第44話 海で水泳大会……と、
「おぉ、風が気持ちいいな」
海を前にしてそう声を漏らしているのは水着姿の悠翔。スクール水着のような、いわゆるボックス型の水着を履いている。
さらに上半身は腹筋が割れていて、俺たちの他に海に来ている何人かの女性や男性たちからは羨望(?)の眼差しで見られていた。
「……だな」
そして、悠翔の言葉に対して緊張気味にそう返すのは他でもない俺。
緊張してしまうのは決して悠翔の上半身に憧れの目を持っているとかではない。まぁ、ないといったら嘘になるけど。
一番の理由は、もう片方の隣で立っている花宮だ。
もちろん俺たちがいるのは海で、花宮が露出度高めな水着をしているのはおかしいことではない。
けど、花宮のことをす……好き、な俺からすると、それは少なからず女性らしさを意識させるもので、少し焦っていた。
「…………」
ってか、なんでそんな水着を選んだんだよ。花宮の水着姿を横目でみていて、顔が少し熱を帯びるのを感じた。
花宮が着けていた水着は、スクール水着のような比較的露出度低めのものとは違い、いわゆるビキニというやつ。
水着売り場で鉢合わせしたときは、あの後行動を別にしていたので何を買ったかまでは知らなかったのだが……。
おそらく、やはり自分のスタイルに自信を持てないでいるのだろう。あの水着売り場でのことがあるから、なんとなく察せる。
それに、思えば、花宮が『美人』なんて呼ばれたことがなかったからかもしれない。花宮に『可愛い』という言葉を掛けられているところは何度だって聞いた。けど……。
そのことに花宮は気付いていて、だから少しでも大人びた水着を着ようと、そんな経緯から来たものなのだろう。
……とはいえ、今回は見栄を張りすぎているような気がする。花宮、絶対にそれサイズをほんの少しではあるが、大きめなやつ選んだだろ。
「…………」
まぁ、いいか。
「じゃあ、一応夜に予定があって、夕方くらいに温泉に入るとすると……時間は3、4時間と言った感じか……。よしっ、さっそく遊ぼう!」
「うんっ!」
「ん」
「はいっ」
そんなふうにして会話を済ませると、一番乗りに悠翔と悠羽が海に向かって一直線に走っていく。よほど楽しみにしていたらしい。
そして、俺と花宮はそれに付いていくようにして海の方へと早足で向かう。花宮の足の速さに合わせているのは、一緒に歩きたいという気持ちから来ているものだが、それを外に出すことはしない。
「涼しい……!」
海についてすぐ、花宮が足を海に入れていた。その足は、沖から流れてくる波に当たって水しぶきを上げている。
やっぱり、天使とみんなから言われているだけあるな……。
「……うぉっ」
なんて考えていると、サラサラとした砂の上に立っていたはずの俺の足に冷たい水の感覚。俺は足元を確認する。
どうやら、こちらにも波が来たらしい。急に来たもので、思わず声が漏れてしまう。
「……ふふっ、なんですか、その声」
その笑い声に反応して、顔を上げるとクスッと笑みを浮かべる花宮。声が聞こえていたのか、と少し恥ずかしい気持ちになる。
「……別に、驚いただけだっての」
「驚いても、そんな声出さないと思いますけどね?」
「……んなことはない。ってか、俺と話していていいのか? 海にいられる時間も限りがあるってのに」
「…………えっ、いや、その……」
キョトンとハテナを頭の上に浮かべたかと思うと、急に顔を赤らめて声がどんどんと淀んでいく。
「……あっ、そ、そうです! 別に、先輩と話しているわけではなくてですね! ただたまたまの偶然、というだけですから!」
「……そ、そうか」
なんで花宮が今ムキになっているのか、と困惑してしまう。が、まぁ花宮には花宮の事情があるのだろう。
「あっ、春留先輩! 若ちゃん! ボクたちとクロールで対決しよ!」
声の聞こえる方へ顔を向けると、悠羽がこっちへ向かいながらそう声を上げていた。
