最終章

第一話 パーティの幕開け

 嵐のような一ヶ月は嵐のように去っていきました。


 昔の大切なお友達の変態落ち、どっちに転んでも地獄の生徒会選挙、さらには寝耳に水のような妹からの殺害予告。その一つ一つが別々にやってきても俺の青春をぶち壊すのには十分すぎる勢いなのだけど、それが全て同時にやって来た。


 正直、無理ゲーだと思いました。俺は何度も青春の終わりを覚悟した。


 が、嵐は去りました。


 水無月鈴音という変態……いや天才軍師のおかげで俺は今もこの大地に立っています。


 何がどうなったらあれだけの問題が綺麗に解決するのかは終わった今でもわからないけど、とにかく解決した。


 そして嵐を乗り越えた俺はそのご褒美ともいうべきイベントへの参加権を手にしたのだ。


『今週の土曜日は死んでも予定を開けておけ』


 という鈴音ちゃんからの勅命を『ブヒっ♡』と二つ返事で了承した俺は、土曜日の昼に約束通り水無月家の前までやって来た……のだが。


 水無月家のインターホンを鳴らそうとした俺は、そこに一枚のメモ書きが貼られていることに気がついた。


『先輩へ カギは開いているのでそのまま入ってきてください♡』


 なんすかこれ……。


 俺は今日、鈴音ちゃんからご褒美が貰えると聞いてやってきた。ついでに今日はお腹を空かせて来てくれと言われていたので、俺は約束通り昼食はおろか朝食まで抜いてここまでやってきたのだ。


 普通に考えれば鈴音ちゃんが俺にご馳走を振る舞ってくれるって思うよね。


 が、その可愛らしい文字で書かれたメッセージはただご馳走を振る舞うだけにしては、何とも怪しいオーラが漂っている……ような気がする。


 しばらくメッセージを眺めながら硬直していた俺だが、ふと我に返って首を横に振る。


 いやいや邪推は良くない。鈴音ちゃんは確かにご褒美だと言ったんだ。


 ってことはあれか? ドアを開けた瞬間にクラッカーがパンパンなって『先輩、ランキング一位おめでとうございますっ!!』みたいなサプライズが待っているってことか?


 そうだよな。そうに違いない。


 と、自分に言い聞かせて門を開けると階段を登り、水無月家のドアへと手を伸ばす。


 メッセージ通り水無月家のドアのカギは開いていた。そして、俺の目の前に広がっていた光景はもはや見慣れつつある水無月家の玄関。


 特に異常らいきものは……見当たらない。


 ただ掃除の行き届いた広い玄関がそこには広がっており、その中央で妹の制服を着て床で横たわる手足を縛られた親友の姿があるだけだった。


 よし、問題ないな。


 どうやら警戒しすぎだったようだ。そうだよな。さすがにあの濃厚すぎる一ヶ月を乗り切ったばかりなのだ。鈴音ちゃんだってその濃すぎる一ヶ月に胸やけがしているはずだ。


 俺はそこでようやく胸を撫で下ろしてしゃがみ込むと横たわる親友へと目を落とす。


「おう翔太……相変わらずだな……」


 そう親友に尋ねると彼は「ふがっ……ふがっ……」と猿ぐつわをハメられた口で何かしらの返事をした。


「翔太……一応聞いておくけど解いて欲しいのか?」


 そう尋ねると翔太は激しく首を横に振る。


 どうやら翔太も俺同様にご褒美を貰ったらしい。が、一応、意思疎通に誤りがないか確認するためにもう一度尋ねておく。


「翔太、お前の縄は解かなくていいんだな?」


 翔太はコクリと頷いた。やっぱり自分の意志のようだ。が、そこで翔太は何やら首を曲げると自分の胸元へと視線を送る。


 ?


 翔太の視線の先へと目を向けると彼の制服……いや鈴音ちゃんの制服の胸ポケットに二つ折りにされた紙が差し込まれていることに気がつき、俺はそれを抜き取った。


 なになに?


