第八話 意外といい子
あぁ~あぁ~ブラックホールに吸い込まれてるわ……。もう抜け出せないのはわかっているのに俺は完全に変態のカルマに巻き込まれている……。
今すぐ電車に乗って市街地に出たい。けど、ここで宝珍館に行かないなんて言ったらティアラ氏は悲しそうな顔をするだろうし、鈴音ちゃんだってそんな彼女を放っておかない。
だから俺は彼女たちについていくしかない。死ぬとわかっていても戦場へ向かわなければならない。
そして、結局俺はバキュームのように宝珍館へと吸い込まれた。そして、何故かある高校生料金を500円ずつ払って三人で中に入る。
「わぁ……凄い……」
と、初めに声を出したのは鈴音ちゃんだった。鈴音ちゃんは目の前に広がる光景に、すっかり今日の目的を忘れているようだ。目がキラキラしてやがる。
「ここには海外の珍しい物や、江戸時代のものなんかもありますわ。国内最大級ですわ」
と、ティアラはよっぽど俺たちが来てくれたのが嬉しかったのか、何やらニコニコしながら展示品を指さしている。
中はまあ……いかにもといった感じだ。いたるところに棚が設けられており、キノコの形をした木彫りの像や、いやらしい蝋人形が並んでいる。
なんで大事なデートの日に、こんなものを見なきゃならん……。
その俺が想像しうる最悪の光景を目の当たりにして絶句していると、ふと、受付の方から声が聞こえてきた。
「イヤ~ン、パパッタラ、マダオヒルデス」
「いいじゃねえか。誰も見てねえよ……」
「モ~アナタッタラ……」
な、なんだ……これも宝珍館のアトラクションの一つなのか? なんかスピーカーから聞こえてくるにしては妙にリアルっぽい声なんだけど……。
俺たちはいっせいに受付を見やった。すると、そこにはティアラと同じ金髪碧眼の美女と、彼女にいやらしくハグをするおっさん。
よ、よくできた蝋人形だな……。
が、そんな光景に最初に反応したのはティアラだった。
「パ、パパっ!? それにママもやめてくださいまし。お客様がいますわっ!!」
と、目を見開いて彼女が叫ぶ。そんな声にようやく美女とおっさんは俺たちの存在に気がついて慌てて「あ、い、いらっしゃいませ~」「イラッシャイマセ~」と俺たちに挨拶をした。
おいおい新手の水無月家か? 言っておくが水無月家は世界に一つでも多すぎなんだ。こんな家族が二つも三つもあったら世界が滅びるぞ……。
と、なにやら不穏な香りのする家族に呆れる俺……。
いや、それよりも……。
俺は今さっきティアラが口にした言葉を思い出す。
「おいお前、今ママとか言ったよな。ママは亡くなったんじゃなかったのか?」
そう尋ねるとティアラは「ギクッ!?」と肩を震わせる。
「わ、私、ちょっと用を思い出しましたわ。それではあとはお二人でごゆっくり……」
と、慌てて逃げ出そうとするがそうはさせない。俺が首根っこを掴むと彼女は「や、やめてくださいましっ!!」とジタバタした。
「おい、ママは亡くなったんじゃなかったのか?」
と、もう一度尋ねるとティアラはしばらく俺を見つめて……そして泣いた。
「うわ~んっ!! だ、だってパパがお客様を連れてくるまで家に入れないって言いましたもの……。それなのに駅前には人はいませんでしたし、私だって辛かったですわ……」
そう言ってボロボロと涙を流すティアラ。どうやら、これはマジ泣きのようだ。
「ふ、二人には悪いことをしたとは思っていますわ……。ですが……もう駅前で立たされるのはごめんですわ……」
なるほど、会ったばかりだが、あの親父ならそんなことを言いそうだ。きっとどうせ娘がしばらく帰ってこないだろうと見越して、あのパツキン美女と二人っきりになろうとしたようだ。
俺と鈴音ちゃんは顔を見合わせる。
どうやらティアラも被害者のらしい。
「ティアラさん泣かないでください。まあ他人を騙すのはあまりいいこととは思えませんが、事情も事情ですし怒ったりしないですよ」
と、鈴音ちゃんが仏のような笑顔でそう言うと、ティアラは涙を拭う手を止めて鈴音ちゃんを見やった。
「ほ、本当に怒ってませんの?」
「その代り、ティアラさんには館内を案内してもらいますね」
「はわわっ……私を許してくださるなんて、なんというお優しい方ですの」
そう言うとティアラは涙を拭って鈴音ちゃんに笑みを浮かべた。そして、鈴音ちゃんのもとへと歩み寄ると握手を求めて手を伸ばす。
「改めてよろしくですわ……。私、桜田ティアラと申しますわ。ここから少し離れた月本方面の高校に通っている一年生ですわ」
そう言って自己紹介をするティアラ。どうやら彼女は俺よりも鈴音ちゃんよりも年下のようだ。
ん? ちょっと待て、今月本方面の高校って言ったよな?
