第45話 温泉、悠翔の作り出すチャンス
「じゃあ、温泉上がったらここ集合な。あっ、あと、温泉の後で、近くのところで花火大会をしているからそこに行かないか?」
「うん! いいよ」
海から帰って、温泉旅館。温泉前の湯と書かれた赤色と青色ののれんの前で、悠翔は悠羽と花宮……つまりは女子チームに向かってそう話していた。
あの後、海に1、2時間程度滞在していた。悠翔と悠羽はその間ずっと一緒に楽しそうに泳いでいて、俺はと言うと花宮と一緒に浅い所で波に当たりながら話したり。
……と言っても、あんなことがあったからか、最初8割近くは気まずい状況が続いたが。
「じゃっ」
「うん、また後で、兄さん」
「うん、また」
そんなふうにして会話を済ませると、俺と悠翔は一緒に青いのれんをくぐって更衣室へ。
更衣室に入ってみて、初めに見えたのは、タオルの締まってある棚と、籠が入れられてある棚。
籠の中は見たところ全て空。まだ16時前ということもあり、今温泉を使っている人はいないようだ。
また、温泉への入り口の横に設置されてあるのは体重計や鏡のついた洗面台。その洗面台には、ビニールのようなもので包まれた櫛などが置かれてある。
「……っと」
俺はあらかじめ持ってきていたタオルやら着替えと、あと夏祭り用の浴衣を籠の中に突っ込む。
そして、温泉に入られるように服をバッと脱ぎ、悠翔と一緒に温泉へ。
まずはシャワーで体を温め、シャンプーで汚れを落とすと湯船につかる。
さきほどまで海という寒い空間にずっといたということもあり、身体の芯から温まっていくような感覚を覚えた。
「ふへぇ〜」
「……おじいちゃんかよ」
「いや、この温泉気持ちよくない? あっ、それに、下調べとかしたんだけど、疲労回復とか肩こり、あと腰痛、冷え性、筋肉痛などにも効くらしいよ」
「……マジで?」
「マジで」
「…………」
そういえば、と、親で温泉に行ったときとか、効能の多さに驚いたと同時に、この機会を失うわけにはいかない、とのぼせるまで温泉にいたのを思い出す。
「……そうだ、悠翔。あの、その……どうすればいいと思う?」
「えっと、どうすればいいっていうのは?」
「……花宮のこと、だよ」
いくらもう俺の気持ちを知り始めている悠翔にとはいえ、人に自分のことを話すっていうのはいつになっても慣れないもの。
後ろめたいことはないのだけれど、少し声が小さくなってしまった。
「……なるほどね」
悠翔は手を口に当て、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを顔に浮かべている。……ただ今回は、否定できない。
「……で、どうすればいいんだ?」
「うーん、告っちゃう?」
「……なるほど……って、は?」
何言ってんだ、悠翔? いかにも当たり前のことのように言うから、はじめは思わず納得しちまったじゃないか。
「そうだよ、温泉の後に花火大会一緒に行く予定だろ? その時に自分の想い、言っちゃえばいいんじゃない?」
「……いや、そんな簡単に言うなよ」
「じゃあ、ずっとこのままでいいの? 花宮さんとデートしてみたいとか、キスしてみたいとか、そういうこと、思わないの?」
「……別に、思わない」
……嘘だ。思わないなんてことない。そんな風に、何度だって考えてしまう。
「けど……花宮は、俺のこと嫌いだって言ってたし。今だって、嫌われてるに違いない」
「そうは、思わないけどな。春留もそうだけどさ、花宮さんも正直になれないだけなんだよ。本当は好きでも……隠してしまう」
「……いや、俺と花宮は違うよ」
温泉の水面に映る醜い顔をした自分を見つめながら、俺はそう否定する。
夢を見たってなんの意味もない。俺と花宮の関係は所詮敵と敵であり、陽キャと陰キャであり、本来関わることのない人。
どうせ交わることない関係なら、最初から関わろうとしなければいい。そうすれば、心に負う傷も少ないだろう。
「まぁ、そういうのは勝手だけどさ。僕がチャンスを作る。それをどうするかは春留の自由だけど、少なくともそのチャンスを無駄になんかするなよ」
悠翔は、笑ってなどいない、いたって真面目な顔をしている。悠翔の目の奥には、なにか覚悟を決めたような、そんな決意が宿っているような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます