第13話 デジャブ

 土曜日の昼前、もう太陽も空の真上ほどに昇っていたころ、俺はピンと跳ねている髪の毛を手で押さえながら本屋へと向かっていた。


 今日は推している小説家さんの新作が発売されるらしいのだ。


「ってか、寝癖が全然直らない……」


 休日ということもあり、もう昼前というのにまだ寝起きの状態。ふぁ〜、と小さくあくびをしながら目をパチパチと開けたり閉じたり。


「え……あれ」


 トントンと足を進めていると、ここを真っ直ぐに進んだすぐ先の道路で誰かがしゃがんでいるのが見えた。


「……別に急ぎの用でもないし、手伝うか」


 そして、少し駆け足気味でその人の方へと向かう。


「あの……どう、しました?」


「……あ、えーっと洗濯の時、ズボンを叩いていたんですけど、そしたら……」


 しゃがんでいた身体を起こしながら、彼女は状況を話し始める。


「……って、え!? へんた……いや、あっ、なんでも、ないです……」


 目を大きくしながら何かに驚いたように急に叫んだかと思えば口をつぐんだ女性。


 グレーの眼鏡に、後ろをゴムでがさつに結んであるミディアムヘアの髪型。溶かしていないのか、それとも癖毛なのか、髪は外ハネしていて、彼女の低い身長やブカブカなジャージがさらにあどけなさを醸し出している。


 って、なんだろう……?


 彼女を見ていて、なんだか疑問を覚える。


 なぜか感じたのだ。彼女とは会ったこともないはずなのに、雰囲気の似た人とどこかであったような、知っているような。


 これぞデジャブ感……って、そんなこと言ってられない。


「で、なんでしょう……か?」


 そういえば何をしているのか聞いていなかったと、事情を聞いてみる。


「あっ、いや、……えーっと」


 彼女は目をキョロキョロと動かしながら慌てた様子を見せていた。


「…………あの、洗濯、してたんですけど、ズボンを叩いていた時にポケットに入れてた指輪を落としてしまって……」


 閉じていた口を開けて、隣にあるマンションの上のベランダの方を見上げながらぎこちなく説明を始める。


 まだ容姿からして彼女は未成年だろうから、アクセサリーとしての指輪なのだろう。とはいえその表情から大切なものには変わらないことは分かる。


「良かったら、手伝いましょうか?」


「いえ……いや、ありがとうございます。お願いします」


 そうして、彼女は笑みを浮かべた。


 その笑顔を見ていて、ハッと気付く。彼女の浮かべるその笑顔は……偽物だった。


 その笑顔には、まるで何かを隠すかのように、本当の感情の上を覆いかぶさるかのように無理やり作っているような、そんな感じがした。


「ど、どうしましたか……?」


「……あっいや、なんでもないです」


 そう言って気を取り直すと、俺もしゃがみながら顔を動かして彼女の探している指輪を探し始める。


「えーっと、指輪って色とか形とか、どんな感じなんですかね?」


「あの、銀色でこのくらいの大きさで、ローマ字表記でYuuって書かれています」


 スラッとした細い手で輪っかを作りながらそう答える。

 『ゆう』というのは、多分彼女の名前か何かなのだろう。


「了解です」


 そして、探し始めて大体10分経った頃。


「……あっ、あった、ありました!」


 とりあえずとマンション前の狭い原っぱを探していると、小さな茂みに隠れる指輪の姿が。


「あっ、ありがとうございます! この指輪は本当に大切な物だったんです!」


 俺の手に持つ陽の光に反射して光る銀色の指輪を見ると、パァッと笑顔になる。


 その笑顔は本物のようで、メガネに隠れた目からは嬉しい気持ちが滲み出ている。


「いえいえ、見つかって良かったです」


「本当にありが……って、あっ、あの……ごめんなさい! こんなにも時間を取らせてしまって。どこかに出掛けるところだった……ですよね」


 彼女は、相手の反応を伺うかのようにそう尋ねてくる。


「あっ、いやいや! 大丈夫ですよ。別に急ぎの用という訳でもないですし」


「……あ、えーっと、何か、お礼させてもらえません、か?」


「必要ないですから、別に俺はお礼を求めるために手伝った訳じゃないですから」


 ぶんぶんと手を振って否定の意を示す。


「……この変態の先輩に借りを作ってしまう訳にはいかないのに……でも、この姿がバレてしまう訳にも……」


 彼女は、ボソボソと何かを呟く。小さすぎで、俺には何を言っているのか聞き取れなかった。


「じゃあ、こうしましょう!」


 彼女は胸の前でパンッと強く手を合わせると、弾けるような笑顔で元気よくそう声を上げる。


「明日か、いや一週間後でもいいです。空いているときに、またここに来てもらえませんか?」


「……ちょっと、遠慮し……」


「おっ、お願いします!」


 正直、コミュ障な自分にこういうのは荷が重いし、遠慮したい気持ちは山山なのだが、こうも強く意見を押し通されると断りにくい。


「……ん、了解です。では、明日も空いているので明日に」


「……はいっ!」


 そうして俺は、彼女の出した提案に承諾することにしたのだった。


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