親友の妹を官能小説のモデルに使っているんだけど、どうやらいつも感想を書いてくれているのが本人みたいなんだが

あきらあかつき@5/1『悪役貴族の最強中

一章

第一話 親友の妹の秘密

「ホント迷惑なんだよな。確かに味は最高だったけど、これで三日連続だぞ? 毎日甘い物ばかり食わされる俺の身になってくれよって話だよ」


 はぁ……また始まったよ……。


 とある春の日の朝。高校へと続く桜並木を横目に俺と親友の翔太はいつも通り高校へと歩いていた。


「鈴音の奴、本気で俺のこと糖尿病にさせるつもりなんじゃねえだろうなぁ……」


 翔太の妹の愚痴……に見せかけた妹自慢を聞かされるのもいつも通りだ。


 どうやら昨日は翔太の妹、鈴音ちゃんがクッキーを作ってくれたらしい。本当は可愛い妹が自分のためにクッキーを作ってくれたのがうれしくてしょうがないのだろう。が、口では鬱陶しいだの、迷惑だの言ってはいるが表情は嘘をつけていない。翔太の顔はさっきから終始ニヤニヤしっぱなしだ。


「いいじゃねえかよ。俺だったら鈴音ちゃんの作ったクッキーなら毎日、いや毎食だって食っても飽きねえぞ」


 と、変に指摘するのも面倒なので俺が適当に話を合わせてやると、翔太は一瞬嬉しそうな顔をしたがすぐにわざとらしくため息を吐く。そして、やれやれと言わんばかりに両手を上げる。


「お前は本当にわかってない。確かに顔は可愛いかもしれないけど、あいつは妹だぞ? ってか、あいつにはいい加減兄離れをしてもらわないと先行き不安なんだ」


 いや、妹離れできないお前の方が先行き不安だよ。


 と、心の中でツッコミを入れてから「まあまあ」と適当になだめておく。


 これらの会話を聞いてくれればわかるとは思うが、俺の親友、水無月翔太は重度のシスコンである。いやはっきり言って病気レベルかもしれない。


 とにかくこの男は妹が好きで好きでしょうがないのだ。そんな彼の妹自慢を聞かされるのが俺の朝の日課となっている。正直なところ親友とはいえ、毎日毎日こんな話を聞かされるのは迷惑だ。普段は普通にいい奴で、一緒にいて楽しいのに、それだけに残念だ。


 とまあ、ここまで親友をシスコン呼ばわりしてなんだけど、翔太が妹の自慢をしたくなる気持ちがわからないでもない。


 水無月鈴音みなづきすずね、それが翔太の妹の名前である。


 彼女は俺たちと同じ高校に通う一つ年下の高校二年生で、この高校ではちょっとした有名人だ。この高校に通う男子生徒で彼女の名前を知らない奴はいないと言っても過言ではない。


 その理由は彼女の容姿にある。


 彼女は一言で言うと可愛い。彼女がこの高校に入学した瞬間に、それまで学園のアイドルとして君臨してきた女子生徒たちが、皆ただの少し可愛い女子生徒に格下げされてしまうほどには可愛い。それでいて佇まいも、まるでどこかの令嬢かと勘違いするほどに上品なのがさらに男子生徒からの支持につながっている。


 確かにそんな妹が俺にもいたら、こいつみたいに俺も誰かに自慢したくなるかもしれない。


「お兄ちゃん」


 ふと背後で誰かの声がしたので、俺と翔太は同時に振り返った。


 噂をすればなんとやらというやつだ。そこに立っていたのは学園の絶対的アイドル水無月鈴音だった。


 彼女は俺と翔太の顔を交互に見やると微笑んで、わずかにスカートを揺らしながら、こちらへと歩いてくる。


 この快晴の空よりも眩いその笑顔に見惚れていると、いつの間にか彼女は俺たちの前に立っていた。


 もう翔太との付き合いは五年以上で、必然的に彼女との付き合いもそれぐらいになるはずなのに、やっぱりこうやって近くで見ると思わずドキッとしてしまう。


「先輩、おはようございます」


 と、そこで鈴音ちゃんは俺の顔を見て丁寧に頭を下げた。この見知った相手にも馬鹿丁寧に頭を下げるところが彼女を淑女たらしめる所以である。


 くりっと大きな瞳に通った鼻筋、それでいて彼女に幼い印象をあたえる小さな口が絶妙なバランスで配置されている。彼女の身に着けた学校指定の制服にはよくアイロンが掛けられており、俺のブレザーとは違い埃一つ見当たらない。彼女を眺めているといかに自分が汚い物体なのか思い知らされる。


「おう、鈴音ちゃんおはよう」


 そう挨拶を返すと、鈴音ちゃんは次に兄貴である翔太を見上げた。


「お兄ちゃん、お弁当忘れてるよ。せっかく作ったのに忘れるなんてひどいよ」


 そう言うと鈴音ちゃんは一瞬、ふくれっ面になるがすぐに笑顔に戻ると、鞄から弁当箱を取り出して翔太へと差し出した。


 この高校の男子生徒の大半が喉から手が出るほどの品であろう手作り弁当。それを見た翔太はわずかにニヤついたが、俺の目を気にしたのだろうか、すぐに仏頂面を浮かべると当たり前のように彼女から受け取り、自分の鞄に放り込んだ。そして何食わぬ顔で再び歩き出す。

 そんな翔太を眺めながら、俺はわずかに鈴音ちゃんを不憫に思わないこともなかった。が、本人はそんな兄の態度に文句を言う様子もなく、前を歩く兄の少し後ろをついていくように歩き出した。


