第23話 俺が決めた答え
「なぁ、一旦座らないか?」
どうしてなのかと困惑して固まっていると、悠翔のそんな言葉が聞こえてきた。
「……あぁ、そうだな」
どう考えたって、答えにたどり着く確率なんて皆無に等しい。それに、悠翔が覚悟を決めたような顔をして自分の部屋に俺を呼んだということは……。
考えを頭の隅に一旦おいておき、俺と悠翔は床のクッションに座る。そして、悠翔も同じくクッションに座ったのを確認すると、俺は口を開く。
「……で、どうして俺を呼んだんだ?」
やはり、何かしら理由はあるようだ。少し躊躇ったような顔をすると、
「……と、とりあえず、お菓子食べよう!」
無理やり話の話題を変えたかと思うと、机の真ん中にさきほど悠翔が持ってきたお菓子箱を置き、そこへと手を伸ばしてわざとらしくお菓子を大きな音を立てながら食べ始める。
「…………」
それなりの覚悟を持ってきてしても、やはり言いづらいものは言いづらいのだろうか。
俺は仕方なく、お菓子箱へと手を伸ばし、悠翔が自ら話し始めるのを待つことにした。
パリポリ、とお菓子の食べる音だけが、この部屋に小さく響いている。
「……あの、春留」
「……なんだ?」
いつもは話すときに目を合わせている悠翔が、今は目をどこかに逸らしながら俺の名前を小さく発する。
「実は、な……俺と悠羽、本当の兄弟じゃないんだ。」
ごくっ……と、俺はつばを飲む。そして、悠翔は話を続ける。
「それで、な。春留とは違う中学校だったから知らないと思うけどさ。同じクラスメイトだったんだよ」
悠翔の言っていること。
それはまるで、どこかのラブコメラノベの世界。だけど、今悠翔の見せているその悲しそうな目は、今にも泣き出してしまいそうな顔は、どうみても現実そのもの。
俺は、そんな悠翔に声一つ掛けることができなかった。そんな俺が憎かった。
「……それが、崩壊の始まり。」
「……ほう、かい……?」
「ああ。自分で言うのも何だけどさ、僕、それなりにはモテたんだよ? でも、その時の僕は恋愛する気なくてさ。告白とかも全部断ってたんだ。……それで、俺と悠羽が兄弟になるとクラスメイトが知ったとき、悠羽と仲良くなろうとする人が急に増えた。悠羽は、優しすぎるんだ。自分の身の回りの人は、自分を犠牲にしてでも守ろうとする。だからこの時も、僕目当てで近寄ってきていた人たちとは、一切関わろうとしなかったんだ。それをよく思わない人たちがいてさ……悠羽は、イジメを受けた。いや、受けさせてしまったんだ……僕が、僕のせいで」
悠翔は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
その話を聞き終わって、ふと疑問を覚える。
「……でも、今。悠翔の弟さんって普通に学校も行ってるし、話せてるよな。どういうことなんだ?」
そう、花宮の彼氏はもうすでに馴染めているようだった。花宮ともそんな過去があったとは思えないくらいに普通に話せているし。
「あぁ、それはな……。天使が……花宮さんが、不登校になってしまった悠羽を学校へと連れ戻してくれたんだ。だけど、それは完全に、って訳ではなくてな。僕や天使にしか心を開いていないようなんだ。」
そういえば……。
思えばそうだった。花宮とよく話しているとは感じていたが、よくよく考えてみれば、花宮としか話しているのを見たことがない。
あの時……図書館で話した時に覚えた違和感は……悠翔の弟があの時に見せた怯えるような目は……そういうことがあってのことだったのか。
「それに……多分春留は誤解していると思う……。これ、見てくれ」
そう言って腰を上げて座っていたクッションから立ち上がると、さきほど見た、ピースしている悠翔と女子の写る写真を手に持って俺の方へと向けてくる。
「あぁ、それ、がどうかしたのか? もう一人って、……悠翔の彼女?」
「いや……悠羽なんだ」
俺の思考は、考えることを停止する。
「……は?」
そして、長い沈黙の末に俺から出た言葉は、そんなものだった。
「不完全に元に戻ったってさっき言ったよな……。それは、僕や天使にしか心を開かなかったと言ったが、本当はそれだけじゃないんだ。悠羽は、自分を隠すために男装をするようになった。悠羽は、女子なんだ」
ただ、悠翔を見つめることくらいしかできない。いや、それどころか、悠翔の顔を見ることすらもできない。
どういうこと、だ……。俺の知っていることと悠翔の言っていることが噛みあっていなかったのは、そういうこと、なのか。
じゃあ、俺はほとんどのことを誤解してしまっていたことになる。花宮の彼氏とばかり思っていたのだって違うということか。そして、別人物と考えていた眼鏡を掛けた女性と悠翔の義妹は同一人物ってこと、だよな……。
なんでこんなにも、俺の周りの関係は複雑なんだよ……。
「お願い、だ。……春留、できればでいい。嫌なら、断ってくれてもいい。頼む、心を閉ざしてしまった……隠してしまった悠羽を救ってくれないか?」
感情を押し殺すようにして、悠翔は頭を下げながらそう願う。
答えなんて考える意味もない。最初から、答えるべき言葉はもうとっくに決まっている。
「…いや、やっぱ大丈夫。忘れてくれ……」
長く続いた沈黙を、悠翔は拒否と解釈したようだ。涙声になりながら、そう言う。
そんな悠翔の顔を見せられて、断る人などどこにいるのだろうか。そんな壮絶な過去を知って、平静な状態でいられる人などどこにいるのだろうか。天使なら別かもしれない。けれど、知り合いの頼みとあらば別物。
できるかどうかは分からない。俺の力では無理なのかもしれない。けれど、俺だってほんの少しくらいなら力になれるはずだ。
だから、そう。言うべき答えはもう決まっている。
「……なに、すればいい?」
「…………え?」
「だから、何すればいいんだ? 俺なんかじゃ悠翔の力になれるかどうかは分からないけどさ。ま、できるだけ頑張ってみるよ」
「……あり、がとう……っ!」
俺の出した答えを聞くと、悠翔はパァッとまぶしいくらいに輝く笑顔を顔に浮かべながら、少ししゃがれ気味な声で俺に感謝を伝えた。
なんだか真っ直ぐに感謝を伝えられたことなんて無かった俺にとって、その言葉は照れくさくて、顔を赤らめながら目を背けた。
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