第36話 花宮の小さな手
「「おぉ~~~!!」」
ある公園の砂場では、花宮と迷子らしき女の子が砂でできた意外とクオリティーの高いお城を前にして歓喜の声を上げていた。
とりあえずは良かった。まだこの女の子のお母さんは見つかっていないので完全にという訳ではないが、笑顔で楽しそうにしているところを見ると一安心といったところ。
それと、花宮の方も。子供と遊んで徐々にいつもの花宮に戻りつつある。花宮のことは嫌いだが、怯えてばかりの姿は見ていられないからな。
「いぇーいっ!」
そんな事を考えていると、ふとそんな無邪気な言葉が返ってくる。女の子が、手をこちらの方へ向けながらニカッと白く小さな歯を見せていた。
「い、いぇーい!」
俺のぎこちない声と共に、パンッ、と音を立てながら手が重なる。すると、ニッと笑顔を浮かべながら小さく可愛らしい手で握り返してくる。こういう無邪気さが同級生を惚れさせるのかもな、なんて考えていた。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんもほらっ」
えっ?
思わず困惑の声が口から漏れそうになるのをなんとか留める。そして、どうしようか、と花宮と顔を見合わせた。
「……」
どうする、どうする……?
頭を最大限めぐらせて考える、が答えは一向に出てこない。
この女の子の提案は、どんなに花宮のことが嫌いであっても、否定するにもしづらいもの。とはいえ、そのまま提案を承諾してしまったら……。
「……いぇーい」
その無理矢理発したような声に反応して顔を上げる。
すると、どこかぎこちない笑顔をこちらに向ける花宮があった。……はぁ、それしか方法はないってか。
「……い、いぇーい」
手を上げて、花宮の手と重ねる。
……妙に気恥ずかしいと感じるのは、なんでだろうか。故意に触れるのは、思えば初めてなのかもしれない。
そんなことを考えていると、ふと花宮の手が離れる感覚。俺もそれに合わせて手を下ろす。
花宮の手、小さいんだな。
さっきまで花宮の手に触れていた俺の手を見返す。
花宮は強いやつだと思っていた。多くの人に慕われて、みんなをまとめるリーダーのような人で。
……年上を敬うような心もなくて。
でも、さっき触れた手は、なにかに怯えるように少し震えていた。
それは俺の思う花宮を壊していく。この国に生きる一人の女子高生なのだと……一人の女の子なのだと、そう感じてしまっていた。
「あっ、お母さんっ!!」
ふと、ニコニコと子供らしい笑顔を浮かべながら砂場に出来た小さくもきれいなお城を見つめる女の子が急にどこかに視線を向けたかと思うとそう声を上げる。
お母さんが来たようだ。
「あっ、咲希! ここにいたのね!」
この女の子に駆け寄るお母さんとそのお母さんに向かって走る女の子。その姿はさながら感動の再開といったところ。
俺も一安心だ。
「あっ、この人たちは?」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんがね、一緒に遊んでくれたの! すごいでしょ、このお城! さきたちがつくったんだよ!」
ふんすっ、と誇らしげに腰に手を当てながら鼻を鳴らす女の子。『さき』というのは多分この女の子の名前なのだろう。
「ありがとうございます! 咲希の面倒を見てくださっていたとは」
「いえいえ、私、短い時間ではありましたが、咲希ちゃんと遊べて楽しかったですよ」
「「ね〜!」」
女の子と花宮が声を揃える。こんなに少ない時間でこれだけ心の距離を近づいているのは、さすがだな。
「それと……」
そう言うとお母さんは俺の方に視線を向ける。そして、口を開けたかと思うと……
「デートの邪魔したようで、ごめんなさい」
「「…………へ?」」
「……い、いや、そういう訳では……っ!」
顔を赤く染めながら、手をぶんぶんと振って必死に弁明しようとする花宮。
「そ、そうですよ! 俺たちは別に付き合っているとかそういう訳では……!」
「あっ、そうだったの? 重ね重ねごめんなさい。でも……いえ、なんでもないわ」
ニヤッと微笑むお母さん。その笑顔は見たことがあるような。……そうだ、あの「花宮のことが好きなんでしょ?」なんて発言をしたときの悠翔と悠羽と一緒だ。
この人まで、そう思うのか。
「本当に、ありがとうございます。咲希の面倒を見てくださってすごい助かりました」
「……いえ、こちらこそ」
「またね、咲希ちゃん!」
「うん、お兄ちゃんもお姉ちゃんもまたね! いつか一緒に遊ぼっ!」
「うんっ!!」
…………っ。
女の子に向けたその笑顔に、ドキッと心を跳ねさせる。
その笑顔はこの女の子にも劣らない、どこか子供らしくあどけない、それでいて可愛らしい100点満点の笑顔だった。
嫌い、嫌い……っ。花宮のことは嫌いで、花宮の見せる笑顔が嫌い。見た目にだまされるな、俺。
なんて念じていると、ばいばーい、と手を振りながらお母さんと女の子は公園を出ていっていた。
「……帰りますか、先輩」
「……だな」
そして足を一歩踏み出す。だけど、このあと歩いた道の記憶はなかった。
けど、水族館から公園に着くまでの道とは違う意味でぎこちなかったのだけは、それだけは覚えていた。
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