第十一話 トロフィーって持ってみると意外と重い
「せ、先輩……よく頑張りましたね。えらいえらい」
土下座しながら鈴音ちゃんに感謝する俺。そして、そんな俺の前にしゃがみ込んで野良猫でもあやすように俺の頭を「よしよし」と、なでなでする鈴音ちゃん。頭を下げているから見えないが鈴音ちゃんは、きっと天使のような笑顔で俺の頭を撫でているに違いない。
「で、でも本当にいいんですか? 先輩は私よりも……年上ですよ? 年下の女の子にこんな風になでなでされて恥ずかしくないですか? みんな私たちのこと見てますよ?」
俺の頭を撫でながら彼女はそう尋ねる。
「こんなの屈辱だ。クラスメイトなんかに見られたら一生笑いものにされる」
「そ、そうですよね……普通の男の子だったら年下の女の子にこんな風になでなでされても嬉しくないですよね……。そ、それなのにどうして先輩は、さっきから子犬みたいに嬉しそうにしっぽをフリフリさせているんですか?」
「そ、それは……」
お、重い……重すぎて体が動かねえ……。
俺の頭上には変態トロフィーが乗っていた。
この重い物体こそが俺をこうも屈辱的な体勢にしているのだ。そう……俺の頭に乗ったこのドデカいトロフィーさえなければ、彼女の撫でる手を振り払うことだって、立ち上がることだってできるはずなのに……。
『年下の女の子になでなでされて喜ぶ』
そのトロフィーには深々とそう刻まれていた。こいつが俺の頭に乗ってからというもの、俺はこの姿勢からほんの数ミリも体を動かすことができなくなっていた。
クスッと鈴音ちゃんの笑う声がした。
「何がおかしいんだよ……」
「せ、先輩……知っていますか? 先輩の頭に乗っているトロフィー本当は軽いんですよ? 私がふっと息を吹きかけただけで吹き飛んでしまうぐらい軽いんです」
「い、いや、そんなことない。このトロフィーは重くて重くてしょうがない」
「そ、そうですか? なら試しに頭を上げてみてください。きっと、簡単に上げられますよ?」
「そんなこと……」
「本当です。それに頭を上げればその……は、恥ずかしいですが私のパンツだって見えますよ? 先輩、見たくないですか? も、もしも何色なのか当てられたら、もっとなでなでしてあげます……」
「そ、それは……」
そうだ。鈴音ちゃんは制服姿で俺の頭上でしゃがんでいる。つまり、俺が頭を上げれば彼女の脚の間から幸せの布を拝むことだって可能なのだっ!!
鈴音ちゃんのパンツの色は何色だ?
白なのか? 水色なのか? それとも強気の黒や赤なのだろうか?
見てえっ!! チョー見てえっ!! だって、鈴音ちゃんのパンツだぞっ!?
い、いやいや、それだとただの変態童貞高校生だ。
こう言おう。
官能小説の参考にするために資料として色を確認したい。
俺は首に力を入れた。首の骨をミシミシと軋ませながらも、俺は少しずつ頭を上げていく。
見るんだ竜太郎っ!! 鈴音ちゃんのパンツを見るんだっ!!
そして、ついに俺は頭を上げた。そんな俺の視線の先には鈴音ちゃんのパンツ……ではなく、可愛い妹、深雪の鬼のような形相だった。
「おにぃ、いい加減に起きろおおおおおおおおおおおおおっ!!」
※ ※ ※
「昨日なんて鈴音の奴、俺のハンバーグだけ一つ多く作りやがって……本気で俺を太らせるつもりらしい……」
平日の朝。今日も今日とて翔太の鈴音ちゃん自慢を聞かされていた俺は、適当に『へぇ……』『すごいな』『うらやましいよ』という三つの相槌をランダムに繰り返して、話を聞いている風を演じていた。
正直かなり適当な相槌なのだけど、そもそも翔太は自分の話がしたいだけで、相手の声など耳に入っていないから、これでも十分に騙せている。
「それから鈴音が一緒に風呂に入ろうって言い出すからまいったぜ。本当に夢で良かったよ」
夢なんかいっ!!
