第9話 いざボルダリング

「えーっと、これ、でいいのか?」


 これで合っているのかと見慣れないものに対して戸惑いながら、頭をかしげていた。


 ここは公園から歩いて数分ほどの距離にある近くのボルダリングジム。

 そこで、俺たち4人はある一室でボルダリング用の服に着替えていた。


 だが、悲しいことに声は返ってこない。だってここにいるのは俺一人だから。


 ちなみに、他の女子たちは別の更衣室で着替えている。


「……合ってるのか違うのか分からないんだよなぁ」


 自分の服装を見ながらそう呟く。

 薄い長袖の服に七分丈のジャージパンツという服装、まぁそこまではいいのだが。


 履いている靴には違和感を隠せない。

 サイズはきちんと合っているはずなのに、いつも履いている靴とは違ってきつくて重くて動きにくい。


「んー……まぁ、後で直せばいっか」


 これ以上考えたって解決案は思いつきそうもない。そう考えた俺は、諦めて更衣室から出ることに。


「……あっ、来た来た」


 そんな声が聞こえてくる。

 声の方向を見てみると、もう着替え終わっている女子たちの姿が。


 薄い長袖の服に、俺とは違ってショートパンツにスポーツタイツを履いていた。


 まぁ、みんな同じような服装だから俺の服装は大丈夫、かな。


 制服しか見ていない瀬川さんの姿が、こんな姿をしているのがなんだか新鮮で、見るのが恥ずかしくて目を背けてしまう。


 ……って、待たせてるんだった。


「あっ、すいません。」


 女子たちの方へ駆け寄りながら、ペコリと頭を下げて謝る。


「いいですよ、桜庭さん。というか、私達はそんなに待ってませんし。」


 俺にできるだけ責任を掛けないようにと、優しく声をかけてくれる。


「では、始めましょっか」


 相変わらずの偽物の笑顔で、悪魔な彼女はそう提案する。


「ですね」

「は、はい……っ」

「はい」


 そして、その声とともに目的の部屋へと視線を向けた。


 その部屋には、石のようにいびつな形をした……ジムの従業員いわく、ホールドという名前のものが壁一面中にはめ込まれていた。


 色も、赤に青に黄色に紫とさまざま。


 床には安全用としてぴょんぴょんと跳ねられそうなくらいに弾力性のあるマットが敷き詰めれられている。落ちても怪我はしなさそうだ。


「じゃあ、早速やってみません?」


 と、いうことで、早速順番に始めてみることに。


 最初は、一番始めに提案したのが花宮だったこともあり、花宮が一番手らしい。


 一番近くにある大きなホールドへと手を伸ばし、足を上げて別のホールドへのせる。


「ん……っ、んっ……っと!」


 意外なことに、華奢な体型に見合わない運動神経を発揮していた。

 少しきつそうな声を出しながらも、着々と上にあるゴールと書かれたホールドに近付いてきている。


 ……見せつけかよ、おい。


 心の奥で吐き捨てるように言う。


 嫌いな人のものはなんでも嫌いに見えてしまうということをどこかで聞いたことがあるが、それは本当のようだ。

 その『もの』が物じゃなくて態度であっても同じことのようで、ムシャクシャとした気分になる。


「……はぁ」


 とはいえ、個人的な問題に関係ない人まで巻き込むわけにはいかない。悟られないようにせねば。


「す、すごい……っ!」

「一回目、から……」


 ふと、そんな声が聞こえてきて顔を上げる。


 すると、片手でゴールと書かれたホールドを掴む花宮の姿が。


 その後、下を確認しながらパッとホールドから手を離して、マットに向かってきれいに着地する。

 そして、こちらの方を向きながらニコッと笑みを向けて駆け寄ってくる。

 

「疲れましたけど、できました!」


 苛つかせようとしている訳じゃないことは、俺自身分かっている。けれど。


 やっぱりどうしても、ムカつく……っ!


「次は、誰がやりますか?」


「……じ、じゃあ、私が先にやらせてもらってもいいですか?」


 次に声を上げたのはもう一人の後輩、小日向小春。


「あ、いいですよ」


「あっ、ありがとうございますっ……!」


 やはりあの運動神経が無駄にいい花宮ほどにすらすらと登ってはいなかったが、小日向さんは身体が柔らかいのか、遠いホールドも身体全体を使って掴めている。


 そして気付くと、小日向さんの手は、ゴールのホールドに触れていた。


 その後、俺や瀬川さんも挑戦してみることに。ただ……


「「はぁ……」」


 ……二人とも、ゴールに届くどころか少し上がっただけで体力的に限界。いつも本を読んでいるばかりで、運動してこなかったことに後悔する。


 そして、俺に先輩としての威厳みたいなものがほぼ皆無なことに、改めて実感させられる。


「じゃ、じゃあコツとか、自分のやっていることをお、教えましょう、か?」


 後輩の提案している声が聞こえてきた。

 そちらの方向を向くと、「本当にいいの?」と言う瀬川さんと「も、もちろんです!」とパアッと花が咲くように笑顔を浮かべる小日向さんが。


「じゃあ、とりあえず一旦二人ペアで行動します、か?」


 多分、瀬川さんはその言葉になんの悪気もないし何気なく発したのだろう。


 でも、その言葉は俺と花宮にとってそれは一番避けるべき事柄であるから、俺と花宮を凍らせる。


 それもそのはず、俺と花宮は互いが嫌いで関わりたくない。

 とはいえ学校の行事ということもあり我慢していたのだが、それは俺にさらに追い打ちをかけていくようで。

 

「えぇ、そうしましょうか」


 花宮はそう言う。断ったら不自然に思われそうだから、だろうが。ただ、憂鬱さは隠しきれておらず、笑顔の中にも少し怒りが混じっているようにも感じる。


 まぁ、そんなことで大嫌いな花宮にボルダリングを教わることとなった。


「はぁ……なんで教えてあげないといけないんですか」


 後輩たちと離れると、突如さっきの笑顔がまるで嘘だったかのように俺を睨みながらそう発言を吐き捨てるように声をあげる。


「俺だって知らん、ただ、しょうがないだろ……」


「……はぁ、面倒くさいけれど、しょうがないですね……」


 一応状況は理解しているようで承諾する。

 けれど、やはり嫌なようで腑に落ちない顔をしていた。


 それは、俺の方が嫌だってのに……っ!

 

 花宮と一緒にいるだけでもイラついてくるのに、こんなやつに教えられないといけないとなると、正直嫌気が差してくる。


 はぁ、と心の中で大きくため息を吐きながら、これから始まる地獄に向けて気を引き締めた。

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