第15話 悪魔と一緒の昼食
「おぉ……!!」
俺は目の前にある存在感を放った大きな建物を前に、感嘆の声をもらす。
その店に、超高級レストランのような豪華さや派手さは決してない。けれど、店の外装が見せる雰囲気はファミレスとは真逆で、おしゃれの一言では表しきれないくらいに綺麗な外見だった。
店の屋根に書かれた看板にしてもそう、扉の前に置かれたウェルカムボードにしてもそう、ちょこんと置かれた可愛らしい置物にしてもそう。
そこに設置された物すべてが洒落ていて、さすがは人気のレストラン、と言ったところだった。
「……ちょ、ちょっと緊張するな」
入るのを少しだけ躊躇ってしまう。
外食するにしても、ファミレスだけだった俺にとって、こういう雰囲気の場所に入るのはどこか気まずい。
「……ふぅ、よしっ」
軽く深呼吸をすると、俺は扉の手すりに手を伸ばした。
「いらっしゃいませ」
すると、真っ先に上は白のブラウスに黒のウエストエプロンのウェイトレス姿の店員が目に入る。
そして、次に内装。
内装も、あの天使とか謳われる偽物野郎とは違って見た目通りの美しさだ。
色彩がとてもきれいな絵画の飾られた壁、天井の光源の光に反射して光るフローリングの床、机に敷かれた白いテーブルクロス。
高級感あふれているけれど、それでもいわゆる庶民的というか、柔らかいほんわかとした雰囲気に包まれている。
「あのーお客様……?」
「あっ、はい、すいません」
ウェイトレス姿の店員が声を掛けていて、俺は慌てて視界を店の内装から店員へと戻す。
「すいませんが、たたいま満席でして。もうしばらくお待ちにならないといけませんが……」
と、申し訳なさそうに店員は言う。
やっぱり、か……。
それは、予想していたことだった。
今日は休日。今は昼ごはんの時間帯、そしてここは大人気レストラン。空いていない可能性は十分にあったから。
諦める、とするかな。はぁ、スーパーで爆買いしてやけ食いでもしよっか……
「あっ、でも。」
「はい?」
「ご相席でもよろしいのでしたら、一応すぐにご案内できるとは思います」
相席……コミュ障な俺にそれはハードルが高すぎる気もするが、まぁこの1時間弱だけ我慢したら豪華な料理が食べられると思えばいいか。
「……じゃあ、それでお願いします」
「かしこまりました、ではさっそくご案内します」
そして、ウェイトレス姿の店員さんについていく。
「ここです、ではごゆっくり」
「あっ、ありがとうござい……」
「「……は?」」
店員にお礼を言いかけてふと、相席の人と声が重なる。
はっ? なんでこいつがここにいるん、だ……?
「……っ」
そう、そこにいたのは花宮だった。花宮はキッと俺の方を睨みながらもぐもぐと口を動かしている。
「…………」
それにしても、座るべきだろうか……。
こいつと相席で座るのは嫌。
でも、ここで座らなければこの大人気レストランの料理が食べられなくなってしまうわけだ。
それもそれで嫌!
