第38話 桜庭春留は恋を知る

 午前の授業が終わり、昼休憩に入った。


「………」


 チャイムの音が鳴るとともに無言で立ち上がると、俺はいつものように教室を出て外庭の方へと向かう。


 授業、なにやったっけ。


 今日の授業のことは、あまり覚えていない。授業にも集中できず、実にならなかったように感じる。


 果たして俺は花宮のことをどう考えているのか、本当に花宮のことが嫌いだったのか。それを授業中ずっと考えていたのだが、一向に答えは出てこない。


「……す、好きです!」


 校舎を出て少ししたところ、どこからかそんな声が聞こえてくる。その声はあまりに震えていて、俺はそっちの方へと意識を向ける。


 顔を向けたのは校舎の裏庭。その声を出したのは、うちの制服を着ている男子。よく知らないから一年だろうか。


 そしてもう一人は……花宮。


 告白、か。


 一つの答えを考えつく。さきほど聞こえた好意を示す言葉に校舎の裏庭。そして対面する二人の男女とくれば間違いないだろう。


 花宮、やっぱり人気なんだな。


 こういうところを見ていると、やっぱり花宮のすごさをどうしても実感してしまう。


「…………っ」


 ふと、その二人を見ていて心にズキッと痛む感覚が襲った。


 なん、だろう。


 胸に手を当てる。走ったわけでもないし、怖い目にあったわけでもないのに、心臓はなぜかバクバクと音を鳴らしていた。


 心臓を握られたのかというほどに痛い。


「……病気、か?」


 胸痛……高血圧だろうか?


 それとも……。


「……んな訳ないだろ」


 いろんな考えの末にたどり着いた一つの答え。それは『嫉妬』という可能性。


 でも、そんなのありえるはずがない。嫉妬する男なんて存在してないし、そもそも好きな人なんてものがいないから。


「……でも」


 でも、もし。もしもの話だが、俺の疑問である『俺は花宮のことをどう考えているのか』の答えが『そう』なのならすべてのつじうまが合う。認めたくはないが、合ってしまうのは否定できない。


 俺は……。


「……そうか」


 俺は、逃げたかったんだ。この気持ちから。自分自身、それから目を背けたかっただけなんだ。


 だって、俺がもし『そう』なら、それは叶わないものとなるから。『そう』なっちゃいけないっていうのがわかっていたから。


「……そんな、そんなはず」


 口では否定し続けるも、心のどこかではきちんと理解してしまっている。俺は、どんどんと速くなっていく鼓動を鎮めようと耳をふさいでその場でしゃがむ。


 認めてしまうのが、怖い。叶わないものを望んでしまうようになるのが、怖い。


 花宮は年上に敬うような気持ちを持ってないし、本当の表情をあまり表に出さないような偽物野郎だし、それにすぐ泣いてしまうような怖がりだし。


 それだから、せめて俺の前だけは本当の自分をさらけ出してほしいとか、泣いてしまったら俺がなぐさめてやりたいとかそんなことを思うはずがない。


 『好き』になるはずがない。


「どう、したんですか?」


「……っ!?」


 耳をふさいでも聞こえてきたのは、小さくも透き通った花宮の声。


 心臓がドクンと跳ねる。耳をふさいでいても、うるさいくらいに心臓の鼓動が上書きしてくる。


「こんなところでしゃがんで、何をしてるんですか?」


「……なんでも、ない」


「あの、気持ち悪いですよ」


「……うるさい。別に、いいだろ。……人がどうしてたって」


「まぁ、ですね」


 なるほど、と小さく口ずさんだかと思うと徐々に離れていく足音。そして、それに続いておさまっていく鼓動の音。


 嫌い……っ、嫌いなのに……っ!


 どんなに言葉で否定はしても、夕日のように真っ赤になった顔だけは、嘘も付かず正直だった。

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