第27話 それぞれの推理

『カランコロン』


 扉が開くことを示すベルの音が聞こえてきて、この映画は始まりを告げる。


 扉を開けて入ってきたのは、大人っぽいお洒落なコートを着てニット帽を被った一人の少年。


 この少年は探偵の助手として働いている。そんな探偵の助手がやってきている場所は職場……そう、探偵事務所だ。


『おっ、久々だな』


 そんな探偵の助手に対して声を掛ける人、それこそがこの映画の主人公である探偵。


「…………っ!」


 大好きな物語がこうして動いている、大好きなキャラクターがこうして喋っている、そんな事実に俺は感動していた。


 この物語は、俺が以前から見ようとしていた話題のミステリー映画だ。


 この映画の原作者の書籍を初めて読んだとき、それはもう驚いたものだ。何気なく読んでみた本が、こうも俺の心を動かされ……掴まれるとは思いもしなかったから。


 この人の作るミステリーは、謎解きにおいてももちろん、周りの人物が織りなす物語がなにより魅力的なのだ。


 殺人を犯した犯人ですらも、壮絶な過去を持ち、ただ殺したかったから殺した、知り合いが殺されたから殺したなどという訳ではなく、その事件の裏には悲しい物語が存在していて、決して賛同することはできないが、思わず涙を流してしまう。


 まさかこんな風な形で見られるとは、と感慨深い物を感じていた。








『♪〜〜〜♪〜〜〜』


 2時間ちょっとが経ったとき、少し切ない雰囲気のエンディングソングが流れ始め、この物語は幕を閉じた。


「…………っ」


 気付いたら目からは涙が溢れていた。物語は本で読んでいて知っているはずなのに、いざキャラクターが動いて、映像として見ているとどうしても涙を流さずにはいられない。


 その後、目頭を手で拭いながら、監督や原作者さん、声優さんなどの映画制作に参加した人たちの名前が流れているのを見ていると、エンディングソングが終わったよう。


 カチッ、と音がして室内の電気が付く。長い間暗い空間にいたからか、目には刺激が強いようで目をつぶったりして明順応を待つ。


「……よしっ」


 徐々に光に慣れ始めたころ、小さく声を発し俺は席から立ち上がった。


「……って、うぉっ!?」


 あるき出そうとしたのも束の間、帰ろうと足を動かし出口へと向かおうとすると自分の隣の席で涙を流す悠翔の義妹の姿が。


 そうだった……。

 映画に夢中で悠翔の義妹のことを完全にすっぽかしてしまっていた。


 一人で帰っちゃう訳にはいかないし、もう立ち上がっている手前、また座ったりここでずっと留まっていると変に思われるに違いない。


「ん、これ使うか?」


 俺はこれが最善策だと考え、ポケットからハンカチを取り出して渡す。


「あっ、ありがとうございます……っ」


 お礼を言って、自分の涙を拭き取ると「さすがに悪いですから洗濯してから返します」と言って自分のかばんへと仕舞う。


 そして、出口に向かって歩き出した。


「なぁ、どう思った?」


 どうしても誰かとこの感動を話したり分け合いたい衝動が抑えきれず、思わず声を掛けてしまう。


「……面白かったですよ」


「あっ、そうじゃなくて。あの、犯人はどうして犯罪を犯したのだと思った?」


「……そ、そういうことですか」


 勘違いしていたのかと少し顔を赤らめる。


「でも、それは映画内で言ってませんでしたっけ? 『成人してから出会うことが無くなったけれど、とても大切だった妹が死んだと報告を受けた。でも、それを信じたくなかった。悪い冗談だと思いたかった。だから~~』って」


「まぁ、それは確かに。でも、あの原作者のことだから、やっぱり物語では直接は語られない何かがあるんじゃないかなと思ってさ」


「やっぱり、変態の先輩も……」


「も、ということは?」


「変態の先輩はてっきり話題になっているから来たにわかだと考えていましたが、そういう訳じゃないんですね。変態の先輩に賛同するのは気に食わないですが、ボクもそう思います」


 言葉を聞いて、ドクン、と心臓が跳ねる。


 ちょっと、疑われてんじゃないか……


 それにしても、最初花宮のミステリー好きは悠翔の義妹から来ているものと聞いたときは驚いたものだ。


 嬉しい誤算とはまさにこの事。ミステリーの知識なら人一倍あるものだと俺自身は思っているくらいだから、悠翔の義妹の話が理解できないなんてことにはならないと思う。


「変態な割に無駄に知識はある先輩は、どう思ったんですか?」


 下を向いて歩きながら、そう尋ねてくる。どんなに嫌いであっても、やはり同じミステリー好き、分かち合いたい気持ちは俺に劣らず強いらしい。


 って、なんだよ……。何か俺のあだ名が増えてるんだが……。

 

 でも、それで少しくらいは距離を縮められているのなら……それも、良いのかもしれない。


「あくまで憶測なんだが、この原作者って前の作品もその前の作品も、どれもが謎の証明方法ではなく誰が犯人なのかに注目して書かれていた。でも、今回は密室という方法に注目して書かれているような、そんな気がしたんだよな」


