第16話 波乱の出会い
「「ありがとうございましたー」」
店員のお見送りの声とともにレストランの扉を通る。
あのハンバーグを食べた後、どうしてももう一つ食べたくなってしまって、おかわりしていた。
でも、どんなに美味しくとも、お腹いっぱいになると流石に入らない。今回だけはと、花宮と分けて食べた。
「もう2時過ぎ、か」
時計を見て時間を確認する。レストランでの時間は、長くともあっという間だった。
「……もう食べられないです……」
そんなだらしのない声が横で聞こえる。花宮は、妊婦かよっ、とツッコみたいくらいに膨らませたお腹をさすっている。
「俺も……」
その姿を見ていると、ムカついたり怒鳴ったりする気になれない。敵なら敵らしくしておいてくれよ。
怒ろうにも、怒れないじゃないか……
「……じゃ、帰りますか。さよなら」
「……ん、さよなら」
そうして、互いの帰路へと……
「なんで一緒に来てんだよ?」
「そちらこそ……。もしかして、ストーカーでもしてるんですか? 警察に通報しましょうか」
と、花宮は言って、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。
「俺の家はこっちなんだよ。そっちの方がストーカーだろ」
「いや、私の家もこっちですから!」
……いつもの状態に戻るのが早いな……。こっちの方がガツンと怒りをぶつけられるけど、もうちょっとくらいは平穏に過ごしたかった……。
「あぁぁぁあああああ!!!」
「「……?」」
そんな喧嘩を遮るかのように、誰かの甲高い叫び声が聞こえてきた。
目の前の先の道路、そこには俺……というより俺たちの方を手で指差し、目を大きく開きながら見ている花宮の彼氏の姿が。
まずい……!
花宮はこの彼氏さんの彼女だ。その花宮と一緒にいるところを見られてしまったっていうのは、誤解とはいえ、変な考えを生み出してしまうかもしれない。
「若ちゃん、大丈夫!? こいつにセクハラとかされてない?」
「あっ、いや。大丈夫だよ、悠羽ちゃん。ストーカーしてきているけどなにもされていないよ」
「えっ!? す、ストーカ……!?」
キッと変態を見るかのような鋭い目で、俺の方を睨んできている。一部の人にはご褒美なのかもしれないけれど、運がいいのか悪いのか、そんな趣味はない。
……ただ、辛いだけだ。
「あの、先輩……いや、ストーカーな変態さん!」
彼氏さん……花宮が悠羽と言っていたその人物が急に声を上げるものだから、肩がびくっと震える。
ってか、なんだよ、ストーカーの変態って。ストーカーしているのは絶対に花宮の方だろうが。冤罪だってのに。
「ボク、言いましたよね! 若ちゃんには二度と近づかないでって。それであなたは条件を飲みましたよね! っていうか、あなたは近づきたくないと言っていませんでしたか? あれ、嘘なんですか?」
「…………いや」
「あれは、嘘だったんですかっ!」
「……嘘、じゃない、から」
そう、そうだ。決して嘘じゃないんだ。
嘘なんかじゃない、はずなんだ。
「悠羽、待たせちゃってごめん、な……って、え、どうしたの?」
ふと、あの色気の混じった声が、うざいほどに聞き慣れた声が聞こえてくる。
コンクリートについた俺の筋肉のない細々とした足を見ていた頭を上げると、目の前には私服で無駄にイケメンな悠翔がいた。
「えっ、天使さんに春留までいんの? ど、どういう状況……?」
それは普段聞くことのない、戸惑うように発せられた声。
だが、一番驚いて戸惑っているのは他でもない俺だった。
悠翔はさきほど「待たせちゃって」と言っていた。つまり、この花宮の彼氏さんと悠翔が今ここにいるのは決して偶然などではなく、必然に起こった出来事。
つまり、知り合いという訳だ。
花宮の彼氏と俺の知り合い、そんな不思議な関係を今ここで目の前にしてただ立ち尽くすことしか出来なかった。
「……悠翔。悠翔と花宮の彼氏さんってどういう関係なんだ?」
「ん、彼氏? 何言ってるのかはよくわかんないけど、悠羽と俺は兄弟だぞ」
「…………は?」
悠翔の言葉を聞いてから何秒間か、俺の頭は停止していた。
兄弟って、あの兄弟、だよな。えっ、花宮の彼氏が実は悠翔の兄弟……つまり弟っていう認識で正しいんだよな?
何この関係……全然わかんねぇ……
「あっ、兄さん。もう帰りましょ」
「おっ、あぁ。だな。この状況もいまいち分かんないけど、踏み込むべきではないとは思うし。じゃ、また明日!」
……ん?
悠翔と花宮の彼氏さんの話し方を見ていて、ふと、なぜだか違和感を感じていた。
「……ん、明日」
でも、そんなはずはないだろ、と考えを振り払うと小さくそう答えた。
「あの、先輩! さっきの言葉が嘘でないというのなら、絶対に若ちゃんに近づかないでください!」
「……ん、もちろん」
そして、悠翔とその弟は家の方へと帰っていく。その後、俺と花宮も互いの帰路に……
「「……あ」」
そうだった。
もしも! もしもの話だが、こいつがストーカーしてないとしたら、こいつの家は同じ方向にあるんだっけか。
「あの、違う道から行ってくれません?」
「……なんで遠回りしなくちゃいけないんだよ」
「分からないのですか? 私の視界に先輩を入れたくないだけです」
「それは、俺だってそうだ。俺はこっちから行く。」
そう言って、俺は花宮の言うことに無視してそのまま歩き出す。
「……あっ、抜け駆けしないでください!」
先に歩き出した俺を見てか、俺の方へと駆け足で向かってくる。さっきは視界に入れるのが嫌とか言ってたのに、なんなんだよ。
「視界に入れるのが嫌なんなら、花宮が遠回りすればいいだろ?」
「……っ、そういう訳にはいきません」
花宮は負けず嫌いなのだろうか、俺に対抗心を向けながら俺の隣を歩き続ける。
……一緒に帰ることとなってしまった。
「……」
「……」
ただ、無言に歩き続ける。突き放そうと少し早歩きにするも、対抗しようと花宮もペースを速めて追いかけてくる。
そんな感じで、てくてくと歩き続けるにつれて、どんどんと嫌な予感が芽生え、強まっていく。
少しの辛抱だと思っていた時間が、結局自分の住むマンションまで続いた。そう、まさかのまさかに。
「……なぁ、花宮。もしかして、もしかしてなんだが、ここに住んでたりしないか?」
俺の考えが外れていることを願いながら、そう聞いてみる。
「……そう、ですが」
俺の発した言葉から花宮は何か悟ったのだろう、はあ、と隠す気がまるで感じられないため息を吐きながら一番望んでいない言葉が花宮から発せられた。
「…………そっ、か」
「……もしかして、先輩、も?」
「……あぁ」
「そう、ですか……」
交わした言葉は、そんな淡白なものだった。
多分、おそらく、おおかた……。
認めたくはないけど、俺の考えていることと花宮が考えていることは、このとき同じで心の声はシンクロしたのだと思う。
『『はぁぁぁあああああああああああああああああああ!?』』
住んでるマンションが同じってどういうことなんだよ!?
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