第2話 俺はいわゆる

「はぁ……」


 一人、ざわざわと賑やかな教室の端で、何か大事でもあったかのようなため息をはく。


 それの原因はもちろん昨日の休日、コンビニであったツナマヨ口論のことだ。


 あのあと、結局は違うコンビニに行ったものの、そこでもツナマヨは売り切れていたので仕方なくパンを食べることとなってしまっていた。


 それが理由となってか、心も身体もなんだか重く感じる。とんでもなく憂鬱で、それを今でも引きずっているという訳だ。


「よっ、おはよっ。どした?」


 ふと、相変わらずの透き通っていて少し色気の混じった声が聞こえてくる。


 その声に反応して、俺は机にベタッとくっつけていた顔をあげる。


「……ん、おはよ」


「いつも元気ないけど、今はもう死んだような目をしてるぞ?」


 目の前のやつは、手をパッと小さく上げながら、俺に向かってニカッと爽やかな笑みを向ける。


 こいつは水瀬悠翔。


 俺の数少ない友達……いや、知り合いだ。


 学校指定の白シャツですらまるで最先端のファッションのように上手く着こなすことのできるスラッとした体型に、茶色がかっているのに下品さの一切感じない髪、整っていて顔立ちのはっきりした顔。


 そんな外見や、話を盛り上げられる話術もあってか、こいつはいわゆる陽キャラの中の陽キャラに属する人間だ。


「……悪かったな、死んだような目で」


「いや、別に悪くはないけどさ。なんかあったのか?」


「ん。まぁ、昨日に最悪な出来事があったんだよ」


「最悪な出来事……、それは、聞いてもオッケーなやつ?」


 さすが陽キャラというべきか。俺の言葉に対して勝手に深く踏み込もうとせず、きちんと距離感というものはきっちりとしている。


「あぁ、まぁ。昨日ツナマヨが食べられなかった。」


「……最悪か、それ? 春留は本当にツナマヨ好きだよな。ツナマヨは確かに美味しいし好きだけどさ、そこまでではないな」


「いや、最悪、もう本当に。死んで消えてしまいたいレベル」


「うわぁ……きっつ。さすがにひくレベルだぞ?」


 手で俺から距離をとる動作をする。


 ただ、それは実際に距離は置いておらず、きちんとそれが冗談であることが見て窺える。


 こんな俺の自己中な返答でも絶妙に冗談も混ぜながら返すことができるってのは、すごいとしか言いようがない。


 大抵のやつなら、近づくことすらしようとしないし、俺に話そうとした奴ですらすぐに会話を切って離れようとするし。



 ……どうせ、俺はコミュ障ですよ。



 どう返答すればいいのかがよく分からないし、どうしても人と距離を取ってしまうし。


 それでもずっと絡んできたのが、こいつ。


 もううざいほどに構ってくるもので……俺はギブアップする他なかった。

 

「……あっ、そういえば知ってるか?」


 突如何かを思い出したかのように、何の前触れもなく話しかけてきた。


「ん、んー……知らん」


 俺はツナマヨ論争で負った傷を癒すためにこの高校の売店にあるツナマヨを占領する作戦を考えているから、それに無関係な情報など今必要ない物だ。

 もし聞くとしても、後だな。


「……おい、少しは興味を持て」


「……はいはい、何だ?」


 まぁ、一応はともだ……じゃない、話し相手の頼みだ。別に聞かない理由はないし、聞いてやらんこともない、かな。


「おぉ……やけに素直だな。あっ、そうそう。知ってるか? 僕たちの一つ下……つまり、一年生に天使と謳われる美少女がいるってこと」


「……さぁ、俺は真面目なもんでロリコンなどという趣味はないからな」


 そういう系かと、がっかりしながらそう言う。聞いて損したかも。


「だから、勝手にロリコンにするなって。それにしても、本当に知らんのか? 学校じゃ知らない人などいらないというのに……」


 天使……うん、全然聞いたことがない。


 って、ん……?

 今、学校で知らない人などいないとか言わなかったか?

 ってことは、俺をどんだけ知識が疎いやつと思ってんだよ。


 ……いや、まぁ知らなかったけどさ。

 ……し、知らなかったけどさ!


「で、それがどうした?」


 それは、この話を勝手に始められてから気になっていたことだった。

 俺を馬鹿にするためだけに、この話を始めたわけではなかろうし。


「ん? あっ、そうそう。それで、一週間後に一年と僕たち二年で交流会があるんだってさ。それで、去年と同じようにペア制度らしくて、誰が天使と一緒になれるかで、今盛り上がっているらしいぞ。」


「ふーん、それで?」


 別に天使という人は知らないし興味がないといえば嘘になるが、とても、というほどでもない。そう考えてから、こいつの発言に軽く流すように答える。


「……ふーんって。少しくらいは気にならないのか?」


「いや? どこに気になる要素が?」


「はぁ、まったく人に無関心なやつだな。でも、春留が気になると思った理由は他にある。これは噂なんだが、その天使も春留と同じくツナマヨが好きなんだってさ」


「……ん?」


 ツナ、マヨ……?


 ……いや、そんなわけないか。あんなやつが天使とよばれるはずがないよな。


 なぜ思い浮かべてしまったのかは分からない。けれどふと、天使とツナマヨというフレーズから、気付くとその人のことを思い浮かていた。


 あの、うざいやつのことを。


 でも、ほぼ確実に違うだろう。あいつは容姿がすごいいいというだけで、性格はまるで真反対の悪魔のように親切心とか年上に対する敬いの心がないような奴だ。


 天使と呼ばれるからには、性格も天使のようにすべてに対して平等に接するような優しいやつなんだろう。だから、ありえないのだ。絶対に。


「おっ、やっと興味を持ったか?」


 俺が反応したことに気付いたのか、ふと小さく笑みを浮かべながらそう聞いてくる。


「ちょっとだけ、な」


 自分自身にも言い聞かせるようにそう言うと、俺は再び机に頭を寝かせた。


 まだ見ぬ、天使と謳われる人のことを頭の片隅に置いて。



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