第35話 迷子の子供

「……楽しかったぁ!」


 イルカショーも終わり日も落ちてきたころ、もういいかということで解散することになった。


 悠翔は水族館を出てすぐ、そんな言葉を口にしながら伸びをする。


「だね、兄さん!」


「おぅ!」


 相変わらずの仲良し兄妹。ニコッとそれぞれ笑顔を浮かべていて、二人はとても嬉しそうだ。


「じゃっ、またな」


「ん、また」


「……あっ、ちゃんと花宮さんを送り届けていけよ?」


「りょ……って、え?」


「えっ、て……。なぁ、花宮さんは女性なんだぞ? もう夕方で日も落ちつつあるっていうのに、一人で帰らせる気が? あっ、僕達はお母さんが迎えに来ているらしいから、残念なことに一緒に帰られないんだ」


「……分かったよ」


 花宮の人気さは、今回のことで妬むどころかもうきつくなってしまうくらいに理解している。一人にするべきではないだろう、と渋々承諾する。


「ほ、本当にか?」


 俺が承諾の意を示すと、悠翔は驚いた顔をして聞き返してくる。


「あぁ、本当だよ」


「……ははっ、そうか」


 何か意味深な笑顔を悠翔は浮かべていた。なんだろう、と考えていると、少し顔を緩ませながらそう言った。


「じゃっ、またな」


「……ん」


 俺に向かって胸の前で手を振る悠翔を横目に、俺と花宮は自分の家(マンション)の方へ歩き出した。


「…………」


「………はぁ」


 歩くこと一分近く。花宮は微妙に距離を開けて俺と歩いている。それは問題ないのだが、あの事件以降一切話さなくなったのですごく気まずい。


 俺が今口喧嘩を始めようとしても多分乗ってこない。とはいえこの状況を放っていても気まずい状況が続くだけ。


 どうすれば……。


「……なぁ、花宮」


「…………」


「……なぁ?」


「……なん、ですか?」


 顔を背けたままそう聞いてくる。


 うるさい、とか言われるのかと思えば、素直になんですか、と聞いてきたことに違和感を覚える。やはり、おかしい。


「大丈夫、か?」


「だ、大丈夫、です」


 相変わらず俺の方を見るまいとどこか違う所を見てそう言う。明らかに大丈夫じゃないだろと言いたかったが、そこで踏み込んでしまうのもいけないだろう。


 そう思い、開きかけた口をつぐむ。


 そして、再び静寂に包まれたこの空間。


「……うぇぇええええええん!!!」


 そんな空間を破ったのは、どこかから聞こえてきた子供の耳にキーンと響くほど大きな泣き声だった。


「なん、でしょう?」


 隣の花宮がそんなことを呟く。俺が話さない限り口を開かなかった花宮が口を開けたものだから、俺もそちらの方へ意識が寄る。


「迷子か?」


 泣き声のする公園の方を見てみると、砂場の横で蹲っている女の子の姿が見えた。


 周りにも大人は見えないようだし、迷子だろうかと推測する。大人はなにしてんだ、トイレでも行っているのか?


「なぁ……って、え?」


 どうするか、と花宮に聞こうとしたところで隣に花宮がいないことに気づく。キョロキョロと見回していると、すでに迷子であろう女の子の隣にいるのを見つける。


 俺も、そちらの方へと駆け寄った。


「ひっく……ひっく……」


 駆け寄ってみると、花宮は、迷子らしき子供の背中をゆっくり落ち着かせるようにさすっていた。


 そういえば花宮はしゃがんで目線を合わせて話していることから、子供もあまり恐怖心を抱いていないようで良かった。


「あ、あの、君。お父さんやお母さんがどこにいるか分かる?」


 情報がないとどうしようもない。とりあえず、呼吸が落ち着いたのを確認すると、聞いてみることにした。


「ひっく……ま、ママがね、いなくなっちゃったの……ひっく……」


 目をこすりながら、その女の子は教えてくれた。どうやら、お母さんと一緒に来ていたようで、別れてしまったらしい。


 警察へ向かうべきか……?


 でも、もしかしたら親がここに探しに来る可能性もあるよな。警察に行くより先にまず一緒に行ったところを確認する親だっているだろうし。


 それに、もし警察に向かいに行く途中に誰かに鉢合わせして誘拐犯と思われたらと思うと……。


 どうすれば……っ


「じゃあ、お母さんが来るまで一緒に遊んでよっか!」


 そんなふうに悩んでいると、花宮は女の子に向かって笑顔を作りながらそう声をかけていた。


「で、でも……」


「お母さんはすぐに来てくれるよ! だから、それまで遊んでいよう?」


「……う、うん!」


 子供に対して前向きな言葉をかけてやっているのはさすがだ。


 迷子なんだ、や、ママに置いていかれたんだ、などという言葉をかけると、子供にとってはますます悲しくなるだけ。


 とはいえ……警察とかに向かわなくていいんだろうか?


 そんなことを考えていると、花宮が女の子と一緒に砂場で山を作り始めていた。……こうなったら、俺は警察署に行って迷子がいることを伝えればいいってことか。


「……あっ、お兄ちゃんも一緒に遊ぼ?」


 すっかり笑顔になった女の子は、砂で山を作って汚れた手をこちらに元気よく向けながら、そう提案してくる。


 子供からの頼みっていうのはどうも断りにくい。……断ればまた泣き出してしまいそうだし、少しくらいはいいよな。


「よーし分かった、一緒に作ろう?」


「やったー! ありがとうお兄ちゃん!」


 了承の意を示すと、子供らしい無邪気な笑顔を浮かべてそう喜んでいた。


「……はぁ」と小さく花宮からため息が漏れた声が聞こえた気がしたが、別に花宮の頼みどおりにやる必要はないしな。そう思い、俺も砂場の上で腰を下ろした。

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