どうやら鈴音ちゃんも同じ疑問を抱いたようで、彼女はティアラに「もしかして……」と俺たちの通う高校の名前を口にした。
そんな言葉にティアラは「そうですわ……」と口にして鈴音ちゃんをしばらく見つめて、不意に目を見開いた。
「も、もしかしてあなたは副会長の水無月さんですのっ!?」
どうやらティアラは俺たちと同じ高校に通っているようで、鈴音ちゃんにも見覚えがあるようだ。
「ぐ、偶然ですわね……」
と、驚くティアラに鈴音ちゃんが一瞬だけニヤリと笑みを浮かべた……ような気がした。
「ティアラちゃんって可愛いね。ところでティアラちゃん、ティアラちゃんは実家が宝珍館だってこと学校の人には話してるの?」
「え? そ、それは……ちょっと恥ずかしくて話せてないですわ……。だから、みんなには内緒にしておいてほしいですわっ」
「そうだよね。みんなに言いふらされたら困るよね」
という鈴音氏の発言に俺とティアラは凍りつく。
「ど、どういうことですの?」
鈴音ちゃんはそんなティアラに体を寄せると彼女をぎゅっと抱きしめる。
「はわわっ……急に何をしますの?」
「ティアラちゃんは私にハグされるの……いや?」
「そ、そんなことはないですわ……で、でもちょっと恥ずかしいですわ……」
と、頬を赤くするティアラ。が、そんなティアラの頭を鈴音氏は「よしよし」と優しく撫でる。すると、最初は緊張していたティアラの体から徐々に力が抜けていくのがわかった。
そして気がつくとティアラの瞳はとろんとしている。
「このことは私とティアラちゃんだけの秘密……」
「わ、私と水無月さんとの秘密……ですわ……」
「ティアラちゃんは秘密がバレると困る……」
「私は秘密がバレると困りますわ……」
「秘密を握られたティアラちゃんは私の言いなり……」
「私は鈴音さまの……言いなり……ですわ……」
あー怖い怖い……。なんか凄まじいスピードでティアラが鈴音ちゃんに洗脳されていく。
が、洗脳されようとしている当のティアラは心地よさそうに鈴音氏に抱きしめられている。
どうやら手遅れのようです……。
※ ※ ※
それから俺たちは洗脳されたティアラ氏と三人で宝珍館を案内されることとなった。
すっかり鈴音ちゃんは変態抜きのデートという今日の趣旨を忘れて、その変態展示物に魅了されていた。
そして、ティアラは目をキラキラさせながら「これはパパがパプアニューギニアで――」「この木像は江戸時代に有名な彫刻家が奉納した――」などと俺たちに展示物を案内してくれた。
どうやらティアラにとってはあんなパパでも自慢のパパのようで、鈴音ちゃんがパパを褒めると自分が褒められたように嬉しそうに微笑んだ。
ティアラの解説のおかげもあり、なんだかんだで俺たちは退屈することなく館内を回ることができた。
ま、まぁ……こういうのもありか……。
などと自分に言い聞かせながら出口付近までやってくると、ティアラは「そ、そうですわ」と何かを思い出しように目を見開くと俺たちに「ちょっと待っててくださいまし」とどこかへと消えていった。
俺と鈴音ちゃんが顔を見合わせていると、一分ほどでティアラは戻ってきた。
「金衛さんと鈴音さまに渡したいものがありますわ」
と、ティアラは後ろ手に何かを隠しながらそう言った。
「俺たちに渡したいもの?」
「そ、その……さっきは悪いことをしたのでそのお詫びですわ」
「いや、確かに騙されはしたけど、もうそこまで怒ってないぜ? それに館内も案内してもらったし」
「であれば、これはお近づきの印ですわ」
と、言いつつもティアラは後ろ手に隠した物を見せようとはしない。どうやら彼女なりにサプライズがしたいようだ。彼女は俺と鈴音ちゃんの顔を交互に見やると、頬を赤らめる。
「そ、その……お二方はお付き合い……されていますわよね?」
と、そんなことを尋ねてくるティアラに俺と鈴音ちゃんは顔を見合わせて頬を染める。
「別に隠すことはないですわ。お二人はかなり親密なようですし見ればわかりますわ」
正直、少し答えに困った。が、付き合ってないなんて口にするのは興ざめだ。なにせ、俺たちはより親密になるためにデートをしているのだ。
だから、
「まあ正確に言うと少し違うけど、いつかはそうなればいいなって思っているな」
「わ、私もそう思ってるよ……」
と、鈴音ちゃんも賛同してくれた。
そんな俺たちにティアラは「それは素敵なことですわ。そんなお二人にぴったりな物をお近づきの印に差し上げますわ」と言った。
どうやら俺たちに何かをくれるようだ。最初はひどい奴だと思ったがこうやって話してみると思いやりのある優しい女の子だ。
俺はそんな彼女の厚意に少し感動を覚えつつ、彼女からプレゼントを受け取ることにした。
が、俺たちは……いや、少なくとも俺は忘れていた……ここが宝珍館の中だということを……。
「これを差し上げますわ……」
「なっ……」
ティアラはこの上なく純粋な瞳で俺たちを眺めながら、俺と鈴音ちゃんにそれを一つずつ渡した。
「お、おい……なんだこれは……」
俺は掌に乗ったキーホルダーのようなものを眺めながら愕然とする。
「お守りですわ。これは宝珍館で売ってるつがいのキーホルダーで二人でそれぞれ身に付けていればそのカップルは別れないそうですわ……」
いや、にしたって……。
そのキーホルダーは決して言葉で表現することが許されないとんでもない形をしていた。そして、鈴音ちゃんに手渡されたキーホルダーもまた違う形で俺の以上に言葉にできない形をしていた。
なんと言えばいいのかわからない俺……。
が、それとは対照的に鈴音ちゃんは感動したようにティアラを見やった。
「素敵なプレゼントをありがとう。これ明日から鞄につけて登校するね」
おいやめろっ!!
「それがいいですわ。私もその……素敵な男性と知り合ったときに鞄につけるつもりですわ」
お前ら正気か……。
一人、呆然と立ち尽くす俺。が、鈴音ちゃんとティアラはすっかり友情をはぐくんだようで、二人の世界に入り込んでいた……。
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