第28話 カフェにて
「ふぅ……」
悠翔の義妹は両手にひざをつき、ぜぇはぁ言わせた後に胸に手を置きながら、呼吸を落ち着かせている。俺も大きく深呼吸して、予備で持っていた二つ目のハンカチを使って汗を軽く拭く。
「じゃあ、入りますか」
「ん、だな」
軽く言葉を交えて、木製の扉を通りカフェの店内へと入る。
てっきり悠翔の義妹には嫌われているのだとばかり思っていたけど、それだけではないのかなと前にある小さい背中を見て思う。
「……っ!?」
店内に入った直後、目を疑うような光景がそこにはあった。
なんということか、奥の席の方では、優雅にコーヒーらしき飲み物を飲んでいる悠翔と花宮がいたのだ。
完全に忘れてた……。
二人の座る椅子には濡れているコートが掛かっていることから、多分雨が降ってきて避難したと言ったところか。
「どうしたんですか、変態な先輩?」
「いや、なんでもない。……あっちの席でもいいか?」
気付かれてはいけない……。悠翔の義妹にあいつらがいることを知られる訳にはいかない。
でも、店内は個人で営業をしているのか小さめ。隠れ家感を醸し出していて良い点ではあるが、ここではかえって気付かれやすくなってしまうだけ。あっちには絶対にいかせないようにしよう。
そう決心して二人がいる方とは真逆の席を指さす。
「いいですよ、特にこだわりはないので」
そして、窓側の席に着く。
「何、頼みます?」
俺が座ったのを確認すると、そう尋ねてくる。
多少ぶっきらぼうな口調ではあるが聞いてきてくれることにはあまり慣れず、驚いてしまった。
一応約束を破ってしまっているわけだし、嫌われてるんじゃないかと思っていたんだけど、な。
「じゃあ、カフェオレで。俺頼んどくよ、ゆ……あの、今更なんだけどさ、なんて呼べばいい?」
悠翔の義妹は? と聞こうとして、この呼び方ではおかしいと考えて尋ねてみる。思えば、本名で悠翔の義妹を呼んだのってほんの少しだ。
「……水瀬、と言いたいところですが、変態の先輩は兄さんの知り合いというらしいので、あまり気は乗りませんが悠羽でいいですよ。さん付けされると逆に気持ち悪いですから」
「……了解。ゆ、悠羽は何頼む?」
名前呼び……それも、女子の名前となると初めてで、思わずたじろいでしまう。さらに言うと俺はコミュ障だから、緊張して心臓はバクバクだ。
「雨で身体が冷めてしまっていますし、ホットココアでお願いします」
「ん、了解」
その後、チン、とベルを鳴らして店員を呼び、噛み噛みながらもそれぞれの飲み物を注文する。
その間、「そんなに緊張してしまうなら、ボクに頼めばいいのに」と聞こえた気がしたが、まさにその通りだと後悔する。
「はい、ご注文のカフェオレとホットココアです」
注文して五分ちょっと経った後、注文した飲み物が届く。その後、小さくペコリとお辞儀をしてどこかへ去って行った。
「……あの、俺の事、嫌いじゃないのか」
気付けば、俺は悠羽に向かってそう聞いていた。
ハッとして取り消そうと思ってももう遅い。
もう悠羽の耳に入ってしまったからにはなんでもない、とはごまかせない。仕方ないと吹っ切れてカフェオレに手を伸ばす。
「嫌いです、よ」
予想通りの返答が返ってくる。予想通り、だけど。やっぱり言われると、ちょっと虚しい気持ちになる。
「変態の先輩は、ボクとの約束を無視して若ちゃんに近付きますし、変態ですし」
そこで一旦、ズズッ、とホットココアをすする音。
「でも、思った以上に悪い人ではないような気がしたんです。変態の先輩が若ちゃんに近付いたときって、いつも何か助けようとした時だけだと、そう気付いたんです。」
悠羽の言葉に、机と向かい合っていた頭をバッと上げる。
そんなはずはない、と、俺は頭を最大限に巡らせて考えてみる。が、一切悠羽の言葉を否定できそうな記憶はなかった。
最初に出会った時や神の悪戯によって鉢合わせた時を除けば、悠羽の言う通りだったから。
いや、でも。それは花宮のためにやったわけじゃない。どれも、これも。傘を投げたのだってそうだ。
「……違う、そうじゃない。助けたのは、決して花宮のためなんかじゃない」
「それでも、です。先輩は善意を持って若ちゃんを今まで助けていました。下心だけで近寄ってくるやつとは違うって、変態の先輩だけはそうじゃないんだって」
「……っ」
……嫌いなら、俺を否定してくれればいいのに。
俺の行動が、花宮のためにしたことみたいになるじゃないか。そうじゃないはずなのに、全部俺のためにやったことなはずなのに。
「……そう、か」
「はい……あの、私からも一ついいですか?」
「……何?」
「先輩は、今までしてきたことは若ちゃんのためじゃないとさっき言いましたよね?」
「あぁ、まぁ」
「では、なんであの時に傘を若ちゃんに渡したんですか?」
「……っ、それは」
それは……なんで?
俺は口は閉ざす。何かしらの理由くらいすぐに浮かぶものと思っていたが、いざ考えてみれば何も思い浮かばない。
あの時俺は、どうして傘を……
「……分からない」
結局分からずじまいで、悠羽に返した言葉はそんなものだった。
「……やっぱり、ね。先輩は、自分の本当の気持ちを知らないだけなんだ……」
ホットココアを片手に悠羽が呟いた言葉は、俺の耳に届くことなく空へと消えていった。
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