アナザー第3話 付き合って1ヶ月。

「失礼します。あの、今大丈夫ですか?」


 まず、近くの店員さんに声をかけることに。緊張する気持ちをなんとか留めて、そう声を掛ける。


「はい、何でしょうか?」


 さすが店員さん、俺が話しかけたのは突然というのに、ニッと笑顔を浮かべながらそう尋ねてきた。


「あの……私達、その似合う服を探していて。どういうのが似合うのかなって、教えてほしいです!」


「なるほどぉ……」


 そう言いながら、俺や若那をじーっと見つめる。なんか、恥ずかしいんだが。


「よしっ、分かりました! ではまず、彼女さんの方からでいいですかね? では、さっそくこちらへ! ……あっ、彼氏さんはちょっと待っていてもらっても? 楽しみにしててくださいね!」


「……は、はい」


 やけにテンションが高い店員さんだな、と思う。容姿通りっていうか。なんて、店員さんの揺れているポニーテールの髪型を見て思う。


 やっぱり、俺達って周りから見ればカップルなんだな。……いや、確かに付き合ってるけど。なんか、恥ずかしいけどいいかもしれん。


 そんなことを考えて約10分近くが経過した頃。


「あっ、お待たせしました!」


 スマートフォンという暇つぶしアイテムで時間を潰していると、どこからか店員さんの声。


「……あっ、はい。…………えっ!?」


「あの、どうでしょうか? 似合ってますか、ね」


 尊い……。いや、もうまさに天使じゃないか。あっ、既に天使だったか。


 恥ずかしそうにしている若那。それは、またいつもとどこか違った雰囲気を醸し出していた。


 クリーム色で優しい雰囲気を帯びる、緩やかなサイズ感のロングコートに、どこかボーイッシュでくびれを目立てさせるようなきっちりとしたデニムスタイル。


 それは若那自身、コンプレックスとさえ感じている身長……つまりは、幼い容姿を完全にカバーしている服だった。俺自身、この服装を見ていて大人っぽい、可愛いもあるけど美人と思っていた。


 天使というより……女神だ。


 それに、機能性に関しても考えられている。さすが、服のスペシャリストである店員さんだな。まさか、コンプレックスの解消と機能性を両立させるとは。


「か、可愛い……というより、美人だ」


「そ、そうですか……っ?」


「お、おぅ。……その、本当に綺麗」


 なんだか気恥ずかしくて、目を背けながら、手で頬を掻きながらそう言う。


「や、やった……っ!」


 恥ずかしそうにしながらも、グッと強く握りしめた両手を小さく突き上げる。


「あらあら〜、喜んでもらえて良かったです」


 と、微笑んでいるのは女性の店員さん。


「「…………あっ」」


 ……あっ、やばい。忘れてた。見られていたと思うのも束の間、ボッと顔が熱くなる感覚。


「じゃあ、次は彼氏さん。行きましょう!」


「あっ、はい」


 そう返事をすると、ばいばい、と若那に小さく手を振り、店員さんの後ろを付いて行った。


「……そうだ、彼氏さん」


 んー、と服と対峙して考えながら、店員さんは話しかけてくる。彼氏さんって言われるの、なんか慣れないな。


「はい、なんですか?」


「彼氏さんは、彼女さんのどんなところが好きなんですか?」


「……へ? いやいやいや、なんでそれを今聞くんですか?」


 俺は目を丸くさせて、慌て気味にそう聞く。店員ってそこまで踏み込んでいいものだっけ!?


「気になるじゃないですか〜」


「まぁ強いて言えば、素直なところ、ですかね」


 俺は、皮肉を込めてそう言う。正直に言うと、全部なんて言いたくなるが、さすがに恥ずかしすぎるんでな。


「あ~、わかりますわかります!」


 俺の言葉に反応して、声の高さをワントーン上げる店員さん。えっ、もしかしてさっきの若那が服を選びに行っている時に話したのか? ……ありえる、こんなこと聞く人だからなぁ。


「彼女さんとも話したりしたんですが、本当にいい方ですよね。彼氏さんのこと、自慢の彼氏、だなんて言ってましたよ?」


 一瞬思考が固まる。今、なんて言った? 聞き間違いなんか、じゃないよな?


