第8話 昼食とそして

『では、ここで昼食をとった後に3時前まで自由行動とします。ただ、プリントにも書かれた行ってはいけないところにはいかないこと、そして公共の場であることを意識して……』


 小さな拡声スピーカーを口の前に、先生はこれからの予定を説明する。


 公園の大きな広場という公共の場でこんなに大きな声を出すのもどうかと思うんだが、なんて的外れなことを考えながら、その話を右から左へと流すように聞く。


 その原因は、先生の話はプリントに書いてあって知っているということもあるが……


「…………っ」


 ……大きな理由は、悪魔な彼女からの無言の圧が前よりも強くなって集中出来なくなっているからだろう。

 バスでの出来事以降、他の人に見られていないところで何かと睨んできているのが怖いんだが……。


 確かに学校のスクールカーストで言えば俺は底辺なのに対して彼女は頂点。

 有利なのは明らかに花宮だ。


 だからといって、俺ばかりがこんなにも困るのは理不尽だ。


『……ということを意識して、行動するようにしましょう。では、それぞれ行動を開始してください』


 なにか、花宮を上回る方法はないものかと考えていると、その間に先生の話はいつの間にか終了していたようだ。


「とりあえず、場所を取るとしましょうか。」


「ですね」

「は、はい」

「……あぁ」


 そんなふうに小さく言葉を交えると、空いている原っぱへ向かった。


「んーと、ここにしませんか?」


「いいですね、この場所にしましょう」


 そして着いたのは、広々として原っぱが一面中に広がった大きな広場だった。


 何かを遮ってしまうような障害物なんて一つもなく、時々流れてくる風がすごい気持ちいい。


 ……花宮さえいなければ、もっと。


「じゃあ、さっそくレジャーシートを敷きましょうか。」


 ……とはいえ、仕切ってもらってばっかりだな、と少し申し訳ない気持ちになる。


 どんなに苛ついていたって、どんなにムカついていたって。


 花宮は何でもできて。


 俺は……何にもできないから。




 ……そういえば俺、どうしてこんなにも苛ついているんだろう。




 そんな疑問が、頭の隅で湧き始めていた。


 けれど、手を頭の上でパパッと振り払うようにしてそのことを気にしないように、持参してきたレジャーシートを敷いた。


 苛ついたと思うときは苛つけばいい。ただ、それだけだ。





「じゃ、さっそく食べません?」


 全員のレジャーシートが敷き終わって腰を下ろすと、花宮が持参してきたかばんを手にそう声を掛ける。


「そうですね、そうしましょう」


「は、はい……っ」


「……ですね」


 俺もみんなにこの状況が悟られないように返事をした。


 そして、自分の持ってきた……


「「…………。」」


 俺と花宮は、互いに持ってきた昼ご飯を見て、まるでメドゥーサに見つめられて石となってしまったかのように身体が固まる。


 ……完っ全に忘れていた。これは流石に予想外だ。


 当たり前だが、一人一人いろんな昼ご飯を持参してきていた。


 瀬川さんはいつもの動物のイラストが印刷された可愛らしい弁当、後輩である小日向さんは木でできたきれいな弁当。


 で、俺はもちろんツナマヨおにぎり。


 そして……



 ……花宮も……同じく……



 そういえば、あの悠翔が一週間ほど前に言ってたよな。確か、天使っていう人はツナマヨが大好きだって。


 っていうか、なにより出会った時にそれは分かっていることだ。なんでこの事を考えなかったんだと後悔する。


「あっ、桜庭さんと花宮さん、同じなんですね。すごい偶然……っ!」


「「…………。」」


 互いに、気まずくなる。


「あっ、ほ、本当ですね……っ、先輩!」


 さすがの立て直しの早さで、花宮は笑みを浮かべながらそう答える。


「……です、ね」


 立て直すなんて、そんな技術のない俺には動揺がみんなに丸わかりだっただろうけど、ニッとぎこちない笑顔を作った。









 それぞれ持参してきた弁当も、空になって落ち着いてきた頃。


「じゃあ、そろそろこれからある自由行動で行くところを決めませんか?」


 花宮がおにぎりを食べ終わり、ラップを包めてかばんに入れると、頭をかしげながら尋ねてくる。


「ですね」


 瀬川さんはこくんと頭を縦に振りながらそう言う。


「皆さんは、どこに行きたいかとかありますか?」


「私は特にはないですね。」


「わ、私も、です」


「それなら、ちょっと私、ボルダリングとかしてみたかったんです。どう、でしょう?」


「ボルダリング、良さそうですね!」


「いいです、かね? 近くにあったと思いますし、一回だけならそんなにお金もかからないと思いますので。」


「わ、私は賛成です……!」


「私もです」


「……俺も、いいですよ」


「ありがとうございます。じゃあ、そうしましょう!」


 花宮は気持ち悪いくらいに作られた笑みを浮かべながら、そう声を発した。


 そんなこんなで、俺たちの自由行動はボルダリングをすることになったのだった。

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