 そして、数メートル歩いたところで、ふと翔太は足を止めた。


「ああそうだ。すっかり忘れてた」


 と、突然そんなことを言うので何事かと翔太を見やると、彼は鈴音ちゃんを見下ろす。


「鈴音、今日の放課後は暇か? 実はお袋から帰りに隣町のペットショップでメルの餌を買って来いって言われてたんだけど、俺、メルの餌の商品名忘れちゃったんだよ。悪いけど鈴音もついてきてくれないか?」


「え? え~と……それは……」


 と曖昧な返事をする鈴音ちゃん。そんな彼女を翔太はやや高圧的に「なんかあるなら、はっきり言えよ」と睨みつけた。


「じ、実はね、今日は深雪ちゃんと一緒にお菓子を作ろうって約束しているの。深雪ちゃんは私よりもお菓子作りが得意だから、色々と教えてもらおうかなって……」


 と、わずかに震える声で答える鈴音ちゃん。なんというか昔の亭主関白の夫婦を見ているような気分で、見ていてあまり気持ちのいいものではないと思った。


 そんな鈴音ちゃんの返答に翔太はしばらく眉をしかめたままだったが、ようやく納得したようで「まあそういうことならしょうがないな」と返事をした。すると、鈴音ちゃんは俺に視線を送るとわずかに微笑む。


「先輩、今日はお邪魔しますね」


 彼女が俺にそんなことを言う理由。それは単純明快だ。彼女が今日、お菓子作りを教わりに行くと言っていた深雪ちゃんとやらは、俺の妹だからである。深雪は鈴音ちゃんと同い年の高校二年生で、俺たちとは別の高校に通っている。が、学校は違えど、鈴音ちゃんとは今も頻繁に遊んでいるようで、彼女が我が家を訪れるのは珍しいことではない。


 もっとも、彼女が家に来るときは深雪の言いつけで、俺は自室に引っ込むのだが。


「どうしようかな……俺、どの餌を買えばいいのかわかんねえぞ……」


 と、鈴音ちゃんに誘いを断られた翔太は少し困ったように頭を掻く。どうやら飼い猫のいつもの餌がどれなのかわからないらしい。が、そんな兄貴に鈴音ちゃんはすかさず「それなら」とスマホを取り出す。


「それならこの間、私が頼まれたときに撮ったパッケージの写真があるよ」


 そう言って彼女は兄に写真を見せようと、スマホのロックを解除する。


 そんな姿を呆然と眺めていた俺だったが、スマホの画面を開いた瞬間、不意に鈴音ちゃんが大きく目を見開いて、頬を僅かに紅潮させたことに気がついた。


「ひゃっ!?」


 と、彼女は何かに驚いたように肩をビクつかせると、その拍子に彼女の手からスマホがするりと落ちた。


 スマートフォンは一度彼女のローファーのつま先に衝突してから、俺の足元へと転がってきた。幸いなことに背面から落ちたようで画面にひびは入っていないようだ。俺はしゃがみこむと、彼女のスマホを拾ってあげようとした。スマホには何かの画面が表示されており、特に覗くつもりはなかったのだが、反射的に画面に目がいってしまった。


「っ!?」


 その画面を見た瞬間、俺は全身が凍りつくような感覚を覚える。


 こ、これって……嘘……だろ?


 人のスマホをじろじろと眺めることがいかに失礼なのかは俺だって知っているさ。だけど、そこに表示されていたのはあまりにもいつもの鈴音ちゃんのイメージとはかけ離れたモノだった。俺は思わず拾い上げることも忘れて画面を凝視してしまう。


「ご、ごめんなさいっ!!」


 と、その時、鈴音ちゃんは素早くしゃがみ込むと掴み取るように、地面に落ちたスマホを拾い上げて、隠すように素早く自分のポケットに入れた。


 俺は呆然と鈴音ちゃんを見つめる。鈴音ちゃんはそんな俺の視線に気がついているのかいないのか、俺から視線を逸らしたまま頬を真っ赤に紅潮させている。


 そして兄貴を置いてけぼりにしたまま、しばらく気まずい空気を彼女と共有していると、彼女は不意に少しぎこちない笑みを浮かべ「わ、私、今日は日直なのでお先に失礼しますね」と俺に頭を下げてそそくさと学校の方へと早歩きで行ってしまった。


 まるで俺から逃げ出すように……。


「なんだよあいつ……」


 そんな彼女の後ろ姿を、何も知らない兄貴は呆然と眺めている。


 が、俺には彼女が顔を真っ赤にしてその場から逃げるように立ち去る理由はわかっていた。


 彼女のスマホに表示されていたもの……それは官能小説だったからだ。


 ありえない。なんで鈴音ちゃんのスマホにそんなものっ!? 鈴音ちゃんほどではないが、俺も内心パニックを起こしていた。


 間違いない。あれは官能小説が投稿できる小説投稿サイトだ。だけど何でそんなものが鈴音ちゃんのスマホに?


 落下したときにたまたま開いたのか? いや、そんなことありえない。それに俺にアレを見られたとき彼女は明らかに狼狽していた。ってことは彼女も何が表示されているのか知っていたのだ。


 確かに俺は彼女のスマホにそんなサイトが表示されていることに驚いた。だけど、俺が驚いたのはそれだけではないのだ。


 もしも俺の見間違いでなければそのサイトには『親友の妹をNTR』という文字が書かれていた。


 間違いない。


 あの官能小説は俺が書いたものだ。

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