第22話 水瀬家、悠翔の部屋

 風邪になった日の翌日の放課後の現在、俺は悠翔の住んでいるマンション前までむかっていた。


 なぜかと言うと、今日の一時間目前の朝の出来事が影響している。


 その朝、俺は大分症状も引いてきて学校へ一日ぶりに登校していた。とはいえ、『大分』は大分、に過ぎない。まだ少ししんどさはあったので、自分の席にずっと座っていた。


 ……あっ、いつもじゃないか、とかいう的確なツッコミはなしだぞ。精神的ダメージが大きすぎるから、俺死ぬぞ? 鬱になるぞ?


 ゴホンゴホン。話が途切れてしまった。


 まぁ、そんな風に席に座っていると、悠翔がいつものように話しかけてきたと思えば、「家こない?」なんてTHE、リア充発言をしてこの状況、というわけ。


 最初は断ろうと思ったのだが、悠翔の顔が弟のことについて聞いたときと同じような、いや、それに加えてなにか覚悟を決めたような目でそう言っていたから、流石に断れなかった。


「おっ、着いたぞ。ここだ」


 突然悠翔の足の進みが止まったかと思えば、そう声をかけてきた。


 どんな家なのだろう、と気になって顔を上げてみると、そこには見覚えのあるマンション。


 ここは確か、眼鏡を掛けた女性の指輪を探した場所だ。


「じゃっ、入るぞ」


「おぅ」


 そう端的に言葉を交えると、マンションの中へと移動。手慣れた様子で扉のロックを解除し、悠翔の住む部屋へとやって来た。


「じゃ、どうぞ。入って」


「お、おぅ……。お、おじゃましますっ」


 緊張してか、若干声が震える。


 多分親やあの弟がいるのだろうと思うと、コミュ障な俺がそうなるのは当然である。


「中、誰もいないけどな」


 声が返ってこないな、と不思議に思っていると、悠翔はニヤッと悪戯の成功した少年のような無邪気な笑みを浮かべながらそう言っていた。


「……まっ、知ってたよ」


 まるで知っていたかのようにそう言葉を発する。が、もちろん知るわけがない。ただの強がりだ。


「玄関で突っ立ってるのも何だし、俺の部屋で待っておいてくれ。扉の前に『悠翔』って書いてあるからわかるはずだ。自由にしてていいからな。俺はお菓子とか飲み物とか準備してくるから」


「ん、了解」


 靴を脱いで端に寄せると、悠翔の言うとおり『悠翔』と書かれたドアプレートがかかった扉に入った。


「おぉ……」


 気付けば、声がもれていた。


 知り合いや友達の部屋に行く。それは陽キャだけの特権だと思っていて憧れはあったが今まで一度も行ったことがなかった。


 そういった事があってか、悠翔という友達……知り合いの部屋を見て俺は思わず笑みを零していた。


 ベッドに机に本棚にクローゼット。部屋に置いているものはだいたいが俺と似たような物な筈なのに、雰囲気は全く違っている。


 生活感の漂っているその部屋は、俺の知らない別の人性を物語っている。


 俺は、悠翔が来るまでの時間、その部屋に置いてあるものを見て見て回ることにした。


 木製の小物入れに、ピースしている男女の写真。この男女は片方が悠翔、で、もう片方は誰なんだろう? 何処かで、見たことがある気がする。


 あと、銀色に輝く『Haruto』とローマ字表記で彫られた指輪。


「……えっ、これって……」


 この指輪、前に眼鏡を掛けた女性が探していた指輪だ。掘られている文字を除いて、それ以外の特徴全てが一致している。


 そういえば、前にあの女性が洗濯していたときに落としたと言っていたとき、この部屋付近を見ていたような。


 でも、悠翔には妹はいないらしいし。まさか、弟の時もそうだったように、妹の存在も秘密にしているとか?


「……あっ、それか?」


「うぉ!?」


 肩がビクッと震える。後ろを恐る恐る振り向くと、お菓子やらジュースを持った悠翔が。


「……まったく。後ろから急に話しかけないでくれないか。寿命が縮む」


「ははっ、ごめんごめん。それはね、ペアリングなんだ」


 某夢の国出身のネズミのような笑い方をしたあと謝りながら、説明を始める。


 ペア……やっぱり。

 もしかして、あの眼鏡をかけていた女性と悠翔は恋人か、何かなんだろうか?


「ちなみに、片方の指輪は悠羽が持っているんだ」


 ……え?

 

 指輪を見るために下げていた頭をバッと勢いよく上げ、目を大きく見開く。


 今、俺は何かを聞き間違えてしまったのだろうか。それとも、俺の考えがどこか間違ってしまっているのだろうか。いや、でも確かに悠翔は悠羽のことを兄弟……つまり、弟と言っていたし、そうなんだろう。


 じゃあ、悠翔が言ったことと、俺の考えがかみ合ってないと感じたのは気のせい?


 俺は、自分の知っていることと悠翔の知る真実がかみ合っていないこの現状に、ただ混乱し立ち尽くすことしか出来なかった。

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