聞き流すつもりだったが、さすがに心の中でツッコミを入れずにはいられなかった。
おいおい、こいつついには夢で見たことまで俺に自慢し始めるようになったのか……いよいよ終わりだな……。
「ホント夢の中にまで出られて、いい加減兄離れしろって話だよ……」
いや、夢にまで妹を出して、いい加減妹離れしろや……。
夢に鈴音ちゃん……。
翔太が変な話をするものだから、俺まで昨晩の夢のことを思い出してしまう。
昨晩、俺が見た夢……ああっ!! 死にたいっ!! あんな夢を見たことが鈴音ちゃんにバレたら自殺モノだ……。
ここ数日、俺は変な夢ばかり見ている。その変な夢には毎回のように鈴音ちゃんが現れて、俺の性癖を完全に見抜いた彼女が、手玉に取ってくるような……そんな夢ばかり。
ここ数日はそんな夢を見ては寝坊直前で深雪に起こされるという日々を送っていた。
『年下の女の子になでなでされて喜ぶ』
そんな変態トロフィーを鈴音ちゃんから強制解放されてしまった俺は、そのトロフィーが想像以上に重かったことに数日遅れで気がつく羽目になったのだ……。
頭に残る鈴音ちゃんの柔らかい掌の感触……そして『よしよし』と幼い子供あやすような優しい声……。
ああダメだっ!! 認めたくないけど体が求めてしまっているっ!!
俺は鈴音ちゃんから褒められたいっ!!
とまあ、こんな風に鈴音ちゃんの餌付けの後遺症にここ数日間苦しんでいる俺だが、ある一点においてだけは、彼女の餌付けが功を奏したものがある。
官能小説だ。
あの図書館での一件の後、俺は鈴音ちゃんのアドバイスと引き出された性癖を頼りに、最新話を怒涛の如く書き上げた。あの日、俺は鈴音ちゃんに自分の願望を官能小説に書いているというようなことを言ったが、書き上げた最新話はまさに俺の願望の塊だと言っても差し支えない。
その結果、俺は投稿サイトにおいて人生初のランキング入りを果たすこととなった。
休日前夜に書き上げた最新話の閲覧数は翌朝目が覚めると爆上がりしており、まだまだ下位ではあるもののランキング上に『作者こののん』の文字を発見した。
なんというか鈴音ちゃんのアドバイスがここまで結果に直結するとは思っていなかったが、この結果を見ると彼女のことを認めざるを得ない。現に感想欄には『悪戯好きのハルカちゃん最高!!』『俺もハルカちゃんによしよしされたい……』など、ヒロインの積極性を褒めたたえる感想が目立った。
今後、鈴音ちゃんに足を向けて眠れない……。いや、むしろ、今後は鈴音ちゃんから脚を向けられて眠りたい……。そんな変態的な気持ちだった。
「鈴音の奴……おせえな……」
と、そこで隣を歩いていた翔太が不意にそう呟いた。その声にふと我に戻った俺は「どうかしたのか?」と尋ねる。すると翔太は「え? い、いや……こっちの話だ……」と少し慌てたように答えた。
なんだこいつ……と首を傾げていると、背後から「せ、先輩っ」と声が聞こえた。
そんな声に俺と翔太が同時に振り返ると、そこには俺と翔太の夢のメインヒロイン水無月鈴音の姿があった。
彼女は相変わらず快晴よりも眩しい笑顔で俺に手を振ると、足早にこちらへと歩み寄ってくる。
前の日に夢に出てきた女の子を現実世界で見ると、なんだかドキドキするよね……。
たった数日間会わなかっただけなのに、ひどく久しぶりのような気がした。彼女は俺の前で立ち止まると相変わらず丁寧に頭を下げると「せ、先輩、おはようございます……」と挨拶をする。
「お、おう、おはよう……」
俺がそう挨拶を返すと、鈴音は次に翔太を見やった。そんな鈴音ちゃんに翔太は不愛想を装いつつもわずかに頬を綻ばせている。しばらく見つめ合っていた兄妹。ここで鈴音ちゃんが弁当箱を取り出して翔太に渡すところまでがテンプレだ。
が、
「…………」
ニコニコしながら翔太を見上げていた鈴音ちゃんだったが、一向に弁当箱を取り出すそぶりがない。そのことに疑問を抱いた俺だったが、それは翔太も同じだったようだ。彼は弁当箱を出さない鈴音ちゃんに、少し焦るように目を見開いた。
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
そんな兄に首を傾げる鈴音ちゃん。翔太は「そ、それはその……」と、少しあたふたしている。
「す、鈴音……べ、弁当は?」
「お弁当? 何の話?」
「ほ、ほら、俺、今日も忘れずに弁当箱を忘れたと思うんだけど……」
と、困惑のあまりわけのわからないことを口にする翔太。そんな翔太に鈴音ちゃんは相変わらず笑みを浮かべたままだ。そして、
「お弁当箱ならお兄ちゃんの鞄に入れておいたよ。お兄ちゃんったらいつも私のお弁当忘れるんだもん……。だから、これからは忘れないように毎朝お兄ちゃんの鞄に入れておくことにしたの」
と、彼女は笑顔のままそう答えた。普通に聞いていればよくできた妹だ。翔太だってあらかじめ鞄に弁当を入れておいてくれた妹に感謝してしかるべき状況。それなのに、翔太は動揺を隠しきれていない。
そして、俺は彼の動揺の理由を知っている。
これからは鈴音ちゃんの弁当箱をみんなに見せつけられない。そもそも翔太がいつも弁当を忘れる理由はそれなのだ。その毎朝の恒例イベントを失った翔太は動揺で目をキョロキョロさせていた。
そんな翔太を見て、俺が思ったこと。
ざまあっ!! 翔太くん、ねえどんな気持ち? 今、どんな気持ち?
