第24話 花宮にしかできないことなんだ!

「でも、どうすればいいんだ? 俺一人では、どうしようもないぞ」


「まあ、だね」


 それだけじゃないんだけどな、と俺は心の中で付け加える。


 これは、そんなに単純な問題ではない。じゃあもし悠翔のおとう……じゃなかった。義妹が心を開くようになったとしよう。


 でも、それだけで解決はしない、終わらないのだ。それもそのはず、悠翔は心を閉ざしたのは自分のせいだと考えているから。それは例え解決しても同じこと。いつまでも責任を感じてしまうことになるだろう。


 根本から解決するとなると、かなり方法も限られてくる。


「……なあ、悠翔。これって、結果的に悠翔の義妹が男装をやめてくれればいいってことか?」


「まぁ、そういうことになるね。でも、別に男装はやめなくてもいいと思う。ただ、自分を閉ざすことを理由とした男装はやめてほしいってだけで」


 つまり、趣味の範囲でなら男装してもしなくてもいいってことか。でも悠翔の義妹の場合、男装の状態で心を開いてもらったって、それは男装という自分を守る手段があるからってだけ……だよな。


 つまり、そんな方法ではなにも変わらない。となると、悠翔の義妹……悠羽の、『自分の良さ』を知ってもらえば、自分を見つけるきっかけさえ作ることが出来れば、なんとかなるのかもしれない。でも、それをするにはどうやって?


 初めから心を開いている相手が必要ってことか……。じゃあ、それは誰?


「それは、悠翔、か」


「ん、なに?」


 急に自分の名前が聞こえたことに疑問を覚えたのか、首を傾げながらそう尋ねてくる。


「いや、なんでもない」


 ……でも、本当にできるのか?

 いつもの悠翔なら即決で任せただろう。けれど、自分を責めている今の悠翔にそれができるとは思えない。


 もう一人……もう一人、義妹が心を開いている人を知っているには知っているんだが。でも、そいつには助けを求めたくないんだよな。


「……どうすれば」


 悠翔は、闇に沈んでしまったかのように暗い顔をしながら、吐き捨てるようにそう呟く。


「……それしか、方法は無いか」


 今だけ……今だけ。


 俺の私情でこの問題を未解決なまま放っておくのは寝覚めが悪い。多分、俺の願いなら断ってしまうだろう。けれど、それくらいしか方法がないというのなら、そこの願いの綱を繋げるしかない。


 ほんの少し存在している、悠翔の義妹に対しては花が咲くような、そんな笑顔を見せたあの時の花宮に、その小さな可能性に、望みを繋ぐしかない。


「……俺に考えがある」


「本当か? それは、どういう……」


「伝えるのは後。ちょっとだけ待っててくれないか。成功する可能性は低いが、もし上手くいけば話すよ」


「……分かった」


 悠翔はこくりと頷きながらそう答える。


 ……それにしても、俺も堕ちたものだ。無駄なことはしない主義だってのに。可能性の低い挑戦なんてしないと決めているはずなのに、な。


 俺は心の中でそう付け加えると、悠翔の部屋から飛び出し、俺の住んでいるマンションの上の階……花宮の暮らしている部屋へと足を進めた。







「……ふぅ」


 息を整えて胸に手を当てる。


 心臓はバクバクと音を立てている。それは、さっきまで走ったからという理由はあるだろうが、決してそれだけではないのだろう。


 一息ついて自分を落ち着かせると、インターホンに手を伸ばす。


 そして、カチャと扉が音を立てたかと思うと、ぶかぶかとした緩い私服姿の花宮が姿を現す。


「……なんですか。お礼なら結構です。すぐに帰ってくだ……」


 花宮は訪ねてきたのが俺だと分かると、そう言いながら扉を閉めようとした。


 ……予想通り。多分、このチャンスを逃したら終わり。鍵を閉められたりチェーンを掛けられたりして警戒心が強くなってしまうに違いない。


 だから、このチャンスを掴むしかない。


 俺は扉に手を掛け、靴を閉じかけている扉の隙間に挟む。


「ちょ……ちょっと!? やめてください!」


「い、今だけでいい、願いを聞いてくれ!」


「はっ? なんで先輩の頼みを聞いてあげないといけないんですか? お断りです!」


「俺も花宮なんかに頼みたくはない! けれど、今頼れるのは花宮しかいないんだよ!」


「……っ!? そ、そんなこと言っても騙されませんから!」


 こじ開けようとしてもびくともしなかったはずなのに、少し花宮の入れる力が緩んだのか、扉がこちらへと傾く。


 その隙をついて、靴をさらに扉の隙間へと深く挟む。


「……お願いだ、花宮。お前の友達のためだから!」


 自分らしくないことは、自分でも分かっている。熱血なんて、そんなの俺がするような事じゃない。


「……私の、友達のため?」


「あぁ、花宮のためだというのなら俺もこんなことしない。それに、花宮のために花宮の友達を助けている訳じゃない。悠翔のために、やっているんだ」


「……どういう事、ですか」


 そう聞いてはいるが、それほど不思議そうにはしていない。多分、俺の言いたいことが分かっている。それを、確認しようとしているんだ。


「花宮ならわかるだろ。」


「……ということは、聞いたんですね」


「あぁ。……正直、花宮に頼むのは癪だ。けれど、これは俺だけではできないことなんだ。花宮の力が必要なんだ」


「……先輩の頼みごとなんて、了承したくありません」


 無理、か……。


 でも、それは当たり前の事だ。嫌いな奴の事を助けようとする人なんていると思うか? いや、いるわけがないんだ。それがたとえどんな願いであろうと。


「……けれど。けれど、私の友達が……悠羽が少しでも助かるなら、笑顔になってくれるなら我慢することにします」


 力が、一瞬入らなくなった。


 その花宮の言葉を理解するのに時間がかかってしまった。


 ……分かりにくいんだよ、花宮は。


 ……でも、良かったぁぁ……っ!


 俺は安心からか心の中で深くため息をつくと、ドッと力が抜けてマンションの床へもたれかかった。

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