 この映画の事件は、密室殺人事件として警察に扱われていた。それを解明して探偵は証明し結果的にすべてが解決したわけなんだが。


「そ、そうですよね! ボクもそう思ったんですよ! なんで密室という方法にしたんだろうって」


 俺の考えを聞いていた悠翔の義妹は突然目を輝かせたと思うと、興奮しているのか、早い口調でそう話し始める。ちょっとくらいは俺にも心を開いているのだと思うと、少し……ほんの少しだけ嬉しく感じた。


「探偵が言ってたじゃないですか? 密室を作り出しているのは……」


「「他でもない、君たち自身だ」」


 それは、俺自身好きなセリフで、二人声を揃える。


 悠翔の義妹は俺の方を見て驚いたような顔をしたのも束の間、パァっと透き通るように純粋な笑顔を浮かべる。


「そう、それです!」


「やっぱりそう思うか!」


「はいっ!」


 悠翔の義妹が見せた表情に、思わずたじろいでしまう。


 可愛い、だなんて思ってしまうのはいけないことだろうか。


 今の悠翔の義妹は男装しているはずなのに、今まで男性と考えていたはずなのに、いざ女子だとわかると、俺に向けられているニコッと顔に浮かべた笑顔に照れてしまうのはおかしいことなのだろうか。


 やっぱり、悠翔の義妹は……


「私はそれが伏線なんだと思うんです!」


 俺の気も知らずに、ニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべながらそう言う。


「あぁ、同じく」


「ですよねっ! それに、探偵は前にもこう言っていました。『密室は、君たちが殺人なんてできるはずがない、不可能だ、なんていう考えるのをあきらめた行動をとったから存在しているように見えるだけ』と」


 あぁ、それも好きなセリフだから覚えている。


 確かその後は、『どんな謎にだって、抜け穴がある。そこまでたどり着くためのピースを集めてその抜け穴を見つけ出すのが、僕、探偵の仕事さ』だっけ。かっこいいよな、憧れを抱かずにはいられん。


「そこから考えてみたんですけど、密室は諦めてしまって初めてできるもの。 それを犯人の人生に言い換えみると……犯人は義妹が生きている望みを途絶えさせたくはなかった。けれど、他のみんなは死んだともう信じ切ってしまってるから、ふとしたところにできた盲点に気付くことが出来なかった。でも、犯人だけは諦めなかったからこそ何かに気付いていたんじゃないかな、と」


  悠翔の義妹は一息ついたかと思うと、また話し始める。


「ようするに、犯人はその何かに掛けていた。ここにいるんだって……あらがってたんじゃないかなと思う。多分、妹はきっと生きていると、こういう殺人によって証明したかった。私はそう思うんです、どう、思いますか?」


 ひとしきり話し終えた後、こちらの方を向いたかと思えば頭を少し傾けて、俺の答えを求めてくる。


「んー……俺の推理とは、ちょっとだけ違ってるな」


「そ、そうですか? ちなみに、どんなのか聞いても?」


 返ってくる答えが自分の予想と違っていたのか、どういったものなのかと尋ねてくる。その尋ねている顔にはこれ以上の推理が出せるものなら出してみろと言わんばかりの表情を浮かばせていている。


「んー、まぁその推理もほとんど正しいと思う。でも、それだけじゃないと俺は思うんだよな。それに、多分その推理は根本的なところで一つ盲点がある。間違っているところがあるんだよ」


「と、言うと?」


「じゃあ、こちらから聞くけど、推理の間で出した『何か』って何だ?」


「そ、それは……分かりません」


「よな。でも、犯人は妹がもう死んでしまっていることを報告を受けた時に信じたくなかったっていうのは正しいと思うんだ。……けど、それに付け加えて、心のどこかでは悟っていた、と考えればどうだ?」


「じゃあ、犯人はその時すでにその事実を受け入れていた、と?」


「んー、受け入れていた、とはちょっと違う。信じたくはなかったけどどこかで分かっていた自分がいた、の方が正しいかな」


「なるほど……っ、そういうことだったんですかね!」


「あぁ、そういうこと。犯人は見つけ出してほしかったんだ。殺人を起こすことで、嘘ばかりの……偽物だらけの中にいる、たった一つ存在している本物を」


 みんなに、探し出してほしかったんじゃないか、って。


「って、雨が降っているじゃないですか!」


 推理を披露しながら歩いて映画館から出ると、いつの間にか雨が降っていたよう。映画館の向かいの広場は、映画館に入る前とはまるで違っていて、すっからかんだ。


 隣にいる悠翔の義妹は、なにやら両手を前に出している。雨の強さを確認しているのだろうか?


「とりあえず、あそこのカフェにでも行きませんか?」


「……だな」


 その後、駆け足で映画館から少し離れたところにあるカフェへと向かった。






 

 ……犯人は、寂しかったのかもしれない。孤独は、なにより辛いものだ。多分この映画は、そんな悲しい物語。そう考えればつじつまも合う。


 それは、昔そうだった……俺だからこそわかる。


 そして多分、今自分を孤独と感じている悠翔の義妹にも、分かること。


 だから……助けてあげたい。かつての悠翔が俺に対してしてくれていたように、孤独じゃないってことを、悠翔の義妹のために必死になっている俺たちがいるんだってことを伝えてあげたい。

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