……ってか、相変わらずのボーイッシュな容姿をしていながら女性用の水着を着ているとちょっと違和感を感じてしまう。服とかではないからなおさら。
「あっ、うん! すぐ行くっ!」
「俺はパスするよ、泳げないし」
花宮が行くも言うなら一緒に泳いでみたいという気持ちはあるけど、まず泳げないんじゃ意味ないよな……。
そう考えて参加を断念することに。
「えっ、春留先輩泳げないんですか?」
「……煽ってんのか? まぁ、いいけどさ。そうだよ、泳げないんだよ。俺はここでその対決を見ておくとするよ」
「分かりました、じゃあついでに審判もしてくれるなんてことは……?」
「……はぁ、わかったよ」
本来なら即断りたいところだが、花宮が見ている手前、断ることはできない。仕方なく承諾する。
「やったぁ! ありがとうございます、春留先輩!」
ウィンクして満面の笑みを浮かべながら俺に感謝を伝えると、花宮と一緒に悠翔のいる方へと向かっていった。
そして、悠羽が手を上げて3人の用意が整ったことを確認すると、俺は手を上げる。
「……よーい」
ここで大きな声を出すと俺たち以外にも海を泳いでいたり砂場でお城を作ったりしている人に迷惑になりかねない。
迷惑にならないよう、そう小さく呟くと、
「……ドンっ」
そう言うのと同時に、俺は上げていた手を振り下ろした。
その瞬間、3人はザブン、と水しぶきを上げながら海中へと潜る。
距離は一応近いとはいっても、50メートルちかく離れている。そのため、潜っている最中の3人の視認は出来なかった。
「……おっ」
浮かびはじめたようで、なんとか視認出来るようになった。一番は悠翔か。まぁ、あの身体をしていたら納得、だな。
次は悠羽か。で、3番目は……。
…………え?
「……いない」
花宮の姿がどこにも見つからなかった。まだ浮かんできていないのか? スタートにいる……わけでもないよな。なら、なんで浮かんでこないんだ?
まさか……っ!
浮かんできてないってことは、呼吸も続かないだろうし、おそらくスタート付近にいるはず。そう目安をつけてそこにむけて全速力で走る。
自分が泳げないことなんて気にしない。それに、花宮が沖の方へ移動していない限りは足もぎりぎり届くはず。
花宮……っ!
「ちょ、ちょっと!」
スタート付近を探していて、ふと花宮の呼ぶ声。良かった、溺れてはいないようだ。スタートダッシュを失敗したのだろうか?
「あ、あの、ちょっと近づかないでください……っ!」
「……ど、どういうことだ? 慌ててるようだが、何かあったのか?」
花宮の言う通り、5メートル近く距離を取りながらおそるおそる聞いてみる。
「あっ、その……」
顔を赤く染めながらあたふたと声を震わせている。熱か、それともまた別の何かあったのだろうかと考えていると、
「水着の上の方、どこかに行ってしまったんです! さ、探してもらえませんか……?」
と、花宮が恥ずかしそうに言ってきた。
「……え?」
「ちょ……ちょっと……こっち、見ないでもらえます、か?」
「……あ、あぁ、すまん!」
とっさに目を背ける。
えっ、水着がどこかに行ったって……そういう、ことだよな。
……あっ、そういえば花宮、水着のサイズ大人っぽく見せようとちょっと大きめのサイズを選んでいたよな。そういうことか……。
って、そんなことを考えている暇はない!
この海には他にもいろんな人がいるんだ。変態どもに花宮を見られる前に、早く見つけてあげないと!
その後、数分間探し続けて、なんとか失くした水着を見つけることができた。
そしてその水着を渡すために花宮の方へ近付いたとき、……その、少し見えてしまったことは秘密だ。永久に。墓場まで持っていくことを決心した。
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