第七話 全ては仕組まれた罠

「おにいっ!! たまには一緒に学校行こうよっ!!」


 鈴音ちゃんの一世一代の大告白を聞いた次の日、俺がいつものように身支度を整えて学校へと向かおうとしていたところに、深雪が声を掛けてきた。玄関で靴を履いていた俺が振り返るとそこには制服姿の深雪の姿があった。


「おにい、聞いてんの? 一緒に学校行こうよって言ってんだけど」

「は? 寝ぼけてんのか? 殺すぞ」

「お目目ぱっちりだよ。この可愛い深雪ちゃんがおにいと一緒に学校に行こうって言ってるのが聞こえなかった?」


 と、小首を傾げる深雪。そんな深雪を俺は冷めた目で見つめる。


「なんで、俺とお前が一緒に学校に行かなきゃならん。だいたい学校だって別々だろ」

「学校の最寄りは一緒なんだしいいじゃん。ね、おにいっ」


 そう言って深雪は馴れ馴れしく、後ろから俺に抱きついてくる。

 おいおいどうした深雪ちゃん。頭でも打ったか? おにいの服と一緒に下着を洗うなって母親に言っていた深雪ちゃんがどうして俺なんかと一緒に登校したがる。

 正直なところ深雪の行動が胡散臭く、できれば別々に登校したかった。が、深雪がしつこく食い下がってきたので、俺はしぶしぶ妹との登校を承諾した。


 深雪が靴を履くのを待って、玄関のドアを開けた俺だったが、一軒家の門の前に立つ少女を見た瞬間、深雪がしつこく俺を誘った理由を理解した。


「せ、先輩、おはようございます……」


 門の前に立つ鈴音ちゃんは俺の姿を見つけると、にっこりと清涼感抜群の笑みを浮かべて馬鹿丁寧に俺にお辞儀をする。


 深雪に完全にハメられた。俺は何食わぬ顔で鈴音ちゃんに手を振る深雪を睨んでやったが、彼女はしてやったりと言わんばかりにニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。


「す、鈴音ちゃん、おはよう……」


 とはいえ、こうなってしまった以上、後戻りすることもできず、俺は妹への怒りを隠しながらぎこちない笑顔で挨拶を返した。


 それにしても可愛い。


 今日の彼女もひだまりのように眩しく、それでいて清潔感に満ち溢れている。


 嘘みたいだろ? この女、俺の書いてる妹寝取られモノの小説を読んでるんだぜ?


 門を出ると深雪は両手を合わせて「ごめんね、もしかして待たせた?」と謝ると、鈴音ちゃんは「ううん、私も今着いたばかりだよ」と首を横に振った。


「きょ、今日は先輩と一緒に登校なんだね」


 どうやら鈴音ちゃんは俺も一緒にいることを聞いていなかったようだ。少し不思議そうに首を傾げる。すると、深雪はまるで汚物でも見るような目で俺を見上げた。


「はぁ……なんか、朝からおにいが一緒に登校しようってしつこいんだよね……。ほんと、シスコンってキモいよね……」

「おうおう、色々と話が違いますなあっ!! 深雪ちゃんよぉっ!! 寝ぼけてるなら引っ叩いてやろうか?」

「だからね、今日はしぶしぶおにいと一緒なの……」


 そんな俺と深雪の会話を見て、鈴音ちゃんは何が面白かったのかクスリと笑みを零した。


「深雪ちゃんたちって本当に仲良しなんだね。なんだか羨ましいな……」


 と、何故か羨むような目で俺と深雪を交互に見やる鈴音ちゃん。そんな鈴音ちゃんに俺と深雪は顔を見合わせた。


「でも鈴音ちゃんと翔太くんだって仲良しでしょ?」


 二人が同時に抱いた疑問を代表して深雪が尋ねた。そんな深雪に問いに鈴音ちゃんは「う、うん、とっても仲良しだし、私、お兄ちゃんのこと大好きだよ……」と少し歯切れが悪そうに答える。


