第26話 映画館、二人
「……あと時間まで10分ちょっとってところか」
時間は過ぎ土曜日、太陽の陽に照らされながら片方の手で時計の上に影を作り時間を確認する。
俺は、映画館前の大きな広場へと来ていた。休日ということもあり映画を見に来る人も多いのか人が多い。普段さほど出掛けない俺は、人ごみに酔ってしまいそうだ。
花宮から聞いた限りでは、あと10分ちょっとするとターゲットである悠翔の義妹が最近映画化されて話題になっている有名なミステリー映画を見に、この映画館に現れるという。
そしてターゲットの席の番号はFの10、それ伴い花宮に用意してもらった俺のチケットは隣にあるFの11。たまたま隣が空いているようで助かった。
「……いる、な」
次にキョロキョロと視界をあちらこちら動かしてサングラスを掛けて無駄に本格的なコートを着ている花宮と悠翔が指定された位置にいることを確認。……ちょっと、楽しんでいるような気がしているのは気のせい、だよな?
それにしても、もうあと少しで夏になるというのに暑くないのかよ……。
なんてことを考えていると、ズボンのポケットが音を立てて震えだす。ポケットの中からスマートフォンを取り出し上にスワイプして耳に当てる。
「もしもし」
『もしもし。先輩、こちらの方見ないでくれます? もしも悠羽ちゃんがこのどこかにいて気付かれてしまったらどうするんですか?』
「……まだいないし大丈夫だろ」
俺は苦しい言い訳を取り繕う。
『私はもしも、と言いましたよ? ……まぁいいです。軽く昨日のおさらいしましょう。先輩のすることはただ一つ、悠羽ちゃんの思いを探ること。そのために、先輩は行動を起こす必要があるのは分かりますよね? なにもしないで、必然をおこすことなんてできませんから』
「ん、分かってる」
『私と悠翔先輩でできる限りの援護はするつもりです。でも、映画館の中まではさすがに不可能なんで、気を付けてくださいね』
「あぁ、それも分かってる」
『ま、それさえ理解しておけばある程度は大丈夫でしょうね。では』
「……ん、また後で」
嫌いな奴とこうして話している俺には、今でも違和感を感じずにはいられない。複雑になっていく感情を抱えながら、スマートフォンを再びポケットへと収める。
「……予定より早いな」
映画館に入っていく人を確認していると、ターゲットの存在を視認する。まだ10分も経過していないはずなのだが。まぁ、予定が少し早まるだけだ。
「じゃあ……作戦開始だ」
隠れている悠翔と花宮に簡単に目配せを済ませると、映画館に向かって歩き出した。
『映画館では、スマートフォンなどの電子機器の利用は控えるように……』
キャラメル味のポップコーンとメロンソーダを両手に持ち、指定席のある場へと来ていた。正面に設置されている大きなスクリーン画面では頭がカメラになっている人や赤色灯のような物になっているスーツ姿の二人が映画館の館内を走り回る映像が流れている。
「…………おぉ」
少し心が躍っている。この映像を見ていると、映画館に来たんだって感じることが出来て、何故かいつも笑みが零れてしまうのは俺だけだろうか。
って、いけないいけない。
感傷に浸っている場合じゃないんだった。すぐに席につかないと。
そう考えながらスクリーンから発せられる光を頼りに自分の席につく。
「……っ!?」
悠翔の義妹は、俺のことに気付くともともと大きい目をさらに大きく見開かせる。とはいえ、ここは公共の場。喉まで出かけそうになっている声をどうにか飲み込んだようだ。
そのことを確認した後に俺は足一歩後ろに引き、目をぎりぎりまで見開き、肩をぴょんと跳ねさせて驚きを表現する。
花宮曰く、失敗する要素があるのなら、少しでもその可能性の芽は摘んでおくべきらしい。だから、不自然に思われないように俺も驚いたような行動を見せたわけだ。
「……はぁ」
ぎりぎり悠翔の義妹だけに聞こえるくらいの声量でため息を吐いた後、仕方なさそうに腰を下ろして自分の席につく。ばれてしまわないか心配で心臓は今にも飛び出してしまいそうなほどにバクバクと跳ねている。
緊張する……。
一回でもボロを出せばそれだけで終わり。さらに言うと悠翔の義妹のこれからの人生がかかっているんだ。緊張しないはずはない。
失敗したら、悠翔に迷惑を掛けてしまうことになる、んだよな。失敗したら、俺の責任を負うことになるん、だよな。
失敗したら、失敗してしまったら……
全部、俺のせい……?
やばい、俺は何をするべきなのか全然記憶にない……。なん……だっけ?
やばいやばいやばい!
焦ってしまってかえって何も思い出せくなっている……っ! 落ち着こうにも落ち着けない……っ!
不味い不味い不味い不味い……っ!
焦り、作戦を忘れてまた焦る。そしてさらに作戦が出てこなくなってまた焦る。そんな悪循環に、どんどんと沈んでいく。
『作戦を忘れてしまいそうなくらいに緊張してしまったら深呼吸です。あと、こういうのは逆効果かもしれませんが、映画くらい楽しめばいいんじゃないですか?』
ふと、前の作戦会議で花宮の言っていたことが頭の中で繰り返される。
「……はぁ……ふぅ」
大丈夫……大丈夫、そう、映画を楽しめばいいんだ。
それだけで、いいんだ。
深呼吸をして普段の俺を取り戻す。
そして、あの時その言葉をくれた花宮に最大限の感謝をして正面のスクリーンへと意識を向けた。
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