。
靴を履くだけでも、それが鈴音ちゃんだというだけで、その仕草が、小説の描写に使えそうに感じるから恐ろしい。
靴を履き終えると鈴音ちゃんは俺に一度丁寧にお辞儀をしてから、深雪に「じゃあね」と小さく手を振って金衛家をあとにした。
このぶんだとしばらく連載は進められそうにないな。精神的に……。
ドアが閉まるまで鈴音ちゃんに「またね!」と元気よく手を振っていた深雪だったが、ドアが閉まった瞬間、手を下ろして俺を見上げる。
「おにい」
そのなんとも無機質な声に「なんだよ……」とやや動揺しながら返事をすると、彼女は怒ったようにむっと頬を膨らませる。
「おにいっ!! どういうことか説明して」
一瞬何事かと困惑したが、すぐに俺は彼女の怒りの理由を悟った。
やばい……バレた……。
きっと深雪は聞いたのだ、紅茶を淹れて部屋に戻ってくるときに俺と鈴音ちゃんの会話を聞いたのだ。ちょっと待て。それってヤバくねえか? 俺が官能小説を書いているだけならまだしも、それを鈴音ちゃんが読んでいたなんて知られたら、深雪に殺されても文句は言えない。
「せ、説明ってなんのことだよ……」
が、俺はバレバレとわかっていてあえて白を切る。俺は拷問にかけられたって鈴音ちゃんの名誉を守るために口は割らないっ!!
そんな俺を深雪はしばらく黙って睨んでいた。
そして、
「今日の鈴音ちゃん、おにいのこと異性を見る目で見ていたよ……わけがわからないんだけど……」
深雪はそう言って首を傾げた。
官能小説の件がバレたと思い込んでいた俺は、予想外の言葉にやや拍子抜けする。
「は、はあ? 異性を見るような目? なんだよそれ」
「私にも理解できないから聞いてるんだけど」
「いや、異性って一応俺は鈴音ちゃんにとって異性だし……」
「そういうことじゃなくて、今日の鈴音ちゃんは明らかにおにいのことを片思いの男子を見るような目で見てたよ」
「は、はあっ!?」
何を言い出すかと思えばそんなことを言いだす深雪。
いったい、いつ鈴音ちゃんがそんな目で俺を見た?
「私ね、鈴音ちゃんとは長い付き合いだからわかるの。今日の鈴音ちゃんは明らかにおにいのことを異性として意識してた」
と、そこまで言われて俺はハッとした。
どうやら目の前の馬鹿な妹は何か大きな勘違いをしているらしい。
確かに今日の鈴音ちゃんは終始落ち着きがなく、俺の顔色を窺うような仕草をしていた。が、それは別に俺に好意を持っていたからじゃない。単に、自分が官能小説を読んでいる事実を俺にバレていないか確認していただけだ。
けど、そんな弁解は口が裂けてもできるはずがない。
「そ、そんなのお前の勘違いだろ。だいたい考えてもみろ。俺みたいな冴えない男にどうして鈴音ちゃんが色目なんか使わなきゃなんない」
「わかんない……。けどこれだけはわかるもん。鈴音ちゃんは今日女の顔をしてた」
「なんだよ女の顔って……」
「ってか、おにいって、いつ鈴音ちゃんと連絡先交換したの?」
「いやいや、交換なんかしてねえよ」
「じゃあ、鈴音ちゃんがお菓子作りの合間にそわそわしながらスマホで連絡を取ってたのは、おにいじゃないってことでいいの?」
「そわそわしながら連絡? ……あっ……」
いや、ちょっと待て。それは勘違いだぞ深雪。彼女はそわそわしながら俺と連絡してたんじゃない。鈴音ちゃんはそわそわしながら官能小説の感想を書いてたんだよっ!!
と、声を大にして言ってやりたかった。が、もちろんそんな説明できるわけもなく、それどころか俺の「あっ……」という反応に、深雪の疑いは確信に変わる。
「本当はこっそり鈴音ちゃんと連絡とってたんでしょ~。怒らないからこの深雪ちゃんに正直に話してみなさい」
「いや違うっつうの……」
「おにいってホント隠し事下手だね。それに鈴音ちゃん、おにいがクッキー食べてるときも同じようにそわそわしながら、おにいのこと、ちらちら見てたよ?」
いや、だからそれも官能小説をだな……。
ああ、ダメだ。何一つ真実が説明できなくて歯がゆいっ!!
「私にはわかるの。多分、鈴音ちゃんおにいのこと好きだよ」
と、そこで深雪は何故か嬉しそうな笑みを浮かべてそう言った。
「はあ? 鈴音ちゃんが? それだけはない」
「私だって昨日まではありえないと思ってた。けど、あれは間違いない。そっか、おにいにクッキーの味見をしてほしいって言ってたのも、そういうことだったんだ……納得、納得っ」
と、一人で嬉しそうに納得する深雪。
本当に女子校生という生き物はこの手の話が大好物らしい。
が、確かに事情を知らなければ、深雪がそう勘違いするのも無理はないかもしれない。と、そこで深雪はにゅっと首を伸ばして俺に顔を近づけるとにんまりと笑う。
「おにい、私がキューピットになってあげよっか?」
「余計なお世話だな。それに鈴音ちゃんが俺を好きになるなんてありえない」
軽蔑されている可能性はあるけどな。が、今日の深雪はしつこい。首を横に振ると「ううん、そんなことないって。きっとチャンスだよ」とあくまでキューピットを務めるつもりらしい。
「おにい、考えてみて。相手は鈴音ちゃんなんだよ? あの誰が目に入れても痛くないぐらい可愛い鈴音ちゃんが、おにいなんかに気があるんだよ? こんなの人生最初で最後のチャンスだよっ!!」
「さりげなく俺のことをけなしてないか?」
「じゃあ、おにいは今後、鈴音ちゃん以上の美人が、おにいのことを好きになるって思う?」
「それは……」
くそおっ!! 言い返せない!!
「おにい、私は妹としておにいに幸せになって欲しいと思ってるよ? 鈴音ちゃんは見た目も可愛いし、性格だっていい。それは親友の私が保証する。そんな女の子とのキューピットになってあげるって言ってるのに、おにいは何が不満なの?」
不満? そんなものあるわけねえだろ。そりゃ俺だって鈴音ちゃんみたいに可愛い女の子と仲良くできるなら小躍りだってするよ。官能小説のモデルにするぐらいの美人だからなっ!! だけど、妹よ。お前は勘違いをしている。鈴音ちゃんは俺のことが好きなんじゃない。俺の書いた官能小説が好きなんだ。
ん? 俺、何言ってんだ?
「とにかく、おにい。よく考えてね。おにいが心配しなくても私が万事うまくやるから。あ、でも翔太くんにはバレないように気をつけてね。きっと翔太くん、鈴音ちゃんとおにいが付き合ってるなんて知ったら、おにいのこと包丁で刺しかねないから」
「いや、全然冗談になってねえよ……」
可愛い妹に俺が官能小説なんて読ませてることを知ったら、あいつは俺を石臼でひいて粉々にして痕跡ごと消したって不思議ではない。
「そういうことだから。おにい、頑張ってねっ!!」
そう言って深雪は俺の背中をポンと叩くと、そのままリビングへと消えていった。
玄関で呆然と立ち尽くす俺。
ああ、なんか知らないけど色々と面倒なことに巻き込まれているような気がする……。
俺の出来心で書き始めた官能小説は、俺の人生をあらぬ方向に導こうとしているようだ……。
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