「でも、なんていうか私は、深雪ちゃんや先輩みたいに冗談が言いあえるような関係が楽しそうだなって」


 そんな鈴音ちゃんの言葉に俺は少し考える。確かに、鈴音ちゃんと翔太の関係は俺と深雪の関係とは少し違う。仲がいいのは間違いないのだろうし、鈴音ちゃんも翔太のことが大好きなのはわかるけど、なんだか仲がいいの種類が俺たちとは違うのだ。いや、俺たち兄妹は全然仲良くなんかないんだからねっ!! なんだけど……。


「じゃあ、行くか」


 そう言って三人で歩き始める。


 翔太には先に行ってろって連絡しておくか。


 それから俺たち三人は他愛もない話をして学校へと向かった。


 が、五分ほど歩いたところで不意に深雪が足を止める。


「しまったっ!!」

「んだよ。どうかしたのか?」

「き、昨日の課題を机に置いたままだ」


 と、言うや否や何故か俺をじっと見つめる。


「あははっ!! わ、私、家に取りに帰るから……ふ、二人はその……先に行ってていいよ」


 そう言うと逃げるように深雪は回れ右をして自宅へと走っていった。そんな深雪の背中を眺めながら俺は頭を抱えたくなる。


 おいおい深雪ちゃんよぉ……さすがに演技が下手すぎるんじゃねえか……。


 どうやら、もともとこういう魂胆だったようだ。自称俺と鈴音ちゃんのキューピット深雪は俺と鈴音ちゃんを二人きりで登校させたかったらしい。


「ど、どうしましょうか?」


 と、突然の出来事に少し困った様子の鈴音ちゃん。俺は可愛い妹のために、あいつが帰ってくるまで、ここで突っ立ってやろうかと思ったが、そんなことをしたら後でぶん殴られそうだ。


「まあ深雪も先に行けって言ってたし、俺たちだけで行くか」


 そう言うと鈴音ちゃんはわずかに頬を染めて「そ、そうですね……」と答えた。


 学校へと歩き出す二人。が、昨日の件もありなんとも気まずい……。


 しばらくは沈黙が続いた。


 が、


「き、昨日のことですが……」


 と、鈴音ちゃんが沈黙を破る。いきなり昨日のことを話題に上げる鈴音ちゃんに、俺は頬が熱くなるのを感じた。そして、それは顔にも出てたのだろう。鈴音ちゃんもまた俺を見て顔を赤くする。住宅街のど真ん中に赤信号が二つ並び、ちょっとした交差点ができる。


「昨日は私の話を真剣に聞いていただき、ありがとうございました」

「ああ、気にしなくてもいいさ。鈴音ちゃんは翔太の妹だし、親友の妹の悩みだったらいつでも聞くよ」


 まあ、親友というのも最近は有名無実化してますけどねっ!!

 と、そこで鈴音ちゃんは学生鞄のファスナーを開くと、中をまさぐる。そして、鞄から手を出すと、そこには何やら小さなラッピング袋が握られていた。袋には小さな猫のイラストが描かれている。


「せ、先輩、こんなものでお礼ができるとは思っていませんが、よければ食べてください」


 そう言って彼女は俺に袋を差し出した。


「く、クッキーです……。と言っても深雪ちゃんみたいに上手くできてる自信はないですが……」

「貰ってもいいのか?」

「はい、それに先輩にはいつも小説でお世話になっていますし……」


 どうでもいいけど、そのお世話になってるって表現は語弊があるから、あまり良くない気がするなぁ……。


「受け取っていただけますか?」


 鈴音ちゃんは俺が拒否するとでも思っているのだろうか、少し不安な、そして怖がっているような表情だった。


「じゃあ、お言葉に甘えていただくよ。ありがとう。鈴音ちゃん」


 そう言うと彼女の頬がわずかに綻んだ。


 可愛い……。


 が、そんな彼女の笑顔をあんまり眺めていると、なんだか恥ずかしくなってくるので「じゃあ行こうか」と俺は照れを隠すために歩き出した。


 それから俺たちは一緒に電車に乗って無事高校へとたどり着いた。その間、二人で時に深雪の話をしたり、好きな映画の話をしたりと、ぎこちないながらもなんとか話を続けようとお互いに話題を繋いだ。


