第21話 花宮彼氏の乱入

「……やっぱ、不味かった」


 食べた瞬間はなんだか美味しいのかもとか考えていたけど、いつもの状態に戻ってみればただのお粥。不味いだけのお粥。


 なんで、こんなので美味しいとか思ってしまったのだろう。


 過去の俺を思い出してそんなことを考えてしまっていたことに後悔していると、ガチャっと扉の開く音が聞こえてくる。


「……起きたんですか、先輩。ってか、食べたんですか、お粥」


 花宮、いたのか。今日は平日だしてっきり学校に行っているものだとばかり思っていたんだが。


「あぁ、不味かったよ」


「はぁ? 少なくとも、先輩のよりはおいし……」


「……でも、ありがと、な」


 せめて、この時だけはお礼を言っておくべきだと思って俺はお礼を述べる。それに、とりあえずお礼を言っておけば、俺が今後花宮と対立しているときに立場的に下にならずに済む。


 そう、だからお礼をしただけであって、決して感謝などしていないのだ。


「……っ!?」


 花宮は驚いたかのように目を大きく見開くと、少し顔を赤らめる。なんだおい、俺の熱がうつっちまったのか。


 はっ、ざまぁみろっ。


 そう言葉を吐いて、俺の事は知らないふりをする。俺の顔まで赤くなっていることは自分でもわかっているが、それを熱のせいだと決めつけて。


「いや、それは……先輩が私の前で倒れちゃったからじゃないですか。それに、風邪を引いたのって先輩が勝手に傘を放り投げたからですよね。確実に先輩のせいです!」


「…………っ」


「……先輩のせいです、が。私にもほんのちょっと責任はあると思ったので。でも、ほんのちょっとってだけですから」


 顔を背けながら責任を感じているとは思えない口調でそう言ってくる。いや、別にこいつに責任を感じろだなんて求めてないけど。


「ってか、いつまでいるつもりですか」


「……すぐ出ていく」


 そういえば忘れていた。なんで嫌いな奴に助けられないといけないんだよ。今すぐにでも帰ってやるよ。はいはい、帰ればいいん……


「ゴホッ……ゴホッ……」


 やっぱり、つ、辛い……。

 自分の身体が、まるで自分の身体でなくなってしまったかのように動かない。


「……あと、ちょっとだけですから。少し休んだらすぐ帰ってくださいよ」


 花宮が何やらぼそぼそと呟いている。


 ピーンポーン……


 シーンとした静かな空間に、ふと、インターホンの鳴る音がする。


「あっ、はーい」


 花宮は大きく掛け声をすると、「絶対においてある物に触れないでくださいね」と俺に向かって強く言いつけて玄関方面へと向かう。


「って、悠羽ちゃん!?」


 扉を遮って向こう側。そんな声が聞こえてきた。


「……これは死んだな、俺」


 この場は危機感と焦燥感で包まれている。いや、俺からだだもれな危機感と焦燥感がこの場を包んでいるといった方が正しい。


 どこからどう見ても、この状況は完璧にまずい。


 なにより、花宮の彼氏とはきちんと約束をしている。花宮とこれ以上関わらないと言ってしまっている。すると、今俺がやっていることが偶然であったとしても、客観的に見ればどうみても約束を破ってしまっていることになる。


 それに、花宮は敵。さらに誤解を増やされそうで怖い。


「……どうするどうするどうする」


 逃げようにも動けない。あっ、詰んだ。


 こうなったら選択肢は一つ。


 ……寝よう。

 そう決めると、布団にもぐる。


「ちょ……ちょっと!?」


 布団のせいか、扉の向こうで聞こえてくる花宮と花宮彼氏の声が籠もって聞こえる。


「若ちゃん、若ちゃんって体調不良なんでしょ? 寝てないとだよ?」


 そんな言葉が聞こえた。花宮、学校側には体調不良と伝えているのか。そうか、だから今花宮の彼氏が心配して訪問しにここに来たってわけか。


 そして、そう考えを巡らせていた直後、がちゃっと扉の開く音ときしむ音が聞こえる。


「はやくベッドに……って、えっ、誰!? ベッドで寝ているのって誰!?」


「あ、あぁ……」


 布団の膨らみを見て驚き叫ぶ声と落胆したような声。それを聞いているといかにも修羅場。まっ、原因は完全に俺なんだけど。


 って、あれ? 足音がこっちに向かってきている気がするんですけど!?


「あっ、あの……!」


「若ちゃん、何? これは誰なの?」


「それは、その……。」


 花宮が躊躇うように話しているのを見て、彼氏は俺がもぐっている布団をバッと取り上げる。


「って、変態の先輩!? ……何があったの、若ちゃん」


 多分、目をつぶった俺の顔を見てそう叫ぶ……も、俺の額に付けられた冷却シートか何かを見て俺の状態を察したようで、花宮にそう聞いていく。


「それは、その、昨日、こいつが勝手に傘を投げ捨てたの。それで、勝手に風邪を引いただけよ」


 花宮はさっきまで俺と話していたから、俺が寝たふりをしていることを知っている。その事実が影響してか、花宮の話し方には少しとげがあるような。


「ふーん……。」


 花宮彼氏は俺の事を変態とか言っているし、多少偏見は持っているんだろう。だが、花宮彼氏と俺は敵という間柄とはちょっと違ったことが関係してか、花宮の言葉の裏にあることを上手くくみ取ってくれたらしい。


「なんとなくの事情は分かった。…………本当に、この先輩は何を考えているの? 媚びている、という訳でもないようだし。でも、今回ばかりは感謝しないとね…………」


「……ん、なにか言った? ごめん、聞いてなかった」


「いや、なんでもないよ。まっ、若ちゃんは無事でなによりだよ。良かった」


 そんな話をしている間、俺はただ無になることだけを考えながら目をつぶって息を潜めていたのだった。



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