第14話 お礼、そして始まる新たな問題
「…………」
待ち合わせ場所のマンション前、壁にもたれかかるようにして昨日近くの本屋で買った本を読み進めていた。
「ってか、遅っ……」
本を閉じてマンションの扉の方を見つめる。自動ドアは未だに動く気配はなさそう。
そして次に右腕でチクタクと音を鳴らすアナログ時計に目を見やる。
12時5分。
もうあらかじめ決めていた時から5分近く過ぎている。
「どれだけ準備かかってるんだ……?」
俺の住むマンションからここまでは10分程度かかるだろう。それに対し、ここに住む彼女はものの10秒ほどだ。なんですぐ近くの彼女が遅れてるんだろう?
「ご、ごめんなさい……っ! 寝過ごしてしまいました……っ!」
マンションの自動ドアが開いて、彼女が俺の事に気付くとそう焦り気味に謝ってくる。
「あっ、そうだ。あの、これ、どうぞ!」
彼女はハッと思い出したかのようにそう呟くと、いかにもどこかのブランドっぽい紙袋を両手で持ちながら俺の方へと向けてくる。
「えっ、これいいんですか?」
一応お礼という訳だし、ちょっとしたものをくれるのかなくらいには想像していたけど、まさか高価なものを持ってこられるとは思わなかった。
「はいっ、もちろんですよ!」
お礼と言っても、ほんの10分程度探すのに手伝ってあげただけなのに、こんなものをいただくわけには……。
「でも、こんな高そうな物を頂くわけにも……」
「あっ、紙袋がなかっただけで中の物はそれほど高い訳では」
……あっ、そう。
でも、そうでよかった。
「って、これ、話題の」
「あっ、そうです! 最近人気のおにぎり屋のなんです」
この近くには、いつもそこを通るときには行列ができているという、ちょっと大きなおにぎり屋がある。
ある人気の食レポ番組で取り上げられたことによって、遠くからもそのおにぎり屋のためだけに訪れる人も少なくない。てか、むしろ多い。
俺もそれほど人気ならと行ってみようとはしたが、陰キャな俺にとって行列というのはきついものだ。それも大行列、となるとなおさらだ。
いくらツナマヨおにぎりと言えど、命の危機を背負ってまで行きたくはない。二度とツナマヨが食べられないなんて、そんなのごめんだ。
だから、買うのは断念していたんだが……
「これ、本当にいいんですか?」
紙袋に入った何個かのおにぎりを見て、その後にニコッと笑う彼女の顔を見て、驚き気味にそう聞いてみる。
「はいっ、もちろんです」
でも、俺がしたほんの小さな事に対してこんなにすごいものをくれるなんて、なんか罰が当たりそうじゃないか……?
「なんか俺のしたこと以上の物をもらえるなんて、ちょっと罰が当たりそうです」
「いやいや、本当に感謝してるんです、貰ってくださいよ。」
「……じゃあ、ありがたく」
「………これで、図書館での借りも、返しましたから、ね…………」
「……?」
「あ、いや、なんでもないですから。では、ありがとうございました」
彼女は誤魔化すようにそう言うと、ペコリと丁寧にお辞儀をする。
「はい、こちらこそ」
俺も身体をそちらへと向けて小さくお辞儀すると、ここを離れて後にした。
*
「せっかく出てきたし、作るのもめんどいし外食でも行こっかな」
太陽の光に照らされながら歩いて、ふと時計を見る。12時15分。
うん、このおにぎりをすぐ食べちゃうのはもったいないし、外食にしよ。
中学生の頃なら自分の一存で外食に変更だなんてそんなこと出来なかったけど、高校生になりマンションで一人暮らしの俺ならなんでも自由だ。
「……んー、せっかくだし、ちょっと高いとこ行っちゃおっかな」
ぐふふ、と心の中で悪い笑みを浮かべる。
まっ、何の色もない俺の日常だ。親には無駄遣いしないでとは言われてるけど、ちょっとくらいは贅沢したっていいよね。
「近くにあるのは……っと」
現代の叡智、スマートフォンの地図アプリを使って周りにあるちょっと高級なレストランを検索。
よしっ、ここだな。
えーっと、そこだと、ここから10分ちょいか。
「っし、行くか」
高校二年生になって……それどころか、高校一年生の夏休み、マンションで独り暮らしを始めてからこれは初めての贅沢で、ルンルン気分でスキップ気味にレストランへと向かう。
これが、俺の人生を狂わせるとは知らずに。
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