第20話 冷えたお粥

「……へっくしゅん!」


 翌日の朝。


 ズズーッと鼻をすすりながら、だるい身体を起こす。


 視界が、ぼんやりとしている。


 それは多分、寝起きだからというのはあるが、決してそれだけじゃないのだろう。


 いつもと比べればそれは丸わかり。ただぼんやりとしているのではなく、今日のはクラーっとしているというか、どちらかというと目眩だ。


 それに、身体も熱を帯びているような気がするし、倦怠感も感じる。


「……どうする……っかな」


 学校、行くべきか、行かないべきか。


 じゃ、行くときの場合を考えてみよう、うんめんどい。大変。疲れる。嫌。


 じゃ、行かないときの場合はどうなのだろうか。理由は風邪……というか体調不良。じゃ、なぜ体調不良に? 原因は花宮に傘を貸したから、だよな。


 つまり休んだら、花宮のせいで休んじまったってこと、だよな。花宮に負けを認めるってことだよな。


「よし行こう」


 そう決断すると、俺はベッドから立ち上がる。


「……おっと」


 立ちくらみ……か。


 その後、いつものように用意を済ませ、部屋を出る。


「……やべぇ、きっつい……」


 寝ていたときはまだましだった。でも、動けば動くほど目眩も倦怠感もしんどさも増していっている。壁にもたれかかりながら、ゆっくりとエレベーターの方へと向かう。


「……あっ、あの」


 なんとか目眩を堪えようと下を向きながら歩いていると、キーンと耳鳴りのする声が聞こえてきた。


 花宮だった。右手には俺のであろうビニール傘を持っている。


 そうか、俺の傘を返しに来たのか。


「…………っ」


 ってか、めまいが……

 どんどんと酷くなっていく……


 ぎりぎり耐えられたのはさっきまで。もうすでに、目の前の景色に1ミリすらも焦点が合わなくなっている。


「えっ、だ、だいじょ……」


 花宮の戸惑う声がうっすらとだが聞こえてくる。


 やべぇ、もう、無理……

 耐えられない……っ


 もう、立っていることすらままならない。意識を保つことすら、できない。


「……だ、大丈夫ですか!? せんぱ……」


 その言葉の最後を聞くことなく、俺の意識は途切れた。









「……うっ……んん……」


 目が覚めると、俺はどこか知らない天井を見ていた。


 もしかして、死んじゃった? 異世界に転生しちゃった? ……なわけないか。


 って、この天井はどこかで見たことがあるんだが。でも、俺の部屋の天井とはどこか違うような気も。


 あぁそうか、と理解する。天井は全く同じなんだが、周りに漂う香りとか雰囲気が違うのか。


「って、ここどこ!?」


 ジェット機レベルに素早い勢いでバッとベッドから起き上がる。同じ部屋なはずなのに、雰囲気は俺の部屋とどこか違っている。


 部屋にあるのは汚れのない白色のベッド、本がぎっしりと詰められた棚、ノートやプリントが並べられた机など、生活や勉強に必要なものは全てがきれいに整頓された状態で揃っている。


 とはいえ、部屋の構造が似ているからか、配置も少し同じようで、ちょっとした親戚のような安心感もある。


 「ゴホッ……ゴホッ……」


 手を口の前に当てて咳をする。


 まだ体調は優れないようだ。とはいえ、あの目眩やしんどさに比べれば大分症状が軽くなっている。


 ……というか、話が変わるが、だいたい予想が付いてしまうのはなぜなのだろうか。だが、ここが誰の部屋だと分かっていても、汚したり叫んだりする気にはなれない。


 ……あっ、最初に叫んだのは、とにかく撤回ってことで。


 まぁそう、立場的にも圧倒的に下なのは、俺なんだ。



 ……本当に俺、何やってんだろう。



 あいつは確かに最悪……災厄だ。年上に対してまったく礼儀のなっていないやつ。


 ……あぁ、あいつのことを考えるとまたむしゃくしゃしてくる。まるで、俺が俺でなくなってしまったような。


 自分の言っていることとやっていることが噛み合わなくなっている気がする。何が本当で何が嘘なのか、判別できなくなっている気がする。


「……っ」


 ……だから、やっぱり。

 俺の言っていることとやっていることが噛み合わない。


 ベッドの横、サイドボードの上にはお粥があった。


「……なんで、敵に親切にすんだよ」


 そう吐き捨てるように呟くと、そのお粥へと手を伸ばす。


 それでもやっぱり、あいつは負けず嫌いのよう。このお粥には、一切の具が入っていなかった。つまり、簡単に言えば水で煮ただけのただのご飯。無駄なところで意地になんなよな。


「…………この、意地っ張りが」


 そのお粥は、冷え切っていた。こんなところでも、ムキになっているのか。


 でも、それでも。


「美味、い……」


 そのお粥は冷めていたけれど、味もなかったけれど。


 心は少し温まっていくのを感じて。美味しかったように感じて。


「…………っ」


 あの花宮……いや、悪魔はいつも偽物ばかりを見せている最低野郎だ。けれど、このお粥だけは、本物だったような、そんな気がしていた。


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