第3話 文学女子とお弁当

 午前の授業が終わり昼休みを知らせるチャイムが鳴った。


 それに合わせて、先生は号令の合図を掛ける。俺がいつものように皆の声に合わせて口パクをして小さくお辞儀をしていると、さっきの静寂な場は、ガヤガヤと騒がしい雰囲気へ一変する。


 ある人は友達らしき人と話しながら食堂に向かったり、ある人は一緒に食べよとクラスメイトに声をかける。


 そしてまたある人は、売店で事前に買っておいたツナマヨおにぎりと持参した本を片手に、真っ先に教室を出る。


 ……まぁ、それは俺くらいか。


「……おっ、良かった。空いてる空いてる」


 数分間、廊下を歩いて少し外へ出るとそこへ辿り着く。

 真っ先に来たから空いているのは当然だが、昨日のことがあってかホッと安心する。


 俺が来ていたのは、校舎の裏側にあるひっそりとした小さな空間だ。眠気を誘う気持ちのいい風が吹き、ここがあまり知られていないのか、結構静か。


 絶好の昼食ポイントだ。


「よいしょ……っと」


 ポツンと置かれた古びた木製のベンチに腰を下ろし、持ってきたツナマヨを取り出す。


「いただきます……っ」


 やはり、この時は学校で一番に楽しい時と言っても過言ではない。俺はワクワクと心を踊らせながら、ツナマヨおにぎりにパクリとかぶりつく。


 パリッ、と、海苔の割れる音が耳に響く。


「やっぱり、うまっ……っ」


 大きめに入れられていた絶妙に酸味の効いたツナに、マヨネーズの旨みやコクのある味わいが見事に合って美味い。


 こんな言葉で言ってしまうと、なんだかすごさが薄れてしまうかもしれないが、でも、言葉で表せないほどに美味いとしか言いようがない。


「あっ、こんにちは。……ふふっ、相変わらず美味しそうに食べますよね」


 おにぎり一個に含まれるツナの多さにちょっと感動しながら味を堪能していると、そんな声がふと聞こえてくる。


 声のする方に頭を傾けると、片手にかばんを持ち、黒縁で少し丸っこい眼鏡をかけた女性が、ふふっと微笑みながらこちらを見ていた。


「あっ、こんにちは、瀬川さん。やっぱりツナマヨは最強ですよ」


 俺が瀬川さんと言った女性。


 この人は、瀬川日和さん。馬の合う俺の唯一存在している友達だ。


 最初に出会ったのは、去年の春の図書館。


 その日、始業式も終わり、すでに陽キャたちはいろんな人と関係を築き始めていた。コミュ力の強い陽キャたちはすぐに他の人と馴染み、その当日の間にはクラスカーストが生まれ始めていた。


 でも俺は人と関わることを避けたかったこともあって、図書館へ避難することにした。


 すると、そこに同じ理由で来ていたこの人を見つけた、という訳。


 コミュ障同士、互いに知っている辛さもどこか似ていたようで。両者引け目な性格だったからか本当にゆっくりだけど、でも近づいていった。


 ……まぁ、一年経った今でも敬語で話すという関係なんだけど。


「わたしもここで一緒に食べてもいいですか?」


「あっ、どうぞ。もちろんですよ」


「ありがとうございます……っ!」


 ペコリと、可愛くお辞儀をする。


 そして、顔を上げたかと思うと、遠慮しているのか少しだけ控えめにちょこんとベンチの隅に座る。そして、持ってきていた小さなかばんから可愛らしい動物がデザインされたお弁当を取り出す。


 そのお弁当の中は、ちょうどよく焼き目のついたタコさんウインナーや、ふんわりとして柔らかそうな卵焼きなど、バランスよく詰められていた。


 もっと、近くへ寄ってきてもいいんですよ、なんて言えたら良かったけれど、誤解されたり気持ち悪がられたりしたらと思うと、どうしても竦んでしまう。


「おぉ、すごいですね。これ、今日も自分で作ったんですか?」


「あっはい。恥ずかしながら……」


 そういった後、小さく「……い、いただきます……!」と手を合わせながらそう呟くと、割り箸で卵焼きを掴み、自分の口へと運んでいく。


「ん~……っ!」


 頬を手で押さえ、すごい美味しそうに食べている。笑みを溢している顔を見るに、どうやら今日も上手にできたらしい。


 ……って、はっ!


 俺の手が止まっていたことに気付き、自分もツナが少しはみ出しているおにぎりへもう一度かぶりつく。


 さすがツナマヨ。

 なんど食べても飽きることがない。


 ツナマヨ一つ食べた後もまだ隣でお弁当を食べていたので俺も2個目へと突入。その後、10分間くらいは昼食を楽しんでいた。


「「ごちそうさまでした」」


 二人、手を合わせながらそう言う。


「じゃあ、そろそろ読書タイムといきますか?」


「ですね」


 そう互いに言葉を交わしながら、それぞれ持参してきた本を取り出す。


「あっ、今日は何を読むんですか?」


「んーっと、こういう本です」


 そういって、本の表紙を彼女の方へと向ける。


「あっ、これ知ってます! 最近映画化された大人気ミステリーのですよね」


「そうですそうです。この映画を見にいこうかなって考えていまして。そのための予習みたいな、感じですね」


「おぉ、わたしもそれ見てみたいです。」


「あの……良かったらでいいので、読み終わった後でよければ貸しましょうか?」


 勇気を振り絞って、そう提案してみる。


 普通なら自分からするとかなんて、そんなことはできないと思う。


 でも、友達らしいことをしてみたい。そんな願いは、俺自身、成長しているのを感じさせてくれた。


「えっ、いいんですか? それなら、言葉に甘えさせてもらいます!」


 俺の願いは叶えられたようで、ニッコリと笑みを顔に浮かばせながらそう言ってくれた。


「……そういえば、瀬川さんは何を読んでいるのですか?」


 ふと、気になってそう尋ねてみた。表紙を確認しようにもカバーがかけられて判別しようがない。


「……あー、えーっと、それは……」


 彼女は顔をほんのりと赤く染まって、声が少し淀んでいくのを感じた。口をあけては、また躊躇うように口をつぐむ。


「あ、えっと、大丈夫ですよ。嫌なら言わなくても……っ!」


 そこからあまり聞かれたくないんだなと察した俺は、咄嗟に声を上げる。


「あっ、すいません……。あの、れ、恋愛のなんです」


 少し俺の顔を窺うように、彼女は上目遣いで囁くように小さくそう、言ってくる。


「……そ、そうなんですね」


 こんなときにちょうどいい言葉がどうしても出なくて、こんなことくらいしか言えなかった。


 彼女を見ると申し訳なさそうに赤くなった顔を隠している。どうして、こんな言葉しか出てこなかったんだと、俺を恨む。少しでもこの場を盛り上げられる様な話術があればと、そう思った。


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