第40話 水着売り場の天使さん
「……泊まりなのか」
マンションの一室、俺はリビングにポトッと置かれたクッションを枕にして寝転びながらそう呟く。
今日は7月31日。そして、さきほど悠翔から海の旅について聞かされていた。
悠翔曰くこうだ。
まず目的地は事前に決められていたように海。……と、旅館。なんでだよ。
そして『旅館』という目的地からわかる通り日帰りではない。一泊ニ日というらしい。何をするのかは聞かされていないが……どうせろくなものではないのだろう。
ちなみに集合場所は学校に最寄りの駅。メンバーは俺に水瀬義兄妹。そして花宮。来るのか、そうか。
……別に嬉しい訳ではない、うん。
でも、楽しみだ。
「……ってか、俺って学校指定の水着しか持ってないじゃん」
水着なんてものは学校の授業以外で使用することなど一度たりともなかった。だって、海なんて陽キャの屯する所じゃないか。行く訳がない。
「……海にスクール水着は恥ずいよな」
悠翔には授業で見られているしまだいいが、その他の人間は別だ。学校指定の水着って露出多すぎるだろ。
なんだ、いじめか? 嫌がらせか?
……だから、とにかく露出少なめの水着を買いに行かねば。種類は少なくともスパッツ型だな。
「……今日買うか」
夏ということもあり、水着の需要も増えて水着セールだってあるだろうし、8月になればさらに水着売り場は混雑するだろう。
考えて俺はそう決心する。水着売り場に行くのは少しばかり恥ずかしいが、あいつらと被ることはめったにないとは思うし大丈夫だろう。
「……動きたくねぇ……」
横でぐるぐると羽を回している扇風機の風に当たりながら、そんな愚痴を吐きながらも立ち上がると、出かける準備を始めた。
「涼しっ……」
久しぶりのショッピングモールにやってきた。冷房が効いていて涼しく、そして気持ちいい。
金銭的な問題はないが、普段は冷房を付けずに扇風機だけの家より十分涼しい。これならずっとショッピングモールにいたいかもしれない。
……いや、人が多い。それはさすがにないな。
「……ってか、そんなことをしている場合じゃない。早く行かねば」
ぶんぶんと頭を振り意識を元へ戻す。そして、事前に検索して見つけた水着セールを行う水着売り場へと向かった。
そして着いたのは歩いて3分近くの衣服を販売している店。の、水着売り場。
そこでは、勿論だが多くの水着が売られていた。
男性ので言うと、競泳でよく見るようなスパッツ型に、学校指定の水着のような形の水着。それにビキニのような……いや、あれは無理だな。無理。
で、女性のは知らんし別にい……
「…………」
……幻想、だよな。うん、だよな。
花宮が水着売り場にいるなんてそんなこと、ありえるはずがない。それに、時間まで合うとか偶然ありえない。
気にしない、気にしない。
「…………」
気にしない方がいいとは思いつつも、ちらりと視線を向ける。
……なんでいるんだよ……。
「……っ!?」
なんでいるのか、と困惑して立ち尽くしていると、ふと目に入ってきたのはちょっと派手めな水着を片手に目を大きく見開く花宮。
と、次の瞬間には自分の手に持っているものに気付いたのか、顔を赤くすると途端にハンガーに戻している。
そして、俺の方を向く。
どうしたんだ? と思うのも束の間、顔を赤くしたまま駆け足で、こちらへスタスタと歩き始めた。
「あの」
「……な、なんだ?」
どうしてか緊張してしまう。夏休みになる少し前から話していなかったため、会話が久しぶりだからだろうか。
「……秘密にしていてください」
耳まで赤くしながらそう声を上げる花宮。というか、その言葉になぜかデジャブ感があるのは気のせいか?
「まぁ、いいが」
変にいざこざを起こしたいわけでもないしな。と、俺はそう返答する。
「……そして先輩も忘れてください」
「……そりゃ無茶があるだろ」
いや、そう言われても忘れられるはずがないだろ。それも、衝撃的シーンなら、さらに、と言った感じ。
「……何がなんでも忘れてくださいっ」
ぷるぷると唇を震わせて少し涙目気味になりながらそう声を上げる。
か、可愛い……。不覚にもそう考えてしまった。少し頬が熱を帯び始めていて、俺は手で顔を隠しながら顔をそらせる。
「……いや、やっぱり無理だろ」
「……ばっ、馬鹿にしてるんですよね、分かってますから! ふんっ、私はどうせ貧乳ですよ! あんな水着なんて着れないのは分かってますもん!」
ぷくーっと頬を膨らませてじーっと俺の方を睨みながらそう言ってくる。
あ、あれ……?
俺がなんとなく発した言葉を花宮は深読みしたのだろうか。いや、というか花宮はその自分の体形を気にしていたのか。前にボルダリングをしていたときは気にする様子を見せていなかったから気付かなかったが。
「ぷっ、ははっ」
「わ、笑わないで下さいよ! 気にしていることを笑うとか、さすが先輩ですね。性格が最悪です!」
目をキョロキョロと動かしながらあたふたと慌てながらそう言葉を発する。最悪だなんて暴言を吐いてはいるけど、前ほどの棘は見当たらない。まっ、それは決して『好き』という感情から来たものではないし、むしろ嫌いが軽減したものに過ぎないのは分かっているけど。
「忘れないよ」
「そういうところ……嫌いですっ」
「……俺も、花宮のそういう……器の小さいところが嫌いだ」
ニッと煽るように笑顔を見せてやる。
「ち、小さっ……!?」
いや、小さいの方に反応するなよ。そういう『小さい』じゃなくて、俺が言ったのは心の器のについての話なんだけど?
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