 校舎に入り、げた箱から取り出した上履きに履き替えた俺は鈴音ちゃんに手を振り、自分の教室へと歩き出そうとした。が、鈴音ちゃんは靴を履き替える様子もなく、何やら胸に手を当てながら俺を見つめていた。


「どうかしたの?」

「え? い、いや、なんというか……その……」

「え?」


 何とも歯切れの悪い鈴音ちゃんに首を捻る俺。


「せ、先輩はその……今日の放課後はお暇ですか?」

「ひ、暇だけど……どうかしたの?」

「あの……も、もしよければ、先輩をお連れしたいところがあるのですが……」

「俺を?」

「は、はい、その……先輩の創作活動に役立てるかもしれないと思って……」


 俺の創作活動に役立つ場所?

 ちょっと待て……この子は俺が書いてる小説のジャンルを知ってるよな……。


 甚だ不安ではあったが、せっかく鈴音ちゃんが誘ってくれたのだ。俺は「わかった。じゃあ放課後ね」と答えると彼女は、「はいっ」と俺に白い歯を見せた。



※ ※ ※



 放課後がやってきた。どこに連れてかれるのか一切伝えられていなかった俺は、約束通り翔太が学校を出るのを見届けてから、校門の前で鈴音ちゃんを待つ。


 が、鈴音ちゃんらしき女の子の姿が見当たらない。確かに鈴音ちゃんは校門の前で待っていろと言っていたはずなんだけど……。


 なんて、考えていたがふと、おかしな光景を目の当たりにした。


 なんじゃありゃ……。


 視線の先には『創立10周年記念樹』と書かれた大きな桜の木。そして、そこからひょっこりと顔を出す女の子。


 よく見ると鈴音ちゃんだ。鈴音ちゃんは身体を木に隠したまま俺を手招きしている。


 こっちに来いということらしい。


 とにもかくにも呼ばれたので行かないわけにはいかない。首を傾げながらも記念樹へと歩み寄る。


「驚かせてごめんなさい……」


 鈴音ちゃんはやってきた俺に向かってそう謝ると、丁寧に頭を下げた。


「いや、別に構わないけど……なんでそんなところにいるの?」


 そう尋ねると鈴音ちゃんは「えへへ……」と苦笑いを浮かべた。


「学校の中には兄の知り合いもいますし、なんというかその……こういうことを自分で言うのは恥ずかしいのですが、私は結構人目につきやすいので……」


 そう言って頬を染める。


 なるほど、すっかりド変態のイメージが先行しすぎて忘れていたが、鈴音ちゃんは圧倒的な学園のアイドルだった。どうやら流石の鈴音ちゃんも自分がそれなりに目立つ存在であることは自覚しているらしい。


「確かにな……でもそれなら、わざわざ学校内で待ち合わせなんてしなくても……」


 目立つのが嫌なら、わざわざこんなところを待ち合わせ場所にする必要はない。駅前……は流石に目立つけど昨日みたいに喫茶店とかなら多少は人目は避けられるはずだ。


「そうなんですけど、今日はここで待ち合わせないといけないんです」

「どういうこと?」


 そういや鈴音ちゃんは創作活動に役立つ場所に連れてってくれるって言ってたよな。


 ん? ちょっと待てよ。


「鈴音ちゃんもしかして……」

「はい、先輩を連れていきたい場所は学校の中にあります」


 そう言って鈴音ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。


 どうやら、これから怪しげな学校探索が始まるらしい……

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