「あの、どうされました?」
俺がずっと座らないことに疑問を抱いてだろう、店員は不思議そうに話しかけてきた。
「あっ、いや、なんでもないです」
さっきの考えを振り払うかのように、思わず座ってしまっていた。逆らえない、そして目立ちたくない性格が、仇となってしまったよう。
まぁ、いいか。こいつのことなんて放っておいてここの料理を楽しむとしよう。
「……なんで座ってるんですか?……もぐもぐ」
「……うるさい」
「あなたが目に入るとうざいのでやめてもらえませんか?……もぐもぐ」
「……それは、俺だって同じだ」
それより、話している途中に食べるなよ。苛つくんだが。
……って、またこいつのことを気にしてしまった。無視だ無視。さっそく何食べるか決めよ。
そして、机の真ん中にポンと置かれたメニューの書かれた冊子に手を伸ばして取る。
「……どれが、いいんだろ」
開いて何か美味しそうなのでも食べようとは思ったが、全て美味しそうでどれがおすすめで何が良いのかまったく分からない。
「ん〜!」
迷っていると、美味しそうに料理を味わう花宮の姿が目に入る。
あれ、美味そうだな……
そして、花宮の食べている料理を見て、それからメニューを見て、花宮がどれを食べているのか確認する。
これ……かな。こいつと一緒ってのはちょっと気が乗らないが、美味しそうだしな……頼んでみるか。
「あの」
近くにいた店員に、少し声量を抑えめに声を掛ける。
「はい、なんでしょう?」
「あの……これを」
そして、メニューで頼みたいものを指で指すと、店員の方へと見えるように向けた。
「かしこまりました。少々お待ちください」
ぺこりとお辞儀をすると、奥の厨房らしき部屋へと戻っていった。
その後、時間が10分経過。
「うぉぉ……っ!」
コトン、と音を立てながら、俺の目の前にようやく待ちわびた料理がやってくる。
「伝票はこちらに置いておきますね」
「あっ、はい」
すげぇ美味しそう……!
俺が頼んだのは、ハンバーグだ。と言っても、いっつもファミレスで食べてるようなものとは違ってすっごい本格的というか。
見た目は絶妙な量がかかったデミグラスソースに、少し漏れ出している肉汁、音はジュ〜とお腹の減りを速めるかのように鳴り、匂いは食欲をそそるかのようにいい感じ。
食べていなくても美味しい、と思ってしまうほどだ。
「いただきます……っ!」
手を合わせてそう呟くと、ナイフとフォークを持つ。
「うま……っ!」
えっ、これ本当にファミレスのと同じハンバーグって名前なの?
ちょっと高い出費だとは思ってたけど、全然大丈夫……っていうか、むしろ安っ!
ほんのりとあるバターの甘みに、牛肉の旨味がちょうどマッチしている。
それに食感に関しても歯ごたえも抜群で、噛むたびにジュワ〜っと口の中で溢れる肉汁がまた最高。
俺の好きな料理ランキングでドンッとツナマヨに次ぐ2位にまで急上昇した。
「……ですよね!」
口の中でゆっくりと味わっていると、ふと嬉しそうな声が聞こえてくる。
今は……ってか、今も花宮に邪魔されたくなかったので、声を掛けてくるなよと目で圧を送ろうとする、が……
「そのハンバーグ美味しい、ですよね! 特にバターの甘みがほんのりとして、牛肉の旨味もすっごいあって……」
その言葉を聞いて、心が踊る。
よく分かってるじゃないか、と花宮のことを少しだけ認めてやる。
「……ぁあ、うん、そうそう! それに、噛みごたえなんかも最高だし、噛むたびに出てくる肉汁がまた……っ!」
そして、思わず熱弁してしまっていた。
自分の事を分かってくれているっていうのが嬉しくて、どうしても話したい衝動に駆られてしまったよう。
「はい、すっごい分かります……っ!!」
花宮は、俺の言葉に対して目をキラキラとさせながら共感してくれる。
共感してくれることの少ない人生だったせいだろうか、嬉しいと、そう感じていた。
「「…………ぁ」」
カランと鳴る手に持つフォークが皿に落ちる音という、ほんの小さな衝撃がトリガーとなって、いつもの平静な自分へと戻る。
そして、さきほど自分が侵してしまった過ちに気付く。
……俺、なんてことを……
こいつに話してしまうなんて……っ
それに、あいつがしたことに対して、なんで嬉しいとか考えちゃってんの、俺!?
「…………はぁ」
ただそんなはらわたが煮えくり返るような怒りも、このお洒落なレストラン、目の前の絶品ハンバーグを見ていると冷めてくる。
……まぁ、今だけ。
今だけなら、いいのかもしれない。
そんな言い訳をしながら、せめてもと、この時だけは許してやることにした。
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