と、いい加減、翔太の鈴音ちゃん自慢に辟易していた俺が笑いをかみ殺していると、ふと、俺は鈴音ちゃんのいでたちに違和感を覚えた。
いや、いつものように制服を着ている鈴音ちゃんだったが、なんだかいつもと違うような気がする。
俺はしばらく違和感の正体を考えて、ふいに気がついた。
す、スカートがいつもよりも少し短い……。いや、言い方を変えよう。鈴音ちゃんのスカートの長さは俺の想像していたハルカちゃんのスカートの長さと同じになっている……。
もしかしてわざとなのか? わざとやっているのか? 俺がそんな彼女のイメチェンに愕然としていると、ふと彼女が俺の視線に気がついて首を傾げた。
「わ、私のスカートに何かついてますか?」
「え? ご、ごめん、なんでもないっ!!」
と、慌てて答えると彼女は「そ、それならいいのですが……」と何故か頬を紅潮させて答えた。
どうやら彼女には俺の心が透けて見えるらしい……。
それから俺たちは三人で高校へと向かった。先頭で少し不機嫌気味に歩く翔太と、その後ろをついていく俺と鈴音ちゃん。鈴音ちゃんはさっきからスマホを眺めている。
そんな彼女を横目に眺めながら俺はあることをずっと考えていた。
実は最新話を投稿して二日経つのだが、今のところ『すず』こと鈴音ちゃんからの感想はまだ書き込まれていない。いつもならば真っ先に感想を書いてくれる彼女なのだが、今回は違った。だから、俺はひそかに焦っていたのだ。
鈴音ちゃんはもう読んでくれたのだろうか? そして、どんな感想を抱いたのだろうか?
あぁ……知りたい……早く知りたい。できることならば、鈴音ちゃんから小説を褒めてもらいたい……頭をなでなでされながら「よくがんばりましたね。よしよし」と言われたい。
うぅ……変態トロフィーがまた重くなってきたぜ……。
が、翔太がいる手前、そんなことを直接尋ねることなどできるはずもなく、悶々としていた俺だが不意に鈴音ちゃんから「んん……」と吐息の漏れるような声がしたので彼女を見やった。
彼女は相変わらずスマホを眺めていた。何やってんだ? 深雪と連絡でも取っているのだろうか? などと考えながら彼女を見つめていると、不意に彼女が俺の視線に気がついたのか、ちらりと横目で俺を見やった。そして、その瞬間、彼女は何故か頬を紅潮させて俺から視線を逸らした。
それを見た瞬間、俺は愕然とする。
ちょ、ちょっと待て……鈴音ちゃんもしかして……。
俺は悪いとは思ったが、さりげなく彼女のスマホを覗こうとした。が、彼女のスマホには前まではなかったのぞき見防止のフィルムが貼られており、何を読んでいるのか確認することができない。
愕然としながら彼女を眺めていると、彼女は急にもの凄いスピードでスマホに何かを入力し始めた。そして、彼女は入力を終えると再び画面を凝視する。
♪ピロリロリン
俺のスマホから、あまりにもタイミングのいい通知音。
スマホを取り出した。
「っ……」
そこには『あなたの小説に感想が書かれました』と表示されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます