第37話 「好きと嫌いは紙一重」

「……はぁ」


 もはや日常と化している溜息を教室の隅で吐きながら机に寝そべる。


 おかしい……あまりにおかしい……。


 バッと顔を上げて、次はくしゃくしゃと頭を掻きながら椅子にもたれかかる。


 俺はいつもと比べて一層むしゃくしゃとした気分になっていた。


 いつもと同じようにガヤガヤと騒がしい教室にいらつくことはあるし、教室のど真ん中で堂々とイチャつく陽キャたちをみてムカつくこともあるが、今回のがそういう訳じゃないのは自分でも分かる。


 今回のは心が汚れた部屋のようにグチャグチャにかき乱されたような、そんな気分。


「……花宮め」


 花宮のせいだ。花宮が花宮らしくない行動をとるから、俺まで巻き込まれちまったじゃないか。なんてことを。


「どうした、春留。いつにも増して死んだような目をしてるが」


「……うるさい」


 いつものように机の前に現れるのは悠翔。……手を繋いでいる悠羽を添えて。


 だから見せつけたいのかい、君たちは。二人を見ていると兄弟ってなんなのかどうしても分からなくなる。


 最近では二人は、学校で一つの話題となっている。バカップルとして。なんでだよ。


「で、どうしたの?」


「……いや、その。なんかおかしいっていうか苛つくっていうか。一人で勝手に心がかき乱されたような感覚に陥ってるんだよ。放っておいてくれ」


「「ふ〜ん」」


 またしてもニヤつく二人。


 今回のはどうして今その顔を見せるのかがまるで分からない。バカップルと呼ばれるあまり、なんでも恋愛と結びつける癖がさらにひどくなったのか?


「……」


 すると、二人は顔を見合わせてさらにニヤリと口元を緩ませる。だからなんだよ、二人して。


「なぁ、春留」


「なに?」


「僕が前言ったこと覚えてる? 好きと嫌いは紙一重だって」


「……まぁ、うん。冗談だろうが」


「……別に冗談で言ったつもりはないんだけどね。でも僕的には、嫌いと好きって近い親戚のようなものだと思うよ」


「んなわけないだろ。何度も言ってるが、好きと嫌いは真逆なんだよ」


「でも、好きと嫌いってどちらも誰かを想うことには変わりないでしょ? 例えば春留と花宮さんにしてもそう」


「だね、春留先輩は若ちゃんのことを想い方は少し違いますけど、それでもいつも何かしら若ちゃんのことを考えているのは変わらないですよね?」


「…………違、うよ」


 口が淀む。


「それだけ分かっていれば春留先輩は大丈夫でしょうね。そろそろ時間ですしボクは退散します。またね、兄さん!」


「おぅ、また、悠羽!」


 ばいばーい、と手を振りながら悠羽は教室を出ていく。


 好きと嫌いは紙一重、そんな言葉が俺の頭の中で何度も反芻している。


 ……本当に、そうなのか?


 過去を思い浮かべてみて、今までの俺を振り返る。


「…………嘘、だ」


 過去を遡り、考えて考えて。でも、俺がしてきたことや考えることの中には、いつもどこかに花宮がいた。


 さっきだってそう。好きだとかそういうわけじゃないけど、むしろ嫌いをぶつけている気持ちだけど、花宮のことを考えていること自体は正しいといえる。


 ……なんで、そんなはずは……。


「嘘じゃない」


 目の前の悠翔は口を開いてそう断言する。


「というか、本当に嫌いなら、その人のことを考えなければいいじゃん。」


「…………っ」


「じゃっ、もう悠羽もいないし、俺も教室へ戻るとするよ」


 悠翔はニッと笑顔を浮かべると、また、と小さく呟いて教室へ出ていった。


『本当に嫌いなら、その人のことを考えなければいい』


 その言葉はもっともだと思う。嫌いなやつのこと、本当に嫌いなら頭の中にすら入れたくないはずだ。


 じゃあ、俺の場合はどういうことだ? なんで花宮のことを考える?


「……訳が、分からない」


 誰に伝えるわけでもなく、ただ自分自身を確認するようにそう小さく呟く。


 今の今まで花宮のことは嫌いなものだと、そう思い切っていた。思い切っていた、だけだったのか?


 俺の心の中はますます混乱していって、俺は、はぁ、と溜息をはくと、何も考えたくない、その一心で再び机に寝そべった。

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