『先輩へ 二階に上がってすぐ左の部屋に入ってきてください♡』


 どうやら鈴音ちゃんは二階で待機しているようだ。俺はメモを翔太の胸ポケットに戻すと言いつけ通り二階へと上がる。そこにもまた見慣れた水無月家の廊下が続いている。


 ここにも特に異常なものはなかった。


 俺はジャッキーチェンよろしく椅子に手足を縛られた黒のスーツ姿のマフィアに挨拶をする。


「お、お邪魔してます……」


 と、頭を下げるとマフィアは「ふがっ……ふがっ……」と息子同様に猿ぐつわをハメられた口で返事をした。


 とりあえずここでも一応確認しておくか……。


 俺はマフィアに「ロープを解いた方がいいですか?」と尋ねた。するとマフィアは激しく首を横に振った。


 どうやら合意の上らしい。


 そこで俺はようやく鈴音ちゃんが待っている部屋のドアノブへと手を伸ばした。


 鈴音ちゃんよ……ウェルカムフルーツに豚骨ラーメンはさすがに胸やけどころの騒ぎじゃねえぞ……。


 そんなことを考えながらドアノブを捻った。


 そして、俺の視界に広がったのは真っ暗な部屋だった。


 が、その直後、パーンパーンっ!! とクラッカーの弾ける音とともに部屋に明かりがともる。


「先輩っ!! 一ヶ月間表紙入り、おめでとうございますっ!!」


「こののんくんっ!! おめでとうっ!!」


 と、部屋に二人の美少女の声が響き渡った。


 明るくなった部屋の中央ではきらきらのトンガリ防止を被った鈴音ちゃんと鈴音母がクラッカーを持って笑みを浮かべている。


 可愛い……。


 どうやら俺は賭けに勝ったようだ。その証拠に奥の壁には『祝書籍化!! 親友の妹をNTR』と書かれた垂れ幕が掛かっている。


 あ、ちなみに部屋の両端にはXの形をした拘束具や上部のとがった木馬のような物が置かれているがとりあえず無視しておく。どうやらこの部屋はマフィアの書斎のようだ。


「こののんく~んっ!!」


 と、最初に俺のもとへとやってきたのは鈴音母だった。どうやらネグリジェらしき妙にいやらしい服装の彼女は俺に突進するように抱き着いてきた。


 鈴音母のどんぶりをひっくり返したような胸に顔を包まれる俺。


「こののんくん、よく頑張ったわねっ!! 今日は三人でいっぱい楽しいことしましょうねっ!! よしよし」


「ちょ、ちょっとお母さん……」


 どうやら本当のウェルカムフルーツはメロンだったようだ。彼女はこれはこれで胸やけするほどのメロンを俺に押し付けながら俺の頭をなでなでしてくれる。


「あら? 私のことをあ母さんだなんて……うふふっ……孫の顔を見る日もそう遠くないわね」


「いや、言っている意味が全然分かりません……」


「クスクスっ……知ってるくせに」


「っ…………」


 本当にマイペースな人だ。


 俺の脳内にすでに獲得したトロフィーですの文字が表示される。が、俺の前に現れたトロフィーは以前見たときよりも明らかに頑丈になっている。


 どうやら量より質ということらしい。


 いや、どういうことだ?


 とりあえず俺は鈴音母になされるがままになっていると、部屋の外からはわずかに「ふがっ……ふがっ……」という荒い息と、壁にドンドンと体当たりをするような音が聞こえてきた。


 が、俺はそれを無視した。


 結局、俺は一分近く鈴音母に熱い抱擁をされてから解放される。それと同時に鈴音ちゃんもこちらへと歩いてきた。


「先輩っ!! 本当に書籍化おめでとうございますっ!!」


 と、ぱちぱちとゆっくり拍手をしながら俺に近づいてくる鈴音ちゃん。


 やっぱりなんかラスボス感あるんだよな……。


 いや、それよりも……。


「書籍化って、確かにランキングは維持できたけど、まだ書籍化が決まったわけじゃ」


「決まりましたよ。パパのオーケーが出ました。あとは先輩さえオーケーを出せばいつでも書籍化できる状態です」


「そ、そうなのかっ!?」


 確かに先日俺はマフィアから名刺を渡された。だけど、まさかそこまで話が進んでいるとは思わなかった。


 とりあえず、俺はマフィアがいるであろう壁へと向かってお辞儀をする。


「だから今日はその祝賀会なんです。今日は私とママで先輩にいっぱい小説のアイデアを出してあげますね」


 俺はその言葉をいっぱい変トロ出してあげますねと翻訳する。


 それはありがたい……俺の体が持てばの話だけど……。


 と、そこで鈴音ちゃんは俺の顔を覗き込むように見上げた。


「先輩、お腹空きましたか?」


「ああ、ペコペコにしてきたよ」


「それはよかったです。じゃあ今から私が作った料理を運んでくるんで、先輩はこれを付けてそこに座っててください」


 部屋の隅から椅子を運んできた。


 そして彼女の手には鉢巻のような物が握られている。


 どうやら目隠しをしろということらしい。どうやらどんな料理が出てくるかはサプライズのようだ。


 椅子に腰を下ろすと鈴音ちゃんは「じゃあ目隠ししますね」と言って俺の目に鉢巻を巻いた。


 そしてそのまま彼女は慣れた手つきで俺の手足を椅子に縛り付けた。


「あ、あの……鈴音さん?」


「なんですか?」


「手足を縛る必要はあるんですか?」


「え? あ、ほ、ほら……手足が自由だと先輩がこっそり目隠しを取っちゃうかもしれないじゃないですか」


「な、なるほど……」


 それでも足まで縛る必要があるのかは不明だが、鈴音ちゃんがそう言うのだからそういうことだ。


 手足を縛られ目隠しをされた俺はとりあえずじっと待つことにした。


 そんな俺の耳元に鈴音ちゃんは唇を近づけると「今日はいっぱい変態しましょうね……」と囁いて部屋を出ていった……音がした。


 かくして、水無月家総出の出版決定記念のパーティが幕を開けた。

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