第7話 寝息を立てる悪魔
「ん…………」
……俺、いつの間にか寝てしまっていたのか。
重いまぶたを開いて、未だにぼやけて定まらない焦点を合わせようと、思うように動かない手で目をこする。
伸びをして、だんだんと意識を取り戻してふと違和感があることに気付く。
主に、左肩。
なぜだかそこだけやけに暖かく感じるし、それに少し右肩に比べて重たい気がする。嫌な予感がしてきて、不穏な空気が俺を包んでいる。
確認、してみるか。
自分の胸のざわつきを収めようと小さく深呼吸をすると、自分の予感が違っていることを願い、左肩の方に、ゆっくりと肩を向けようとする。
「すぅ……すぅ……すぅ……」
あ、あぁ……………。
俺の願いは虚しくも神様には届くことはなかったようだ。俺の横には、通称悪魔な天使が肩にもたれかかるようにして小さく寝息を立てていた。
「…………っ!」
って、やば……っ!
目が覚めたばかりで残っていた眠気を一気に吹き飛ばすように、俺の背筋はゾクッと凍っていく。
完全に頭から抜けていた。
みんなにとって、俺はどうでもいい存在、興味をもたれることなんて少ないだろう。
でも、隣にいるこいつは違う、真逆なんだ。行動一つ一つが注目される、人気な存在なんだ。
こんなところを他の人に見られてしまったら……
焦りと危機感と緊迫感が、俺の頭の中で混じる。そして、そう考えると咄嗟にバスの中を見回す。
「…………ふぅ」
だ、大丈夫、か?
見たところは俺の方を睨んできている人は見当たらず、ほとんどの人は後輩と楽しそうに話していたりと見つかってはいないようだった。
「……で、どうすればいいんだよ、これ」
小さくそう呟きながら、再び隣で俺の気も知らずにすやすやと幸せそうに眠っている彼女へと視線を向ける。
動かそうにも、動かしてしまうと俺の方へともたれかかっているために、動かすと彼女の身体に触らざるを得なくなる。……まぁ、故意ではないけど既に触れてしまっているが。
かといって、動かさずにこの状態を放置してしまうと他の人に気付かれてしまうかもしれないし、なにより彼女が目覚めてしまうかもしれない。
「ん……うぅ………」
ふと、寝息がつまる声がした。
やば、もしかして起きてしまう……っ!?
俺は、咄嗟に目をつぶって寝たふりをした。
……ば、ばれないよな……
目を閉じて視界を真っ暗にしたのが原因か、その分周りから聞こえる音や香りに対して敏感になっているような気がする。
さっきまではあまり意識してなかったが、俺の心臓はドキドキと素早い速さで鼓動している。
それに、焦りで気付かなかったが、彼女から出る女子特有の甘い香りが俺の鼻をくすぐっている。
「……へ、へ?……」
ふと、困惑に満ちた声が聞こえてきた。やはり、起きてしまったらしい。
「……っ」
ふと、身体が動かされる感覚がした。
その後、何分か経って、まるで今目が覚めたかのようにまぶたをゆっくりと開けると、目をこする。
「…………っ」
俺が目を開けたことに気付いたようで、咄嗟に彼女は視界を窓の外の流れていく景色へとそらしている。
この彼女は怒っているのか、はたまたこの状況に恥ずかしがっているのかは、顔の様子が見えないから分からない。
けれど、これだけは言える。
やっぱり、彼女は……悪魔だ……ッ!
大嫌いなはずなのに、関わりたくないはずなのに、こうも俺の心を振り回すのだから。
俺から大好きなツナマヨを奪っていったやつなのに……こいつとはもう話したくもないのに、俺はこいつにこう接せざるを得なくさせているのだから。
なんで、俺だけが寝たふりなんかしないといけないんだよ……っ!
なんて、そんなことを考えてしまったあまりに彼女の様子には気付けなかった。
透き通るようにきれいな髪にひっそりと隠れた小さな耳が、真っ赤に染まっていたということに。
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