「えっ、まじですか……?」


「はいっ、マジです」


「…………」


 自慢の彼氏、か。いや、こっちがそれを言いたいんだが。若那ほど完璧な彼女はいないだろ。若那こそ、自慢の彼女だよ。


「……あっ、これとかどうです?」


「んー……店員さんにお任せします。俺には服をとかよく分からないので」


「了解です!」


「では、これも──」


 そして、それから5、6分ほど服選びをし、試着室へ。本当に似合うのだろうか、なんて考えながら店員さんの選んだ服を着ると、若那の元へと向かう。


「どう……か?」


 服のことは、自分の感覚ではやっぱり分からない。若那の考えを探るように、上目遣い気味にそう聞いてみる。


 俺の服装は、意外とシンプルだ。


 ストライプの服の上に深みのある紺色でロングのチェスターコート、下も黒のモノトーンコーデというやつだ。それは地味でコミュ障な俺でもクールっぽさを感じさせる。なのに、そこに俺の希望通り派手さが殆どないところもすごい。


 それに、ネットで調べてきてなんとなくは学んだから分かったが、俺の中の中くらいの容姿であっても、きちんと違和感なく流行りを押さえている。


 さらに言うと……


「あっ、私の勝手な判断で申し訳ないですが、やはりお付き合いをされているなら、と似たロングコートを選ばせてもらいました! とはいえ、一応外に一緒に出掛けたときのことを考えて、お揃いとまではしませんでしたが」


 と、申し訳ないですが、とか言いながら元気そうな店員。よくやった、店員さん。それに、お揃いの服を着て外に出たらさすがに恥ずかしいのもある。それも考えてとは。


 ありがとう、と心のなかで店員さんにお礼する。


「……おぉ、いいですね! かっこいいです!」


「ほ、本当か?」


「もちろんです、私の中でもぶっちぎりです!」


「……では、そろそろお買い上げします?」


 店員さんはニヤーっと笑みを浮かべながらそう聞いてくる。二人は、互いにそれがかっこいい(可愛い)と言われたんだ。どう答えるかは一目瞭然。


「「はいっ」」


 俺たちは、元気よく声を揃えた。












 ショッピングデートは終わり、もうマンション前に着いた。外はだんだんと薄暗くなってきていて、吹いてくる風はだいぶ肌寒い。


 腕時計を確認すると、もう18時を過ぎている。


 ──もうちょっとくらい、一緒にいられるんじゃないか?


 そんな考えが、頭の中にあった。もっといたいと思ってしまうのは、求め過ぎなんだろうか。


「あの……まだ時間はありますし、せっかくですから私の部屋、寄っていきませんか?」


「……っ!?」


 心を読んだのか? そう思うくらいに俺の心の内と若那の言葉がシンクロしたもので、一瞬立ち止まってしまう。


「……? ……あっ、そ、そういうわけじゃないですからね!」


 俺が立ち止まったことに疑問を感じているのか、こくんと頭を傾げる。かと思うと、次は急に顔を紅潮させて、否定してきた。


 ……何を否定したんだ? 疑問が頭に浮かぶ。心を読んだと思ったことを否定したんだろうか。いや、それは若那もわかっているだろうし、さすがにないと思うけど……。


 となると、若那の言葉に対して俺が立ち止まってしまったことで何か勘違いしたっていうこと? でも、若那はただ自分の部屋に誘っただけだよな。


 自分の、部屋に……。


 ……って、まさか。


「わ、わかってる! 分かってるから! 俺が立ち止まってしまったのはそういうわけじゃなくて、ただ俺がもっと一緒にいれたらなって思ってたら若那がちょうどそう言うから、驚いただけ!」


 俺は、ただ若那に誤解されてほしくない、その一心で、必死に弁解を行う。


「…………っ!」


 ……あっ。


 もうこんな時間、薄暗くなってきている空でも分かるほどに顔を赤くしている若那を見て、急いで誤解を解こうとしたとはいえ、言わなくていいことまで言ってしまったことに気付く。


「いや、その……」


「あっ、は、はい……」


「え、えーっと──」


 その後、必死に弁明したあと、今日あともう少しの時間をどうすごすか話し合った。


 結果、せっかくだし一緒に晩御飯でも食べようということになり、俺と若那は一旦それぞれの部屋へと戻ったあと、本やらの準備を終えて若那の部屋に集合。


 前に一度、ハンバーグを一緒に食べたことはあったが、あれは公共の施設の中でのことであり、周りにはたくさんの人。実質、二人きりでご飯を食べることは0だった。 


 だから、こういう二人で食卓を囲む、というのは俺たちにとって初めてのことで、若那の手料理となるとなおさら。


 少し照れくさくてご飯を食べる進みは遅かったけど、なんだかんだ言って幸せな時間だった。


 部屋に向かう前に『あんなこと』があったからか、少し意識してしまった部分があったのは否めなかったが、また少し、距離を縮めることはできたのではないだろうか?


 俺は、テレビを前にして俺の肩にもたれかかるようにすやすやと寝ている幸せそうな顔を見ながら、そんなことを考えていた。


 ちなみにその翌日、寝落ちした俺より早く起きてしまった若那がどんな行動をとったか、それは言うまでもないだろう。

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天使と謳われる美少女後輩が、陰キャでコミュ障な俺に構うワケ 一葉 @ichiyo1126

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