第41話 トラベルにトラブルはつきもの
「服や下着などの衣類はオッケーだろ、水着もオッケー。あとその他も。で、歯磨きやらコップやらは旅館にあるから大丈夫だし……まぁ、これくらいでいいかな」
時は過ぎ、8月15日。とうとう旅の当日だ。
俺は今、最終の用意の確認を行っていた。リビングの床に並べられた衣類や用具と記憶を結び付けてみて、忘れ物などの過不足がないかを確認する。
まだ時間はあるか、と時計を確認するともう午前7時をまわっていた。待ち合わせの時刻まであと1時間を切っている。
「駅まで……だと、だいたい20分もあれば着くよな。なにかアクシデントがあったとしても30分あれば着く」
……用意も自分が思う限りでは完璧だしな。万が一のため、もうそろそろで出るとするか。早めに出ていた方がいいだろうしな。
「……っし」
簡単にまとめ終わった物を紺色のリュックサックにしまい、肩にかけると、旅行に少し心を躍らせながら俺は玄関の方へと向かった。
「……おはよう、ございます」
駅に着いて初めて聞いた声は、鈴の音のように透き通った花宮の声だった。花宮は、まだ待ち合わせの30分近く前なのに対し、既に駅前のベンチで赤色のリュックサックの横でもたれかかるようにして座っていた。
「……おう、おはよう」
返しがぎこちなくなってしまった。水着売り場のこともあるし、なにより未だに花宮に対しての気持ちがぐちゃぐちゃなのが原因だろう。
「……早いんですね。先輩の事だから、何時間も待たせるのかと思ってました」
「……そっちこそ。遅刻してみんなの迷惑でも掛けるんじゃないかと思ってたよ」
……本心ではない。本心ではないのに、いざ花宮を相手にすると俺の口からは悪口くらいしか出ない。前に慰めのような言葉を発したことはあっても、それは全て偽物でしかない。
……見ないふりをしている自分が嫌いだ。
「「……」」
二人で話すことはもちろんのようにない。互いに沈黙が続く。
10分くらいしてこの沈黙を破ったのは、花宮の持つスマートフォンが鳴らした通知を知らせるバイブレーションの音。花宮がスマホを確認したのを横目に見る。
「……あの」
見ていたことに、気付かれたのか? そう考えると、俺は口を閉ざす。
「……」
「あの」
「……うるさい」
「いや、あの……」
「……うるさいって」
「悠羽ちゃんと悠翔先輩、遅れるらしいですよ?」
「……え?」
うんざりしていた時に花宮が発した言葉があまりに意外だったもので、俺は思わず花宮の方へと身体を傾ける。
「……えっと、待つのか?」
「いや、悠羽ちゃんが言うに、結構な時間遅れてしまうというそうで。私たちで先に行っておいでと言ってきてますが、どうしますか?」
「……」
二人で行く? そんなのごめんだ……と言いたいところだが、それを拒否するとこのベンチでずっと地獄を我慢しなければいけけないということになる。それならせめて、行動して気持ちを紛らわせたい。
……それは言い訳に過ぎないのかもしれないけれど。
「……いいん、じゃないか?」
「……分かりました。では、そう連絡しておきます」
やけに素直だなとは思うが、おそらく花宮はベンチで俺と居るのが耐えられないのだろう。
……俺は、弱虫なんだ。
悠翔に連絡を済ませて駅の中に向けて歩き出した花宮の背中を見て思う。
花宮の背中は俺より断然小さく、そして弱々しいものだった。けれど、俺の何倍も大人だと思った。そう感じてしまっている自分がいた。
それに対して俺はどうだ? どんだけ俺は小さいんだよ。不都合だと思う気持ちは全てなかったことにしてしまいたいと思ってしまうし。だから、花宮を嫌いでいたいと思ったし、変わっていく気持ちに気付かぬふりをしていたいと思った。
「電車、遅れますよ?」
「……あぁ、すぐ行く」
そう返事をして、花宮の背を追いかける。
俺は……一生届くはずのない花宮を、求めたくなかった。
だから、俺は目を背けようとした。けど、もう抱いてしまったこの気持ちは見て見ぬふりが出来ないくらいに、それでいて胸が苦しくなるほどに強くなってきていた。
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