第39話 夏休み前

 自分の気持ちに気付いてから3日の月日が経っていた。


 なのに、夏休みももう明日というところに差し掛かってきたにも関わらず、俺はその間ずっと花宮と話していない。


 もとはといえば、それが当たり前だったはずなのに、これが普通であり自分の求める最高であるはずなのに、会えないとこんなにももやもやとした気持ちになるとは思いもしなかった。


「明日にはもう〜〜」


 今日はもう終業式だ。


 もう既に『終業式』と名のつく行事自体は終わっている。あとは先生の話を残すといった感じだった。


 俺の属する教室の真面目先生は、教壇の前で夏休み期間においての注意事項やらなんならを話している。


「とはいえ、夏休みだからといって羽目を外し過ぎないように〜〜」


 相変わらず真面目な先生の話を横目に、俺は夏休みに何をしようか考えてみる。


 夏休みといったら……やっぱり、アニメに漫画にゲームに、といった感じだよな。


 ……他に、ないかな。

 

 去年まではその引きこもり生活が夏休みの醍醐味であるのではと考えていた。けれど、今になって考えてみると、それがなにか物足りなくなってくる。


 陽キャに毒された、な。


 なにかないかを考えてみたとき、一番最初に思い浮かんだのは……海だった。これはもう末期だな、と俺は考える。


 海……ね。


 …………。


 顔が急に熱を帯びたような感覚を覚える。


 ……なんで海の話を考えているにも関わらず、ここにまで花宮が出てくるんだよ。


「……それらの事に気をつけて、夏休みが終わったあとには充実できたと後悔しないような、そんな夏休みにしましょう」


 夏休みをどう過ごすかなんて考えていると、もうそろそろで先生の話が終わるようだ。俺は再び先生の方へ耳を傾ける。


「では、9月にまたみんな揃って学校生活を送られることを願っています。じゃあ、最後に私が挨拶して終わりにしましょう」


「起立、姿勢、礼!」


「「「ありがとうございました!」」」


 一斉に放たれた声が揃う。こういう大事な時にきっちりするのは、このクラスの良いところであり面白いところなのかもしれない。


 まっ、そう思うのもこの時だけで、先生がこの教室を出たら……。


「……夏休みだぁ!」


「おぅ、遊びまくろう!」


 などという、先生の話をがん無視した言葉がチラつく。やはり、うるさいだけの陽キャは嫌いだ。


「あっ、春留、一緒に帰ろっ!」


 ある種の発狂にうんざりしている中、聞こえてきたのは悠翔の陽気な声。そういえば、以前とは違い、不思議と嫌だとは思わない。


「おぅ、分かった」


 了解の意を示し、俺は悠翔の方へと向かう。


 ……花宮、いないかな。


 悠翔の所へたどり着くと、そんなことを考えながら悠翔の近くを確認する。


 ……ん? 確認、する……?


「…………」


 ……いや、そういうわけじゃない。それは決して花宮と話せたらとかそういう訳じゃなくて、花宮と話したくないから花宮がいないかを確認したんだ、うん。


 ってか、いないのか花宮。


 ガクリと肩を落とす。


「どうした? なにかあった?」


「いや、なんでもない。早く帰るぞ」


「うん、だね」


 話を無理矢理途切れさせると、靴箱で靴を履き替えて学校の校門を出た。


「……で、夏休みどうする?」


 校門を出て1分ほど経った頃、テクテクと帰路へ向かっていると、悠翔が突然声を掛けてくる。


「どうするって……何が?」


「いや、夏休み一緒に遊ばないかってことだよ。春留、どうせ引きこもってるだろ? それなら遊ぼ! 海とかどこかで」


「……おい、俺をなんだと思ってんだよ。いや、そうだけどさ。でも、外に出るのってどうせ…………」


 すぐに提案を拒否しようとして、ふと留まる。もし悠翔の提案に承諾したらどうなるだろう?


 『海』という場所を出したということは、さすがに俺と悠翔の二人だけとかそういうわけじゃないはず。となると……。


「やっぱり? 去年断られてたからさすがに無理かなぁとは思ったけ……」


「……いや、行くよ」


「……えっ、本当に?」


 やはり俺が断るのだろうと考えていたのだろう、俺が肯定の意思を見せると、大きく目を見開いてそう尋ねてきた。


「まぁ、だな」


「おぉ、よしっ。じゃあ一応海の後のこともあるから、8月15日とかでいい?」


 海の後……? ここ一帯に海はないし、どこか遠くへ行くのかなとは思いはしたけど、日帰りで夜まで、とかなんだろうか?


 ……まぁいいか。


 だって、花宮がいるかr……じゃない! なんてことを言わせてくるんだよ。誰が俺にそんなことを言わせたんだよ。


「ん、了解。俺は別に用事があるわけでもないしいいぞ」


「良かった。じゃあ、詳しいこととかは電話とかで後々伝えると思うから」


「ん、分かった」


「じゃあ、また」


 そう言われてふと気付く。話している内に、いつの間にか悠翔のマンション下まで着いていたらしい。


「おぅ、また」


「うん。……あっ、そうだ。別に海じゃなくても遊びたいっていうときは誘ってもいいからな! 気軽に誘ってよ!」


「……ま、考えとく」


 そう返事をする。


 俺がそう返すのがまたしても意外だったのか、悠翔は少し驚いたような顔をしたのも束の間、ニッと笑みを浮かべて、ばいばい、と声を掛けてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る