天使と謳われる美少女後輩が、陰キャでコミュ障な俺に構うワケ
一葉
第一章 真実と虚偽
第1話 ツナマヨ論争
冴えない男子高校生な俺こと桜庭春留は、トントントン、と目的の物まで一直線に足を動かす。
ツナマヨおにぎり……ツナマヨおにぎりは……っと。
そして、レジを横切って入口から直線上に設置されてある保冷棚へと目を向ける。
そこには、梅おにぎりや塩おにぎりなどお馴染みのものから、卵かけご飯風おにぎりのように少し変わり種な物までいろいろと配置されている。
そして、その中には自分の目的であるツナマヨおにぎりも。
「おっ、あと一つなのか。危なかった……」
やはりツナマヨは人気高いらしいようで、残り一つだけがポツンと置かれていた。
ホッと安心して一息つくと、ツナマヨに手を伸ばす。
「「……あっ」」
すると、手はツナマヨに向けられていたはずなのに、誰かの手が触れた。
えっ、手……?
少し危機感を覚える。
手が触れる……それはつまり、同じくこの残り一つとなったツナマヨを求めている人がいるということだから。
同じく手を伸ばしていた方の人物へと視線を傾ける。
その視線の先には、中学生くらいの容姿をした一人の女子がいた。
パッチリと大きな二重の目、スッと通った鼻筋、しなやかさと華奢さを持ち合わせた体型。
さらに、透き通ったセミロングの髪型は、顔立ちの美しさや骨格の華奢さをさらに際立たせている。
その姿は、まるで天使と呼んでも決して大げさとは言えない。自分自身が見た中では、群を抜いてナンバーワンに美少女と断言できる。
ただ、そんな美少女が相手であろうと、このツナマヨだけは譲れない。
どうにかして、譲ってもらわねば……!
「あの、すいません」
考えがまとまらず、どうしようかと頭を回らせていると、鈴の音のように澄んだ声が聞こえてくる。
「……あっ、す、すまん」
「……いえ、問題ないです。それでなんですが、ツナマヨを譲っては頂けませんか?」
この美少女から発せられた言葉は、今一番聞きたくなかったフレーズだった。
もしかしたら、なんとなくでツナマヨを選んだのでは? という淡い期待はあっけなく崩される。
「……それはちょっと……」
「そう、ですか……。でも、私はツナマヨじゃないといけないのです。どうにか、お願いします」
……やはり、この美少女も超絶的なツナマヨ派らしい。
譲ってあげたくなるような容姿ではある。けれど、それでも俺はツナマヨ一筋なんだ。
「俺だって、同じ、だ。あつかましいとは思うが、……君のほうが譲ってくれないか?」
普段あまり人と話さないことが原因になってだろう。話し方がどこかぎこちなくなってしまう。
それにしても、この美少女は何か気に触ったようで、不快そうな顔をし始める。
「……はぁ、私の方が先にツナマヨを取ろうとしましたよね? それなら、私が先では無いのですか?」
口調は一切変わっていない。けれど、彼女から滲み出ている威圧感はさきほどよりも断然増していた。
それはまるで、天使が堕ちて悪魔になった瞬間だ。
「……いやいや、俺のほうが先だったぞ? だから、これは俺のだ」
ツナマヨのため、俺はそう答える。譲る可能性など決して考えちゃいない。
「そんなことはありません、私のですから。それに、私は年下ですよ? 年上は年下に優しくするというのが常識なのでは?」
俺の着ている白シャツに付けられた校章にチラッと目を向けると、彼女はニヤッと不敵な笑みを浮かべながらそう尋ねてくる。
うっ……ここにきて年の差を利用しにきたのか。それなら、目には目を、歯には歯を。
年の差で勝負するならこちらも年の差だ!
「いや、年下だからこそ譲るべきだ。年上を敬うということは、当たり前のことだ」
「くっ……」
自分自身、周りから見ればしょうもない争いにみえてしまうことは分かっている。
それでも、俺は負けを認めない。これは、俺達にとって戦争だ。互いに好きなもののために争っている。
そして再び、どうすれば相手に負けを認めさせるかを考える。おそらくだが、相手も同じように。
「あっ店員さん……」
「はい、なんでしょう?」
「あの……」
激しい睨みあい、そして沈黙が続いていたこの戦場。
その沈黙を破るように、どこからか店員の声とおばあさんの声が聞こえてくる。
「何をお探しですか?」
「そのー、ツナマヨおにぎりを探しているのだけど……」
「「…………」」
おそらく、その会話を美少女も聞いていたのだろう。彼女は隣で、なんだか残念そうな顔をしていた。
……俺も、同じく……
どんなにツナマヨ一筋であっても、おばあさんに譲るか譲らないかとなると、そんなことは関係ない。
どうしても、譲らざるを得ない状況へと変化していった。
さすがに美少女もこの状況は理解しているようで、はぁ、と小さくため息をはいたかと思うと……
「…………帰り、ましょ」
「…………そう、だな」
おばあさんの何気ない声によって、俺と美少女の口論戦争はあっけなく幕を閉じた。
肩を落としながらコンビニの自動ドアをゆっくりと通る。
「……あなたが譲るのが遅いから、こんなことになったのよ……」
「……いや、それは君の方だろ……」
どうせ、こんなことを言ったってなにも変わりはしない。それは、彼女も分かっていることだろう。俺自身も、よく理解している。
けれど。虚しいけれど、なんだかそう言いたくなって。
俺達のこの怒りや悲しみ、虚しさが混じったようなその思いは、誰にも知れわたることなく風に流されるようにして、どこかへ消えていった。
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